30 嘆きの呪い
「まさかロドニーが修道院と通じているとは思いもしませんでしたよ」
修道院とは、光の女神フローディアとは対極の存在、闇の女神ルルイエを祭っている。互いに反発していて、手を取りあうことなんてあるはずのない……と、私も思う。
……これは思っていた以上に闇が深そうだね。
リロイの背中に刻まれている〈ルルイエの嘆き〉は、ゲーム時代にも見たことがある。ダンジョン〈常世の修道院〉という場所にいるボス――〈ルルイエ〉が使ってくる即死攻撃だったはずだ。
「え、なんで生きてるんです?」
「なかなかに正直に言いますね……」
「あ……すみません。でも、その呪いは……」
「ええ。即死効果のある呪いの魔法陣ですね」
私はですよねと頷く。〈ルルイエ〉戦は、ゲームでもかなり大変だった。ギミックなどの攻略法を覚えているだけでは倒せなくて、装備を揃えているのは大前提で、回復アイテムもそれなりに必要だし、もちろんプレイヤースキルもかなり重要になってくる。
……って、それは今はおいといて。
「この嘆きの印は、半分なんです」
「半分? あ、よく見ると魔法陣がかけてますね」
私が答えると、リロイは頷いた。つまり、呪いをかけようとしたけど、失敗してしまった……ということかな? 私が首をかしげていると、リロイが答えを教えてくれた。
「この呪いは、もとは教皇様にかけられようとしたものです。それを、アイテムを使って私が半分受け持ったんです」
「呪いを半分に……?」
そんなことができるなんて、知らなかった。もしかしたら、〈教皇〉などのユニーク職業の、私も知らないスキルかもしれない。もちろん、レアなアイテムで行ったという可能性もあるだろう。
「半分にしたので、私も、教皇様も、死なずにすみました」
「そうだったんですね」
ということは、ティティアも嘆きの呪いを半分その身に宿しているということ……? 目の前にいるリロイは脱いだ服を着直しているけれど、その息使いはどこか苦しそうだ。
……そういえば、ティティアも回復したのに息苦しそうにしてた。
あれは呪いを受けていたからかと、今更ながらに思い至る。怖い目に遭ってしまい、緊張状態にあるとか、そんな理由ではなかった。とはいえ、呪いだと知っていてもあのときの私にできることは何もなかったけれど……。
呪いは、スキルでのみ解除することができる。しかしそのスキルは、〈癒し手〉の覚醒職〈アークビショップ〉にしか使うことができない。ただ、ユニーク職に関しては未解明なスキルも多いので、絶対〈アークビショップ〉しかできないとも言い切れない。
恐らく、呪いは欠けている魔法陣が完成したときに発動するようになっているはずだ。それなら、呪いを解けるようになるまで進行を遅らせてしまえばいい。
「確か〈遅延ポーション〉の作り方は……〈沈黙の花〉と、〈聖水〉〈星のマナポーション〉が必要だったはず」
〈聖水〉は私が用意できるし、〈星のマナポーション〉は道具屋で買うことができる。〈沈黙の花〉は取り扱っているかはわからないけれど、幸い手に入れる方法はわかるので、自分たちで取りに行ってもいい。
時間はあまり残されてないと思った方がいいかもしれないね。まずは呪いをなんとかしなきゃ、始まらない。
私がいろいろと考えていたら、リロイが驚いた顔でこっちを見ていた。
「シャロンは、この呪いが解けると思っているのですか?」
「即死効果なので解いたことはありませんけど、可能性はゼロじゃないと思います。ただ、今すぐには無理です。なので、まずは現状の確認をしつつ、呪いの進行を遅らせましょう」
もしリロイの仲間内に〈アークビショップ〉がいたら、その人にスキルを使って解呪してもらえばいいだけの話だ。ただ、今の状況を見る限り……仲間の助けもあまり見込めないような気がするんだよね。
私が〈アークビショップ〉のことを含めて告げると、リロイは首を振った。
「教皇様についているのは、ほとんどが聖騎士です。私は〈ヒーラー〉なので、スキルで呪いを解くこともできませんし……いったい何人の〈アークビショップ〉がそのスキルを持っているかもわかりません」
「なら、最初の予定通り呪いの進行を遅らせます」
「お願いします」
リロイが頷いたので、私も了承の意味を込めて頷き返す。
「しかし、呪いの進行を遅らせるとは……どうやってですか?」
「〈錬金術師〉が作る回復薬に、そういうものがあるんです。とりあえず材料を用意して、行きましょう」
急がなければ、刻一刻と命が削られていってしまう。知り合いが目の前で呪いによって死ぬところなんて、絶対に見たくないからね。
しかしリロイは、私に待ったをかけた。
「シャロン!」
「急がないと、死んじゃいますよ!?」
「それはわかっています! ですが、先に教皇様を見つけなければ――」
「――あ」
そうだった、忘れていた。嘆きの呪いのことに気を取られて、リロイが何よりもティティアの身を案じ、捜していたことを失念してしまっていたなんて。
「実はティティア様は、私が保護してます」
「………………は?」
綺麗なリロイの顔が、初めて崩れた気がした。意味がわからないとでもいうように、何度も考えこむようにあっちをみたりそっちをみたりしている。
「は?」
「ティティア様を、保護して、います」
さらにはっきり告げると、リロイは数秒間フリーズしたのち、私を見た。普段瞳を閉じていることの多い彼の瞳は、アメジストのように美しい紫色をしている。
「ありがとうございます。シャロン。あなたには、感謝しても感謝しきれませんね」
「いえいえ」
私は今のティティアがタルトと一緒にスノウティアにいることを告げる。スノウティアは、ここからルルイエの修道院と反対に位置しているので、いい判断だったはずだ。まあ、ロドニーみたいなのがあちこちにいる可能性もあるけどね。
「すぐにスノウティアへ行きましょう」
「そうしましょう」
私はリロイと共にスノウティアへ戻った。