29 <教皇>派
「は~~~~」
私は大聖堂から離れると、思いっきりため息をついた。いやあ、これはため息をついても仕方がないと思うよ。だってエミリアがいたんだから。
しかもリロイもいない。彼が〈聖女〉クエストの重要人物であることは間違いないと思うので、会えないのは一大事だ。
「さてさて、どうしたものかね」
今、リロイと会えないことが〈聖女〉クエストのシナリオだとするならば……彼がどこにいるのか突き止めなければいけない。そして会わなければ、話は進まないだろう。
〈フローディア大聖堂〉にはいないと言われた。それは単純な異動なのか、追放なのか、辞めたのか、それはわからないが……おそらく裏で何かが動いているだろうことはわかる。理由は、受付で見た巫女の反応が一つ。そしてもう一つは、リロイが司教というそれなりの地位にいることだ。
……クリスタルの大聖堂も見に行っちゃう?
私は街の北にある、クリスタルの大聖堂へ視線を向ける。その存在感は圧倒的で、まさに〈教皇〉がいる場所として相応しいと思う。
でも、もしクリスタルの大聖堂に移動するなら、そう教えてくれると思うんだよね。だって昇進で、おめでたいことだろうし。隠す理由なんてない。
「もしかして、地下牢とかに閉じ込められてたらどうしよう!?」
地下牢なんて、ファンタジーには鉄板だ。罪人はもちろんだけれど、異教徒なんかも捕まえているかもしれない。あとは、お前は秘密を知りすぎてしまった……系とか?
……〈フローディア大聖堂〉って、地下牢あったかな?
ゲーム時代に何度も入ってはいるけれど、一定のエリアはクエストじゃないと行けなかったりするので、私も網羅しているわけではない。うーんと考えながら歩き、細い路地と交差する前を通った瞬間――ぐっと何かに腕を引っ張られた。
「――っ!?」
敵!? 私の脳裏に瞬時に浮かんだのは、イグナシア殿下だ。私のことを捕まえたい人間なんて、イグナシア殿下しかいない。もしかしたら、先ほどエミリアに見られていたのかもしれない。
こっそり〈身体強化〉と〈女神の守護〉をかけて、逃げられる状態に――というところで、私は違和感に気づいた。
――血の匂い?
嫌な臭いに顔をしかめ、しかし相手がイグナシア殿下の部下ならば、そんな匂いがするはずはない。となると、イグナシア殿下は無関係で、本当に人攫いや荒くれ者? どっちにしろ、すぐに逃げなければいけないことに変わりはない。
「あなたに危害を加えるつもりはありません」
「――! リロイ、様……?」
名前を呼ぶと、私を掴んでいた腕が緩められた。どうやら、相手はリロイで正解だったみたいだけど――どういうこと? しかし考えるよりも先に、私は薄暗い路地に引きずりこまれてしまった。
通りから外れたので、ちょっとだけ静かだけど……その分、リロイの「はっ、はっ……」という息遣いが聞こえてくる。
「って、血だらけじゃないですか!! 〈ヒール〉! もう一回〈ヒール〉に、〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉!!」
「……っ、感謝します」
私がスキルを使うと、リロイの呼吸はすぐに落ち着いた。怪我を治していなかったのを見ると、マナが尽きた上に回復薬も持っていなかったのだろう。かなり厄介な状況になっているということが、それだけでわかる。
「ひとまず移動しましょう」
「はい」
私はリロイの言葉に頷いた。
案内されたのは、さらに奥まった路地の先にあった小さな家だ。外階段を上って二階部分のドアを開けると、一〇畳ほどの質素なワンルームだった。一応、テーブルやベッドなど、簡単な調度品は揃えられている。
リロイが明かりをつけて奥へ進む前に、私は待ったをかける。
「服、血だらけですよ。綺麗にするので、そのまま立っていてください」
「綺麗に……?」
どうするかわからず首をかしげているリロイに、私は〈純白のリング〉を使う。リロイは「これはいったい!?」と驚いていたけれど、私はさっきもっと驚かされたのでお相子だ。いや、まだ私の方が足りないくらいかな?
「すごいですね、一瞬で綺麗になるなんて……。ありがとうございます」
「いえいえ」
私が笑顔を見せると、リロイは安堵の息をついて、「どうぞ」と椅子を勧めてくれた。
「あいにくとお茶を出す準備がなくて……すみません」
「大丈夫ですよ。……何があったか、教えてくれるんですよね?」
「はい」
ゆっくり頷いたリロイは、私のことを捜していたのだと言う。
「突然のことで申し訳ないのですが……力を貸してほしいのです」
「私はレベルの低い〈癒し手〉です。それでも、お力になれると思いますか?」
「……はい。それにあなたは、誰も達成できなかった私の依頼を達成してくれたではありませんか。驚いたのですよ」
別にレベルだけが強さではないと言って、リロイは微笑む。
……レベル以外も見てくれるっていうのは、悪い気はしないね。
実際に私は低レベルだけれど、スキルの腕前なら、そんじょそこらの〈アークビショップ〉にだって負けないと自負しているつもりだ。
私はまっすぐリロイを見る。
「それで……あなたが敵対しているのは、誰ですか?」
「――大司教の地位にいる、ロドニー・ハーバスという男です」
……知らないキャラだ。
もしかしたら知ってるキャラクターかと思ったけれど、まったく心当たりがない。いや、『リアズ』はNPCがすごく多かったから、単に覚えていないだけかもしれないけれど……重要な人物ではなかったのか、それとも……?
「ロドニーは〈エレンツィ神聖国〉を我が物にしようとしています。そのため水面下で仲間を集め、先日動きを見せたのです」
「――! 先日、ですか」
「ええ」
リロイは真剣な顔で頷いて説明を続ける。
今、クリスタルの大聖堂はロドニーの支配下にあり、〈教皇〉をはじめとした教皇派の面々は襲撃されて散り散りになってしまっているのだという。もちろん、教皇派の聖騎士にも腕の立つ人は多いが、向こうはそれ以上に人を集めていたようだ。
「教皇様を隠し通路から逃がすだけで精いっぱいでした。しかしすぐ手練れの追手が来て、教皇様の守りは薄くなっていきました」
「リロイ様は教皇派なんですね」
「ええ。私は身も心も教皇様に捧げていますから」
リロイは胸に手を当て、そう告げた瞬間だけ表情と口調が柔らかくなった。心の底からティティアのことを想っているということがわかる。
「お願いしたいのは、教皇様の行方を捜してほしいということです。今必死に捜しているのですが、行方がつかめていなくて……。早くしないと、命の危険なのです」
「命の危険!?」
行方なら――と告げようとしたが、それよりも気になる話が出てきた。命が危ないなんて、物騒な話だ。見過ごすわけにはいかない。
「それは……追手に、ということですか?」
「いいえ」
もしかして〈暗殺者〉的な奴が追ってきているのかと考えたけれど、そうではないようだ。リロイは「お見せした方が早いでしょう」と言って、椅子から立ち上がった。
そして法衣に手をかけると、するりと上半身裸になって、私に背を向ける。
「――っ、それ!」
リロイの背中には、黒紫で描かれた痛々しい呪いの印――〈ルルイエの嘆き〉が刻まれていた。