28 ツィレですること
「――〈聖都ツィレ〉の中央広場」
私がスノウティアのゲートでそう告げると、一瞬で景色がツィレへ変わる。街から街への移動は初めてだったけれど、上手くいってよかった。
今からすることは、ケントとココアにちょっとスノウティアに滞在することになるという連絡。ツィレでとってる宿のキャンセル。それから――大聖堂、〈教皇〉の周囲がどうなっているか様子を探ること。買い物は、すでにスノウティアで済ませてきた。
〈冒険者ギルド〉を覗くと、ケントとココアがカウンターで清算をしているところだった。〈ウルフ〉のドロップアイテムが見えたので、二人で討伐依頼をこなしていたんだろう。終わるのを待って、声をかけた。
「ケント、ココア!」
「「シャロン!!」」
私を見た二人は、こっちに走ってきた。
「ちょっと狩りに行くって言って、全然帰ってこないから心配だったんだぞ! 強い魔女を狩りに行ってたんだろ……? 怪我は!?」
「大丈夫だった? タルトは一緒じゃないの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、私は「平気平気~」と手を振りながら応える。心配かけちゃったのは、申し訳ないね。
「心配してくれてありがとうね、二人とも。ちょっと狩りの最中に、スノウティアを拠点にしてる人と出会って……そっちに行ってたの」
「スノウティア? あそこって、一年中冬の街だっけ」
「私たちは行ったことないね」
ケントとココアは、「あそこってどうやって行くんだ?」「ツィレの北の街道沿いを行けば着くはずだよ」と話している。うん、まさにその通りです。
「ってことは、もしかしてしばらくスノウティアに行くのか?」
「うん。ときどきこっちに戻ってはくるけど、向こうにいると思う。タルトが今、スノウティアにいるからね」
なのでツィレに長居できないのだと二人に説明する。ティティアもいるし、長時間二人だけにするのはちょっと心配だ。
私の説明に、ケントとココアは頷いてくれた。
「わかった! 俺たちも一緒に行けたらよかったけど、さすがに北に行くのは無理だ。あっちはモンスターも強いしな」
「装備も足りないしね。もう少しレベルが上がったら、新しいのを買おうと思ってるんです」
「確かに、そろそろ装備を変えるのもいいかもしれないね」
二人の装備は駆け出し冒険者のものなので、もうちょっといい店売りの武器や防具を買ってもいいと思う。私が同意すると、「頑張ります!」とココアが微笑んだ。
「んじゃ、また戻ってきたら一緒に狩りでも行こうぜ」
「スノウティアで何かあれば手伝ったりもするので、いつでも声かけてくださいね」
「うん! ありがとう二人とも!」
せっかく一緒にパーティを組み始めたところだったけれど、今回ばかりは仕方がない。また一緒に狩りをする約束をして、私はギルドを後にした。
次に泊まっていた宿に事情を話してキャンセルをし、私は中央広場の〈フローディア大聖堂〉へやってきた。ここでティティアに関する情報と、余裕があれば〈聖女〉への転職クエストの重要人物だと思われるリロイに会えたらラッキーだろう。
大聖堂は、相変わらずの美しさだった。
参拝に来ている人も多く、女神フローディアの人気が一目でわかる。ただ、以前来たときと特に変化は見られない……かな? 神官や巫女の様子が変とか、そういうこともなさそうだ。
仕方なく受付で確認してみることにした。
「すみません。リロイ様にお会いしたいのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
「――リロイ、でございますか?」
「ええ」
瞬間、空気がわずかに変わったような気がした。けれどそこは表情に出さず、私は頷く。
……ギルドの依頼のことは、もしかしたら話さない方がいいかもしれないね。
「実は以前、ここへお祈りに来たときに案内をしていただいて……お礼を伝えたかったんです」
「そうでしたか」
私の言葉に、受付の巫女は笑顔で頷いた。どうやら信じてもらえたようで、ほっとする。もちろん案内してもらったのも嘘ではないので、信じてもらえなかったらどうしようもなかったんだけどね……。
「せっかく来ていただいたのですが、あいにくリロイは〈フローディア大聖堂〉所属ではなくなりました」
「そうでしたか……。では、もし会う機会があれば冒険者が礼を言っていたとお伝えいただけますか?」
「もちろんです」
あまり追及するのもよくないだろうと思い、私は話を切り上げた。
――さて、どうしようか。
私はひとまず大聖堂の中を歩いてみる。どうやらなんらかの理由でリロイはここから出たらしいけれど、さてどこへ行ったのだろう。タイミング的に、絶対〈教皇〉とも関わってる気がするんだよね。
「うーん……。とりあえずお祈りでもしながら整理しようかな?」
そんなことを思っていると、「どうしてそんな意地悪を言うんですか?」という、どこかで聞いたような声が耳に届いた。
「…………」
聞かなかったことにして、大聖堂から出ていきたい。今すぐに。しかし次の言葉を聞いて、私は表情をしかめる。
「わたくしは〈聖女〉になるのですよ? そんな言いかたはしない方がいいと思いますけれど……」
聖女になる!? 何を言っているのだと思い、私は声がした方へ視線を向ける。そこにいたのは、やっぱり私が想像した人物だった。なんでこんなところにいるのか……理解に苦しむ。そこにいた人物は、エミリア。私の元婚約者のイグナシア殿下の恋人だ。
……すぐに立ち去りたいけど、情報はほしいね。
以前、勇者と隣国の王子がきている……という噂を聞いた。そのあとすぐフレイに会ったので、隣国の王子は誤情報だと思っていたけれど――どうやら、どっちも本当だったようだ。
「〈聖女〉はなりたいと思ってなれるわけではないのですよ。女神フローディアに祈り、修業をしなければ……」
「もう、そればかりではありませんか。わたくしが大聖堂の者ではないから、〈聖女〉になる方法を教えてくれないのですか?」
「いえ、ですから、〈聖女〉は現在いませんし、なる方法も誰も存じ上げてはおりません」
エミリアに説明している巫女は、にこやかだけれど、声に疲れが出ている。もしかしたら、ずっと〈聖女〉になるにはどうしたらいいか、あそこで聞いているのかもしれない。というか、エミリアが〈聖女〉になって、いったいどうするというのか。
……クエストだって、発現してないだろうしね。
ただ、エミリアも〈聖女〉になりたくて大聖堂の周りにいるのなら、会わないように注意しないといけないね。たぶん、イグナシア殿下もエミリアと一緒にいるだろうから。
リロイに会えないどころか、エミリアを見かけてしまうなんて。今日はついていないと思いながら、私は大聖堂を後にした。