25 〈防護マスク〉を手に入れたい!
「んにゃ~~~~! この臭い、なんとかならないですにゃ!?」
「うーん……」
狩りを終えて宿屋に戻ってきた私は、〈オークのぼろ布〉の臭いで涙目になりつつ〈火炎瓶〉を作っているタルトを見て苦笑する。
「ぼろ布の匂いを取るか、何かマスク的なものがあるといいよね」
しかし考えてみよう。ぼろ布から臭いが消えて綺麗に? なってしまったら、それはもう〈オークのぼろ布〉ではないのでは……? と、私は思う。それに綺麗にする方法もいまいち思いつかないので、マスクを用意する方が現実的だろう。
……確か、〈防護マスク〉っていうアイテムがあったはずなんだよね。
ただ、存在していることは知っているけれど、使ったことがない。なので、いまいち入手方法を覚えていない……。
「どっちでもいいから、ほしいですにゃ~」
「道具屋に売ってるか見に行ってみようか」
「――! すぐに、すぐに行きましょうにゃっ!」
私とタルトは、とりあえず道具屋に来てみた。
「〈防護マスク〉? うちでは取り扱ってないな……」
「そうですにゃ……」
無慈悲な言葉を聞いたタルトの耳が、ぺちょりと垂れてしまった。よほどショックだったのだろう。
「かなり切実そうだが、何に使うんだ?」
「〈オークのぼろ布〉がすごく臭いので、それをどうにかしたいんですにゃ」
「あー……」
タルトの言葉を聞いて、遠い目をしている。ぼろ布のひどい悪臭を嗅いだことがあるのだろう。
「しかしあの臭いを防ぐとなると、そうとうなもんが必要になりそうだな。ギルドに行けば、何か情報があるんじゃないか?」
「確かに! ぼろ布も扱ってたし、何かあるかもしれませんね」
「行ってみましょうにゃ!」
私たちはお礼を告げて、道具屋を後にした。
そして〈冒険者ギルド〉にやってきた。
狩の終わりに気づいていればそのとき聞けたのにと思いつつ、私は受け付け仕事をしているプリムさんに声をかける。
「あれ、シャロンさんにタルトちゃん! どうしました?」
「実はご相談があって……。〈オークのぼろ布〉の臭いがきついんですけど、どうにかするアイテムないですかね? 例えばマスク的な……」
「ああ~!」
私の言葉を聞いたプリムさんは、「臭いですよね~」と苦笑している。やっぱりあの匂いはどこでも嫌われているようだ。
「一応〈防護マスク〉っていうのがあるんですけど……非売品なんですよね」
「なんと!」
「にゃんと!」
非売品――売っていないというプリムさんの言葉に、私とタルトちゃんは絶望する。そんないいものを独り占めするの、いくない!! 私たちもほしい! 予備を含めて五つくらい!!
「せめて、せめて一つくらい……!」
「何がせめてなんですか……。うーん、でもシャロンさんにはいろいろお世話になってますし」
プリムさんは「ちょっと待ってください」と言って、後ろの棚から地図を取り出した。ツィレの周辺地域が描かれた地図みたいだ。ゲーム時代と同じ……じゃなかった。ゲーム時代の地図の方が、もっと詳しく書かれていたね。
「〈防護マスク〉をお渡しするのは無理なんですけど、入手方法でしたらお伝えできます」
「なんと!」
「にゃんと!」
今度は先ほどの絶望よりも、明るい声で返事をする。購入できないなら、自分で取りに行くしかないじゃない! 私は頷いて、「どこで買えるんですか!?」と食い気味に詰め寄る。
プリムさんは「ここですよ」と、北西方面にあるフィールド〈枯れた泉〉を指さした。
「あー……」
「お師匠さま?」
私が眉間に皺を寄せるように返事をしたら、プリムさんは苦笑して、タルトは不思議そうな顔で首を傾げた。
ここは昔、とても美しい泉があった場所らしい。が、今は魔女モンスターに占拠され、泉ではなく毒沼があり、毒草が生えまくっているフィールドだ。私もプレイヤー時代に行ったけれど、毒々しい光景が広がっていたのは今でも印象深い。
「あ! そうか、ここの〈毒婦の魔女〉のドロップアイテムに〈防護マスク〉があるんだ……!!」
思い出した、スッキリした! 特に使うことなく売却してお金にしていたので、まったく覚えていなかった。ドロップ率はそこまで悪くなかったから、しばらく狩りをすれば私とタルトの分を手に入れられるだろう。
「ここで狩りをすれば、〈防護マスク〉が手に入るんですにゃ!?」
「そう! 頑張ろう!」
「はいですにゃ!」
そのためには魔女を狩るための〈火炎瓶〉を作らなければいけないのだけど、喜んでいるタルトには、今はまだ言わない方がいいだろう――。
***
翌日、私とタルトは二人で〈枯れた泉〉にやってきた。道中は馬をレンタルしたので、サクサク進めていい感じ。入り口前の木に馬を繋いで、いざ魔女狩りだ!
