24 大聖堂での出来事
久しぶり――というほどでもないけれど、ダンジョンに行ってボスを倒したりしたこともあって、なんだか懐かしくなりながら大聖堂を見上げた。うん、今日も大聖堂は美しい。
「私、毎日お祈りに来ているのだけれど……見れていないの」
「それは残念ね。あの光景は、とても言葉では言い表せられないから……」
…………? 私はお祈りに来た人が話す声を聞きつつ、何かあるのだろうかと首を傾げる。
「猫の耳がついたフードを被っていたから、また来たらすぐにわかるのだけれど……」
「ですよね……」
――ひえっ!
よくよく聞いていたら自分の噂話をしていたでござる。そうだった。〈癒し手〉に転職するときの光でかなり注目を集めていたんだ……。どうやらあの神々しい光景をまた見たい、という人がいるようだ。
大聖堂に入って大丈夫かな? という不安に襲われたけれど、注目されているのは〈猫のローブ〉みたいだから……大丈夫、だよね? 今着ているのは〈慈愛のローブ〉だ。私はコソコソしながら大聖堂へ足を踏み入れた。
「転職クエストの手掛かりがあるといいんだけど……」
大聖堂の廊下を歩きながら、私はレリーフの欠片――〈古き大聖堂の記憶〉を取り出した。どうすればいいかさっぱりわからないけれど、アイテム名に『大聖堂』という単語が入っているので無関係ではない……と思いたい。
……何かに反応しないかなぁ?
ゲーム時代であれば割と好き勝手に大聖堂の中を歩き回れたけれど、現実世界となった今はそれが難しい。関係者しかいないところへ入ったら、つまみ出されるだろう。
「でも、一番可能性があるのは女神フローディアの像かな?」
私が転職の祈りを捧げた像で、私の言葉に返事をしてきた像でもある。どういう理屈かはわからないけれど、あの像は女神フローディアに繋がっているのだと思う。
考えながら歩いていたら、像のある〈祈りの間〉に到着してしまった。けれど、私が持つレリーフの欠片に反応はない。一応、女神の像に触れてもみたがなんの変化もない。
……残念。違ったみたい。
待ち合わせの時間も迫っているし、さっさと〈嘆きの宝玉〉を納品してしまおう。入り口で神官か巫女に声をかければ取次ぎをしてくれるはずだ。くるりと女神の像に背を向けて歩き出そうとしたら、人が立っていた。
「お祈りですか?」
「――!」
びっくりして、思わず息を呑んだ。いたのは、私に突き刺さるような視線を送っていた司教だった。黒髪はどこか親近感を覚えるけれど、紫の瞳はなんだかすべてを見透かしてくるかのようで落ち着かない。
……うわあ、会いたくない相手に!
引きつった笑みを浮かべつつ、私は「はい」と頷いた。
「もうお祈りは終わったので、失礼いたしますね」
「そうですか……。どうぞ、女神フローディアの加護がありますように」
「……ありがとうございます」
私はローブの裾を軽くつまんで優雅に礼をし、〈祈りの間〉を後にした。
――というのに、どうして私は再びこの男の前に座っているのか。
つい先ほど別れて安心していたというのに……。〈祈りの間〉を出た後、私は受付にいる巫女にギルドの依頼で来たことを告げた。ちょうど依頼をした司教がいると応接室に通されたのだが、先ほどの男性がいた、というわけだ。
巫女がお茶の用意をして下がると、目の前に座る男は口を開いた。
「私はリロイと申します。依頼を受けていただきありがとうございます」
「冒険者のシャロンと申します」
簡単な挨拶をすると、「見せていただいても?」とリロイさんが先を促した。私も早く終わらせたいので、素直に頷く。
事前に〈鞄〉から取り出しておいた〈嘆きの宝玉〉をテーブルの上に置いた。わずかに光を帯びた球体の宝玉は、大きさでいえば野球ボールくらいだろうか。透明度が高いので観賞用の置物にしてもいいかもしれないと思う。
リロイが一瞬息を呑み、〈嘆きの宝玉〉を手に取った。
「これが……。とても美しいですね」
