23 依頼の報告とランクアップ
依頼書を持った私を見たナーナさんの問いかけに、どうしようか悩む。〈嘆きの宝玉〉のクエストをするより、出発の準備と大聖堂が大事だし……と、いろいろ天秤にかける。
「えーっと……ひとまずフレイさんの道案内依頼の報告を伺います」
「あ、はい」
そういえばフレイが私のランクをあげてくれるように口添えしてくれていたのを思い出す。ランクが上がるとギルドからの信頼度が上がって受けれる依頼が増えたり、立ち入り禁止の場所へ進む許可なども得やすくなるのだ。私はすぐに頷いた。
「では、三階に案内しますね」
「……はい」
てっきりそこのカウンターで依頼の報告をして終わりかと思っていたけれど、そんなことはなかった。
攻略されていないダンジョンの案内をやり遂げたし、依頼は勇者パーティから。そりゃあ、報告だって応接室へ案内するよね。ギルドの三階にあるのは、ギルドマスターの部屋と応接室だ。
応接室へ案内してもらうと、中に男性がいた。
「おお、来たか。俺はギルドマスターのルーベンだ」
「冒険者のシャロンです。どうぞよろしくお願いします」
お偉いさんから説明を求められるとは思ってついてきたけれど、まさかギルドマスター自らがいるとは思わなかったので驚いた。
〈聖都ツィレ〉のギルマスは、シルバーグレイの髪のイケオジだった。年のころはおそらく五十歳ほどだろうか。頬から首筋にかけて傷があるけれど、それを隠そうとはしていない。日ごろから鍛えていることがわかるガッシリとした体格だけれど、青の目はどこか楽しそうにしているのであまり威圧感のようなものは感じない。ラフな服装で、左肩に黒のマントをゆるくかけている。
席を勧められて座ると、ナーナさんが紅茶を用意してくれた。
「時間がないところすまないな。ダンジョンに関しての大まかな話はフレイから聞いている」
「そうなんですね」
どうやら私がケントたちと話をしている間に、説明をしていてくれたらしい。
ダンジョンに出現するモンスターやギミックは既に共有されていて、ギルド側でも把握しているようだ。ただ、フレイたちも時間がないので内部の地図や詳細などはまた改めて話すのだと言う。
私を呼んだ理由は、〈エルンゴアの楽園〉の内部構造をどうやって得たか知りたかったかららしい。ギルドでも掴んでいない情報を駆け出しの冒険者が知っていた上に、特に秘匿にもしなかったのだからわけがわからなかっただろう。
……さて、なんて答えようかな?
「私は人づてに聞いただけなんです」
ギミックの正解に辿り着いたのは私ではないので、間違ったことは言っていない。けれど、「いったい誰に?」と鋭い目が私に向けられた。
……誰って言われても、プレイヤーの名前は憶えてないや。
私は苦笑して、首を振る。
「表に出ることを望んでいないと思うので、私からは控えさせていただきます。冒険者に情報開示の義務はありませんよね?」
冒険者として登録する際、その辺はしっかり確認してある。婚約破棄をし自由な身になれたのに、変な義務に縛られるのはご遠慮願いたい。緊急事態などに力を貸すことに関しては問題ないと思っている。
私の言葉を聞いたギルマスは、ガシガシ頭をかいて息をついた。
「こりゃ、一筋縄じゃいかなさそうなお嬢ちゃんだな」
「ギルマス!」
「ハハハ」
叱咤するようなナーナさんの呼びかけを笑って流したギルマスは、「ランクについてだが……」と話題を変える。情報を無理やりにでも聞きだされなかったことに、少しほっとした。でも、ちょっと油断ならない相手っぽいかも。
私の現在のギルドランクは一番下のFだ。上からS、A~Fの順でランクがつけられており、依頼をこなすことによりランクが上がっていく。確か、依頼を五~一〇こなすとランクアップしたはずだ。
こなした依頼数は少ないけれど、勇者パーティの案内という大役をしたので特例で依頼を五回こなす前にランクアップしてくれるのかもしれない。期待せざるを得ない。
ギルマスは考えるように顎を手において、決定したのか「よし」と頷いた。
「シャロンはランクDとする」
「えっ!?」
まさかの飛び級に、私は目を見開いた。一つ上がるくらいでも嬉しいのに、一気に二つも上がるとは。しかしギルマスは驚く私を気にせず、「本当はCランクでもいいんだがな……」と言った。
「普通、未攻略ダンジョンの情報を持っている奴はいない。本来ならシャロンの実力はBランク相当に匹敵する。情報収集の一点において、だがな」
しかし私のレベルが17なので、さすがにそこまでランクを上げられないのだという。上げても、私がついていけないだろうというのが理由のようだ。なるほどなるほど……。
「そこで相談だ。ランクをCに上げるから、ほかに持っている情報をくれないか?」
「交換条件ということですか」
私はなんと返事をすべきだろうと考える。
……ぶっちゃけ、私の利益なんてまったくないよね?
ギルド側からしたら、優遇してランクCにするのだから私にも何か出せと言っているのだろうけれど……ランクなんて冒険者として活動していたらそのうち上がる。今すぐランクを上げたい理由もない。
それに……私はこの世界の現状をちゃんと理解していない。
じっと見つめてくるギルマスに、私はにこりと笑ってみせた。一応公爵家の娘なので、こういう大人とのにらみ合いはそこそこ慣れているのだ。
「残念ですけど、私はこれ以上の情報は持っていません。ランクCになれないのは残念ですけど、地道に活動してランクを上げていこうと思います」
「……そうか」
私が引かないことを察したのか、ギルマスはすんなり了承してくれた。これで、今回の案内依頼に関する事柄は終わりだ。
しかし私がほっと一息つけたのは一瞬だけだった。ナーナさんが古くなった依頼書を取り出したからだ。ギルマスが依頼書を受け取って、私を見た。
「〈嘆きの宝玉〉の納品依頼だが、持っているのか? 依頼者の大聖堂の司教から、見つからないかと問い合わせがあってな……」
「納品します」
私が即答すると、ギルマスもナーナさんも驚いた。
きっと先ほどと対応がまったく違うからだろう。私も案内依頼の報告でかなり時間を使ってしまったので、後日に回すつもりだった。だがしかし、まさか依頼者が大聖堂の司教だとは思わなかった。
……聖女の転職クエストのために、大聖堂に寄っておこうと思ってたんだよね。
司教に顔が売れるかもしれないチャンスを、逃してはならない。
「お、おう……。それは助かるが、いったいどこにあったんだ?」
「そうですね、〈エルンゴアの楽園〉で見つけたとだけ言っておきます」
「なるほど。その情報だけでもギルドとしてはありがたい。協力を感謝する」
「いえいえ」
追及されなかったのでほっと息をつきつつ、私は時間がないことを告げる。
「この後フレイたちと待ち合わせをしているので、あまり時間がありません。ただ、私は〈癒し手〉ですから……司教様ともお話ができれば……とも思っているんです。このあとも、大聖堂でお祈りしてから街を出ようと思っていたんです」
「それなら、直接届けるか? もちろん、ギルドで預かってもいいが」
ギルマスの思いがけない提案に、私はすぐ頷いた。本当はじっくり話ができたらよかったけれど、顔繫ぎができるだけでもありがたい。
本来、司教にはそう簡単に会えないけれど、ギルドが依頼の手続きをしてくれるので問題なく会うことができるようだ。私はすぐに頷き、直接納品することを選んだ。
感想ありがとうございます。
お返事はできていないですが、全部嬉しく読ませていただいております。
エルンゴアのところにあった魔道具は、便利そうなのを少しもらいました。