今回ケントとココアを誘わず二人で来たのには、理由がある。それは、このフィールドではめちゃくちゃ毒状態にさせられてしまうということ。毒を受けると、苦しい。さらに体力がどんどん削られていく。それを治癒するには〈解毒ポーション〉か私が新しく取得したスキルの〈キュア〉が必要になる。毎回〈解毒ポーション〉では、ケントたちは金銭面や荷物の面でも大変なはずだ。そのため私が〈キュア〉をするんだけど……四人分ともなると、結構大変なのだ。
……せめて毒耐性の装備があれば、また違ったんだろうけど。
こればかりは仕方がない。装備一つ買うにも、結構なお金が必要なのだ。
幸いなのは、ここのフィールドのモンスターは〈毒婦の魔女〉という魔女一種類。攻撃力はそこそこ強いけれど、数が多くないので、一度に複数体を相手にすることはほとんどない。それも、私とタルトが二人で来た理由の一つだ。
「う、薄暗い森ですにゃ……」
「陰湿な魔女モンスターがいるから、私から離れないように気を付けてね」
「はいですにゃ!」
タルトは緊張気味に、けれど気合を入れて返事をしてくれた。私もそれに頷き、〈身体強化〉〈女神の守護〉〈リジェネレーション〉〈マナレーション〉をかけ、〈枯れた泉〉に足を踏み入れた。
うっそうとした暗い森で、地面は苔だらけ。しかも水場――という名の毒沼がいたるところに広がっているので、非常に歩きづらいのである。触れるだけで手が赤くなってしまう毒草なども生えているので、周囲にも注意が必要だ。ちなみに毒沼に入ったら、もれなく毒を受けます。
「――いた」
「箒で空を飛んでるにゃ!?」
毒沼の上を優雅に飛んでいる魔女を見つけた。真っ黒なローブに、金色のネックレス。箒の先には灯り用のランタンと、なぜか束にした毒草が吊るされている。
タルトが飛んでいることに驚いていることに驚いたけれど、確かに箒で空を飛んでる人ってみたことなかったかも。
「私が魔女の気を引くから、タルトはタイミングを見計らって攻撃してね。〈女神の一撃!〉」
「任せてくださいにゃ!」
タルトの返事を聞き、私は慎重に魔女の方へ歩いていく。魔女は攻撃力は高いけど、防御力は低い。そのため、〈女神の一撃〉を使えば〈火炎瓶〉で一確することができる。
『ギュギュ!?』
「こっちだよ、魔女!」
私はヘイトスキルを持っていないけれど、自身をターゲットにさせることはできる。ようはタルトより先に近づいて、魔女の意識をこっちに向けさせてしまえばいいだけだ。攻撃が通ればそっちにヘイトがいくけれど、一撃で倒す予定なので今回は問題ない。
魔女が箒で私に突進してきたので、「今!」と声を張り上げる。
「はいですにゃ! 〈ポーション投げ〉!!」
タルトが魔女目がけて攻撃すると、私のすぐ横で火柱が上がる。かなりのド迫力で、一瞬息を呑んでしまったのは仕方がない。でも大丈夫! 〈女神の守護〉でバリアを張ってるから!! 無傷で生還です。ふう。
「やりましたにゃ~!」
「ナイス~!」
私はタルトとハイタッチをして、魔女の落としたドロップアイテムを拾う。〈魔女の薬〉〈壊れた箒〉の二つ。どっちもゴミだね。
「薬、ですにゃ?」
小瓶に入っている液体を見て、タルトが首を傾げた。
「これは〈魔女の薬〉っていうアイテムなんだけど、お腹を壊しちゃうから飲んだら駄目だよ?」
「それ、薬じゃないですにゃ……」
そもそもあんなに怪しい魔女が持っているものなんて、服用してはいけません。
「よし、それじゃあこの調子でどんどん狩って行こうか」
「はいですにゃ!」
元気なタルトの返事を聞いて、私は気分よく歩き出す。せめてテンションくらい高くしていかないと、うっそうとした森ではやってられないね。
それから三〇体ほど魔女を倒したところで、〈防護マスク〉をドロップした。
「やったー!」
「やりましたにゃ~!」
これで目標達成だ! 欲を言えばもっとほしいけれど、さすがにこれ以上〈火炎瓶〉を消費するのはもったいないので、素直にあきらめることにした。申し訳ないけど、タルトが〈製薬〉しているときは出かけさせてもらおう。
「それじゃあ、帰ろ――」
「きゃあああぁぁぁっ」
「「――!?」」
私たちが帰るため出口に向かおうとした瞬間、幼い女の子の悲鳴が耳に届いた。