25 〈秘密の船着き場〉
「はぁっ、おま、た……せ……っ! はあ、はあっ……」
私が走って街の外へ続く南門へ行くと、フレイ、ルーナ、リーナ、トルテはすでに準備万端で待っていてくれた。余裕たっぷりなみんなと違い、私は走ってきたため息も絶え絶えだ。
そんな私を見てフレイが笑う。
「いや、ギルマスとの話し合いもあって大変だったろう? 本当は休みをはさんで明日出発すればよかったんだが……」
「一刻も早く妹さんのところに戻らないといけないのはわかっているので、大丈夫です。私はちょっと休めばすぐ回復しますし」
それよりも、〈エルンゴアの薬草園〉で採取した〈楽園の雫〉を病気の妹さんに届けなければいけない。
私がそう告げると、トルテが「ありがとうにゃ」と微笑んだ。そのあと、フレイがケットシーの村に行ったことのない私に日程を説明してくれる。
「ここから南に行って、今日は〈牧場の村〉で一泊。さらに南へ行って、船に乗ってトルテの村に行く予定だ。到着が遅くなったときは、船着き場の近くに〈港町トルデンテ〉があるからそこでさらに一泊して翌日だな」
「わかりました」
……ケットシーの村って、島にあったんだ。
ゲームのワールドマップを思い返すと、確かにここから南の方角に〈秘密の船着き場〉というフィールドがある。ここは絶対に何かある! と多くのプレイヤーがいろいろ調査していたけれど、何も発見できなかったフィールドだ。まさかそんな秘密があったとは……。
軽い打ち合わせが終わった私たちは、南門から外へ出る。ここは〈聖都入り口〉というフィールドで、〈プルル〉や〈花ウサギ〉など弱いモンスターがいる場所だ。
まっすぐ南に向かって歩いていくかと思ったら、フレイたちは右手に曲がった。少し歩くと、そこには厩舎があった。
厩舎は広い範囲を柵でぐるりと囲ってあり、馬たちがのびのびと過ごしている。王子様が乗るような白馬から、大人三人が乗っても大丈夫そうなガッシリした体格の黒馬まで選り取り見取りだ。
「シャロン、馬には乗れるか?」
「え……」
突然の問いかけに、私は悩んだ。ゲーム時代は移動手段として馬も使っていたけれど、現実では乗ったことがない。嫌な汗がダラダラと流れる。
「の、乗れたらいいな……?」
「よし。シャロンは私の後ろだ」
私の返事を聞いたフレイは即断した。急いでいる今、私の不確かな答えの確認をする時間はないようだ。「お世話になります」と素直に伝えて、私はフレイに相乗りさせてもらうことにした。
この世界の移動手段はいくつかある。
そのうちの一つが、馬など生物に乗っての移動だ。馬はもっとも安く手に入り、こうして街や村でレンタルすることができる。もしくは、契約した対象を召喚して乗ることも可能だ。これは馬をはじめとした動物から、〈天馬〉や〈雷鳴の風鳥〉などモンスターも含まれる。契約しているので、問題なく乗りこなすことができる。
話がまとまると、トルテが厩舎へ行って馬のレンタル手続きを行ってくれた。借りた馬は三頭で、私とフレイ、ルーナとトルテが相乗りし、リーナは動きやすいよう単騎だ。
私がフレイに乗せてもらっているのは大きな黒い馬で、なんだか眼光がするどい。だけど私たち二人を乗せてもびくともしていないので、安定感がある。いつか召喚アイテムを手に入れたいと思っていたけれど、まずは馬に乗れるようになるところから始めた方がよさそうだ。
***
その後、私たちは〈牧場の村〉に一泊し、翌朝〈秘密の船着き場〉を目指して出発した。
このまま街道を下に進み、一つ西へ移動して、さらに南へ行けば目的地の船着き場に到着する。馬を飛ばしているので、数時間もあれば到着するだろう。
「それにしても、馬が速いから風が気持ちいい!」
「シャロンも乗馬の練習をした方がいいぞ?」
「ツィレに戻ったら頑張ります。馬に乗れると乗れないじゃ、全然違いますもんね。いろいろなところを馬で駆けて、たくさんの景色を堪能したいですね」
すべてのフィールドを地上から駆け巡り、さらに鳥系のモンスターと召喚契約して空からの景色も堪能したい。考えただけでも、ワクワクが止まらない。
ふふんふん♪と鼻歌交じりでフレイに掴まりながら景色を堪能していると、「そろそろだぞ」とフレイが告げた。周囲を見回すと、右手に街、前方に小さく船着き場のようなものが見えた。
「リーナ、念のため偵察を頼む!」
「オーケー!」
フレイの指示を聞き、リーナが速度を上げていく。あっという間に姿が小さくなり見えなくなってしまった。
私たちが追い付くよりも先に、引き返してきたリーナと合流した。その手際のよさに、さすがは勇者パーティの斥候だと感心する。しかしリーナの表情はあまりよくない。もしかしたら、何か問題があったのかもしれない。
……でも、あのマップは特に強いモンスターはいなかったはず。中ボスの〈子連れのアヒルン〉というアヒルに似たモンスターがいるくらいだけれど、別に強くはない。プレイヤーが強いスキルを使えば一撃で倒せるくらいだ。