じっくりと〈嘆きの宝玉〉を見て、リロイは「確かに受け取りました」と頷く。これで納品完了だ。あとはギルドに報告をすれば依頼完了だけれど、これは後日でも問題ない。
「では、私はこれで……」
「今日は、猫耳ではないんですね」
「――っ!」
早く帰るが吉と思っていたところに、直球な一撃がやってきた。私が〈猫のローブ〉を着て祈った人物だとばれている! まあ、案内してもらって顔もしっかり見られていたし、仕方がないか……。
「レベルが上がったので、装備を変えただけです。……〈癒し手〉ですから」
いつまでも素早さ重視の装備ではいられない。今後はパワーアップした回復量で支援無双をするのだ。
「……最初にあなたを見たとき、女神フローディアに類するものだとは思えなかったのでとても驚きました。本当に〈癒し手〉だっただけではなく、祈りであのような祝福の光まで。もしよければ、もっとお話を伺いたいものです」
「残念ですが、約束があってこのあとすぐ街を出ないといけないのです」
ギルマスと話をしたこともあって、すでに集合時間まで一時間を切っている。たとえ時間があったとしても、話をしたいとは思えないけれど……。
「そうですか……。お約束があるのに無理に引き留めるのはよくありませんね。またお会いできるのを楽しみにしています」
「ご縁がありましたら、また」
私は見送りを辞退し、急ぎ足で応接室を後にした。リロイの視線が気になって仕方がないので、一刻も早くここから出たいのだ。
……いったい何者なの、あの人!
好意的な目で見られている気はしないが、かといって敵対心があるのか……と言われたら返事に困ってしまう。鋭い目で見られはしたけれど、別に敵意のようなものを感じはしなかった。ただ、何を考えているのかがわからないのが嫌だと思った。
廊下の曲がり角を過ぎると、私の足は自然とスピードを落とす。
「ふー……」
緊張していた体がほぐれるのを感じながら、ポケットに入れたままだったレリーフの欠片を手に取る。なんの手掛かりも得られなかったことが残念でならない。そう思っていたのだが――なんとレリーフの欠片が淡く光っていた。
「え!?」
私が声をあげて、しかしすぐさま口元を押さえる。通りかかった数人の巫女が、静かにしなさいというように視線を向けてきたからだ。
……落ち着け私。深呼吸だ。すーはー、すーはー。
心の中で深呼吸を終えると、私はレリーフの欠片――〈古き大聖堂の記憶〉の情報を確認する。
【クエスト】ユニーク職業への転職
崩壊を嘆くのは聖女だけではない。幼き希望の光を憂う者の相談に乗り、解決の糸口を探す手伝いを。
「いつ変化したんだろう? 全然気付かなかった」
気付けなかったのを悔やむべきか、それとも誰かの前で突然レリーフの欠片が光らなかったことに安堵すべきなのか……。私が情報を確認すると、レリーフの欠片の光は消えた。
……誰かの相談に乗るっていうクエストに変化したんだよね?
「対象者……『幼き希望の光を憂う者』の近くに行ったから、クエストが先へ進んだんだよね?」
女神の像の前で確認したときは、まだ光っていなかった。つまり、私が対象の人物と会ったのはその後ということになる。
「…………」
私はため息をつきたいのをぐっと我慢した。
――リロイしかいないじゃん!!
もちろん、ほかの人物という可能性もある。が、ユニーク職業の転職クエストに、そこらのモブNPCがメイン人物のように関わってくるとは思えない。その点、リロイの役職は司教だし、何より存在感がある……!! 私の勘が間違いないといっている。
話をしたい……と言われたのは、もしかしたらクエストのフラグだったのかもしれない。
ケットシーの村から戻ったら、もう一度リロイを訪ねてみよう。私はそう決意し、大聖堂を後にした。
感想を読んで、〈エルンゴアの亡霊〉を倒したのにレベル上がってない!ということに気づきました。失念……。ご指摘ありがとうございます。
〈エルンゴアの亡霊〉を倒して、5レベル上がりました!(1度のレベルアップ上限)