26 船に乗って出発!
しゃがみながら穴の中に入ると、内側の岩も肉球型に掘られていた。全員が通ったのを確認してトルテが手を合わせ、穴を塞いだ。
なるほど、これがあるからケットシーの村の存在が人に知られていないのか。
ケットシーは街中にもいるけれど、あまり見かけない。もともとの数が人間やほかの種族に比べて少ないのが理由だろう。
「少し歩くにゃ」
モンスターがいないみたいで、トルテが先頭を歩いていく。ゴツゴツになっている岩場をぴょんっと軽やかに跳んで、どんどん進む。洞窟内の壁にはところどころ隙間があって、外の光が差し込んできている。
昔、観光で行った鍾乳洞みたいでちょっと楽しい。
一〇分ほど歩くと、トルテが「あそこにゃ」と駆けだした。それにフレイ、リーナ、ルーナ、私の順で続いていく。
「船に乗って行くんだぞ。潮風が気持ちいんだ」
フレイがそう言うと、今までよりいっそう潮の香りが強くなった。
「うおおお、すごい! キラキラしてる!」
私がぱっと表情を輝かせると、ルーナがくすりと笑った。
「そうでしょう? 私も初めて見たときは、言葉が出なかったもの」
「ですよね!? この美しさは写真集を出さなきゃもったいない!」
「……?」
この世界にはカメラがないのでルーナが不思議そうに首を傾げているけれど、いつか何らかの方法で『シャロンが選ぶリアズの絶景』でも作りたいくらいだ。
……というか、ゲーム時代はカメラも使えたし動画も撮れたのに。〈冒険の腕輪〉についているその機能は使えなくなっている。残念。
私たちが歩いて来た洞窟の終着点は、断崖絶壁の壁に囲まれた小さな入り江だった。
白の砂浜には大きめの石が混ざっていて、ヤドカリなどが住処にしている。青々とした植物がしげり、海の中はたくさんの小魚。浜辺の近くにある絶壁の一部にはくぼみがあり、渡し船が隠してある。海へ続く出口は岩場が続いているので、トンネルになっていた。
「にゃっにゃっ!」
「あ、手伝うよ!」
トルテが船に結ばれていたロープを手繰り寄せるのを手伝って、私たちは船に乗り込む。五人も乗ればぎゅうぎゅうで、沈まないか心配になる。
……大丈夫かな?
「私がマナを使うわね」
「ああ、頼む」
船の後部に魔道具があり、ルーナがそれを自分のマナで起動させる。すると、船の周りに金属の装飾が伸びて船が補強された。ただの木の船で不安だったけれど、これならば問題なく出港できそうだ。
魔道具、すごい……!
「よし、漕ぐのは任せろ!」
「私は舵取りをするにゃ」
フレイが肉球型のオールを手にして、ものすごい勢いで腕を動かし始めた。勇者の力、半端ないです!
「わ、動いた」
船の振動で体が揺れたけれど、すぐに座り直して事なきを得る。砂浜から離れた船は波に揺られるように沖へ出ていく。そしてトンネル部分を通り抜け、大海原へ――
「って、あれは貴重な素材!!」
「何!?」
トンネルの真下でふいに上を見上げると、植物が茂っていてわかりにくいが、岩のところに〈猫目石〉があった。これは鍛冶などの素材として使うと、ゴーグル系なら暗闇でも視界が良好になったり、靴に使うとジャンプ力が上がったりする。ケットシーの種族に関連した特殊効果がつく、というとわかりやすいだろうか。
それ以外の使い道は、転生システムだ。プレイヤーはゲーム開始時に人間以外の種族を選ぶことはできないけれど、一定の条件を満たすと転生することができる。その際、特定のアイテムを持っていると人間以外の種族を選ぶことができるのだ。条件が難しいことと、転生アイテムの入手が難しいこともあり、転生しているプレイヤーはごくわずかだった。
ちなみに〈猫目石〉はケットシーの高難易度のクエストをクリアした際、一定確率で入手可能……とかだったと思う。
「トルテ、船を止めるんだ!」
「船は急には止まれないにゃ~~!」
「なにいいぃ!? 仕方ない、こうなったら……!」
どんどん離れていってしまうことに焦ったフレイが、船から飛び降りた。
「ちょ、フレイ!?」
私が慌てて叫ぶと、リーナが笑って「大丈夫」と言う。フレイの無茶な行動はいつものことだし、慣れないとこっちが疲れるから……と。なるほど。
「とりあえず、えーっと……〈身体強化〉!」
「うおおお、体が軽い!」
支援をかけると、フレイはガシッと岩に掴まり、崖をすごい速さでよじ登っていく。「どれが貴重な素材だ!?」と草を引っこ抜き始めたので、慌てて私は岩についているオレンジ色の鉱石を指さして叫んだ。
「それ! 猫の目みたいなやつ!」
「これか!」
フレイが手づかみで採ろうとするも、鉱石なので採れるわけがない。そうだ、鉱石の採取には〈ツルハシ〉がないといけないんだった……。やらかした。しかし私のそんな心配はなんのその、フレイは剣を使って〈猫目石〉を採取してしまった。
……勇者、つっよ!
「採れたぞ! しかも、五個! 一人一個ずつだな」
めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔で泳いで戻ってくるフレイに、思わず笑ってしまう。はしゃぎっぷりがまるでお子様だ。
船に上がると海水を吸い込んだ服を絞っていく。ある程度のところでトルテが乾燥の魔道具を出して、フレイを乾かした。
「よーし、今度こそ本当に出発だ!」
フレイの大きな声とともに、船はそのスピードを上げて海へ飛び出した。
ここまでが書籍1巻に収録されています。
+加筆修正と書きおろしエピソード&番外編があります。
(なろう77,844文字→書籍約127,000文字になりました)
書籍版も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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『回復職の悪役令嬢』
エピソード1 私だけが転職方法を知っている
レーベル:MFブックス(KADOKAWA)
イラスト:緋原ヨウ先生
プロローグ(豊里美月視点)
蘇った前世の記憶
国外追放準備
<冒険の腕輪>
転職の祈り
冒険者登録
勇者パーティとの出会い
<エルンゴアの楽園>
<スキルリセットポーション>
VS<エルンゴアの亡霊>
早朝ガーデニング
帰還と清算
依頼の報告とランクアップ
大慌ての準備
ケットシーの能力
いざ、出航!
エピローグ(エミリア視点)
番外編/娘の危機(テオドール・ココリアラ(父)視点)
番外編/新しい冒険の世界(ココア視点)