「リーナ、どうだった?」
「タイミングが悪かったみたい。すぐ近くに〈子連れのアヒルン〉がいたよ」
――どうやら私の認識はまたもやずれていたらしい。特に気にするほどの相手ではないと思っていたけれど、そうではなかったようだ。
確かにアヒルンは一定時間経つと子アヒルが増えるので、遭遇してすぐに倒せなければ厄介かもしれない。
「そうか。……まあ、運がよければアヒルンの肉が手に入るから、それをタルトの土産に加えよう」
そう言うと、フレイは馬の速度を上げた。それにルーナたちも続く。時刻はまだ昼過ぎなので、戦闘もしやすそうだ。私は全員に支援をかけていく。
しばらくして、アヒルンが姿を現した。アヒルンは真っ白な体と黄色のくちばしを持つ。おでこの毛はくるんとアホ毛になっていて、首元に蝶ネクタイをつけてステッキを持っているなんとも憎めなさそうなモンスターだ。後ろには数匹のヒヨコがいる。一説では、このヒヨコは子どもではなく部下というカテゴリになっているらしい。その理由は、時間が経つほど召喚し、ヒヨコに攻撃をさせるからだ。
速攻で決着をつけないとヒヨコまみれになっちゃう。
「いくよ! フレイ、最高の一撃をお願い! 〈女神の一撃〉!!」
「なんだこのスキルは!? 力がみなぎってくる……」
フレイはカッと目を見開き、自分の力に驚いている。
このスキルは〈身体強化〉をレベル5まで取得すると現れる派生スキルで、次に与える攻撃力が二倍になるというものだ。大技を使うときに重宝される。
アヒルンの下まで着くと、フレイは「任せた」と言ってアヒルン目がけて馬から飛び降りた。
「え?」
まさか馬上に放置されるとは思ってもみなくて、私は慌てて手綱を握る。が、馬なんて一人で乗ったことはないし、フレイの後ろでものほほんとしていたのに……!
「やばいやばいやばい!! 馬! 止まって!!」
手綱を引けばいいんだっけ!? すると、馬が「ヒヒーン」と声をあげて前脚を高く上げた。
「ひえっ!」
振り落とされなかった自分を褒めたい。手綱を持ってしがみつくのが精いっぱいで、どうやって止めたらいいかわからないけれど……。
半泣きになりそうになっていると、「待たせたな」という声。見ると、フレイが戻ってきていた。ひらりと体を翻し私の後ろから馬にまたがると、華麗な手綱さばきで馬を止めた。わあ、格好良い。
「すまなかった、大丈夫か?」
「なんとか」
私が笑うと、フレイは頷いた。馬を下りると、アヒルンはもういなかった。トルテがドロップアイテムを回収しているので、どうやら私が馬に翻弄されている間に倒されてしまったみたいだ……。
「やりましたにゃ! アヒルンの肉は美味しいので、今夜はごちそうですにゃ」
「それは楽しみだ」
トルテがアイテムをリュックにしまい、満足そうに立ち上がった。アヒルンのお肉か……うーん、楽しみなような、楽しみじゃないような……。
落ち着くと、今度はざざん……と波の音が聞こえてきた。前を見ると、広い海が広がっていた。
「わあ、きれーい!」
海の水は透明度が高い澄んだエメラルドグリーンに近い青で、太陽の光が反射してキラキラしている。ときおり魚が水面から飛び出して、ぱしゃりとしぶきが舞う。遠くまで視線を向けると、水平線が見えた。珊瑚や貝殻の細かい欠片が落ちた砂浜は白く、ヤドカリやカニのモンスターがいる。
しかし船着き場はどこにも見えず、私は首を傾げた。どこからケットシーの村に行くんだろう?
「こっちにゃ」
私が悩んでいたら、トルテが歩き出した。馬はそれぞれ引いて砂浜を歩く。三〇分弱くらい進むと、洞窟が姿を現した。
……ああ、ここの洞窟ってコウモリとフナムシのモンスターがいるからあんまり好きじゃないんだよね……。正直に言えば行きたくない場所だ。
私が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、トルテは洞窟を通りすぎた。この先は特に何もなかったはず。そう思いながらついていくと、洞窟を少し回り込んだところでトルテがしゃがみ込んだ。
「……?」
何かあるのかな? 私が興味津々で覗き込むと、洞窟の岩部分が肉球型に掘られていた。
……これは気づかないよ!!
トルテが掘られた肉球の部分に手を置くと、岩がゴゴゴ……と音を立てて開く。一〇〇センチ弱の穴はおそらくケットシーサイズなのだろう。私だと、しゃがまなければ入れなさそうだ。
トルテは馬に積んでいた荷物を下すと、馬の首輪についてた魔道具に触れる。こうすることで、近くの厩舎まで自分で帰ってくれるのだ。馬を見送ると、トルテが手をあげた。
「みんな、ついてきてにゃ」
そう言ってトルテが穴の中へ進んでいった。
私は大きく深呼吸をして、一度振り返る。そこから見えるのはエメラルドグリーンがかった海の青と、うっすらと見える島の影だ。ケットシーの村ではいったいどんな景色を見られるのだろうと考えると、今からわくわくが止まらない。
私は胸いっぱいの期待とともに、トルテたちの後に続いた。