27 〈教皇〉との出会い
自己紹介をしたところで、私はあれ? と、違和感を覚えた。何にかといえば、私の前でにこにこしている〈教皇〉の少女――ティティアにだ。
……解毒したのに、まだ苦しそうにしてる?
どこまで、ティティアに踏み込んで話をしていいのだろうか。プレイヤーだった私としては、いろいろ関わっていきたいと思っている。が、この世界で――公爵家の娘として生きてきた私は、関わると大変なことになると感じている。きっと国の一番深いところまでずるずる引き込まれて、呑気な人生なんて送れなくなるだろう。
でも、苦しんでる女の子を放っておくという選択肢はないよね。
「ねえ、ティティア様。何があったのか理由を聞いても?」
「…………」
しかしティティアは、私の問いかけに無言で首を振った。どうやら話をするつもりはないみたいだ。
……話したくないものを無理やり聞き出すわけにはいかない、か。
「じゃあ……ええと、行く当てとかはある? さすがに、ここでバイバイというわけにもいかないから」
「そうですにゃ。わたしたちでよければ、力になりますにゃ」
タルトも心配そうにティティアを見ている。自分と同い年の子が困っているので、どうしても助けたいと思っているのだろう。けれどティティアの思いつめるような表情を見る限り、私たちを巻き込まないようにしているのがわかる。どうにかして味方になってあげられたらいいんだけど……。
「とりあえず、ツィレに戻ろうか。ティティア様もそれでいいかな……?」
しかしティティアは首を振った。ツィレに帰りたくない――すなわち、ティティアと敵対関係にあたる人物がいると考えてよさそうだ。
……国の中枢の人たちかな?
やばいやばい、かなり闇が深そうだぞっと、私は顔が引きつる。だけど出会ってしまったのだから、私は腹をくくる! 今決めた、そう決めた!!
「よし。〈氷の街スノウティア〉に行こう。どうかな? ティティア様」
「え……でも、いいのですか……? 二人はツィレから来たのですよね……?」
戸惑いつつも、一筋の光を見つけたように、ティティアの表情がほんのわずかだけれど、変わったのを私は見逃さなかった。
「もちろん! ここからだと一日野宿をしなきゃいけないけど……」
「お願いしても……いいです、か? お礼は、その……今はできないんですが、いつか、きっと……!」
「私が助けたいから助けるだけ。お礼なんて気にしなくていいから、もっと肩の力を抜いてごらん」
「そうですにゃ。お師匠さまはすごいから、きっと大丈夫ですにゃ」
私たちは木に繋いでおいた馬に乗って、〈氷の街スノウティア〉に続く街道を走り始めた。三人乗りで馬にはとてもとても不便をかけてしまうけど、タルトは小さいし、ティティアも七歳なので、どうにか頑張ってください……!
……近いうちに、乗り物系のアイテムもゲットしたいところだね。ダンジョンに行かないと手に入らないから、かなり大変だけど。
ティティアのことやレベル上げ、〈聖女〉クエストもあるし……やることがどんどこ増えてしまったぞ~!
***
それから一泊だけ野宿をし、私たちは〈氷の街スノウティア〉へとやってきた。ここは雪が降る冬の街なので、途中で以前念のためにーと購入しておいた外套を羽織った。買っといてよかった!
「にゃにゃにゃにゃにゃ!? こ、これが雪ですにゃ!? 話に聞いたことはありましたが、実際に見たのは初めてですにゃ!!」
タルトは街に着くやいなや、テンションマックスになった。尻尾がピーンと立っていて、可愛い。ティティアはそんなタルトを微笑ましく見ている。
「まずは宿を取って、休もうか。ここは確か温泉宿があったはずだから、そこにしよう」
基本的に、宿にお風呂はついていない。しかしここは温泉が湧いていて、宿に併設されているところがあるのですよ! ゲーム時代もお風呂イベント~! とか言って盛り上がった記憶がある。ちなみに性別が違う温泉に行くと、神の鉄槌なのかなんなのか、プレイヤーに雷が落ちて死亡するとかいう恐ろしい仕様がついていた。覗き駄目、絶対!
さて、宿は――というところで、ゲートを発見した。街のすぐ入り口にあるので、わかりやすい。私は観光客を装って、そっとゲートの魔石に触れて登録をしておく。それを見たタルトも、同じように魔石に触れて登録した。
専用温泉がついている宿を発見した私たちは、そこに泊まることにした。
温泉なんて、いったいどれくらいぶりだろう? 今世はもちろん、前世も社畜になってからはいけてなかったから……大学時代ぶり!? いや、大学時代にも行ったっけかな……? まあ、ものすごく久しぶりということです。
「……っと、そうだ。私はちょっとでかけてくるから、タルトにティティア様のことをお願いしてもいい?」
「お出かけ……わかりましたにゃ」
私の意図を察したらしく、タルトはすぐに頷いてくれた。そう、私はこれから〈転移ゲート〉を使ってツィレに行くつもりだ。
「外は寒いし、必要なものがあれば何か買ってくるよ。タルト、ティティア様、何かあるかな?」
「お土産にお菓子をお願いしたいですにゃ!」
「了解!」
魔女狩りを頑張って、その足で野宿をしてスノウティアに来たからね。ご褒美は絶対にほしいところだ。私もほしい! 今日の夜はご飯の後、三人でお菓子パーリーをしよう。そうしよう。今決めました。
「ティティア様は何かあるかな?」
「……あ、でも……」
「大丈夫。気にせずほしいものを教えてくれると嬉しいな。着替えとか、そういうのは一式買ってくるから、ほかにほしいものがあれば」
ティティアはぱっと見で鞄も持っていないので、着の身着のままで〈枯れた泉〉にいたのだろうということがわかる。
「じゃあ、えっと……〈空のポーション瓶〉をお願いしてもいいですか?」
「……それなら持ってるから、あげるよ」
まさかそんなものをリクエストされるとは! 私が取り出そうとすると、タルトが「いっぱいありますにゃ」と〈鞄〉から瓶をドサドサッと取り出した。ティティアは小さな鞄からたくさん出てきたことに驚いているようだ。
「わたしも、〈魔法の鞄〉持ってます」
ティティアはそう言って、長く垂れている袖口をぺらりとめくってくれた。なんとそこに小さなポケットがあり、〈魔法の鞄〉になっているのだという。
……え、すご!!
「まさか装備にそんな機能がついてるなんて! 初めて聞くし、めちゃくちゃハイテクじゃない……!」
「けっこう便利なんですよ。……こうやって、おやつも入れておけるんです」
袖口の〈魔法の鞄〉から飴を取り出したティティアは、ちょっとおちゃめに笑ってみせた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうですにゃ!」
ティティアに飴をもらって、三人で口に含む。氷砂糖みたいな優しい味で、疲れた心に染み渡る。美味しい。
「あ、でも……この〈魔法の鞄〉は容量があんまりないので……その、服とかを用意してもらえるの、すごく助かります。でも、ほかは本当に大丈夫なので……。ありがとうございます、シャロン」
「どういたしまして。じゃあ、もし何か必要になったら言ってね」
「はい」
ひとまず日用品とお菓子や料理類を多めに買うことにして、私は宿を出た。