22 今後のことを考える
聖女。
それはプレイヤーでたった一人だけがなれる支援職の頂点に君臨するユニーク職業だ。
その方法は解明されておらず、プレイ人口は日本だけでも十二万人以上と発表されていた。それだけの人数がいて、まったく情報が上がってこなかったのだ。
……まさかこんな形で手掛かりを手に入れるなんて、思ってもみなかった。
私はフレイたちに気づかれないよう、気持ちを落ち着かせるために静かに深呼吸をする。さすがにちょっと、予想外がすぎた。
……でも、聖女の転職クエストが発生したのは純粋に嬉しい。笑いもしない以下略とほざいていたイグナシア殿下に、聖女になってどや顔で「あなたの婚約者はまだ〈癒し手〉なの? プークスクス」って言ってやりたい。――なんて。
「シャロン、どうした?」
「え? ああ、なんでもないです」
考え込んでいる間に、フレイたちが席を立っていた。もう清算は終わったので、一階に戻るみたいだ。
このパーティはこれで解散。二日間という短い間だったけれど、楽しく過ごせたし、とてもお世話になった。叶うならば、またパーティを組みたいと思――ん?
ここで私は、トルテに〈ケットシーの村〉へ招待してもらっていたことを思い出す。とても行きたいので、ここでバイバイというわけにはいかない。
私はひとまず階段を下りるフレイたちに着いていく。
「みんなはこの後どうするんです?」
「私たちは採取した薬草を持って行かないといけないところがあるんだ」
歯切れの悪いフレイの言葉に、トルテが「シャロンも一緒に連れて行っていいにゃ?」と聞いてくれた。
「シャロンをか? 私は別に構わないが……その、いいのか? トルテの故郷は、あまりよそ者をよしとしないだろう?」
「…………」
喜んだのもつかの間で、トルテの顔が曇ってしまった。どうやら、ケットシーの村に行っても歓迎はされないみたいだ。
私はゲーム時代にクエストで行った村のことを思い返してみる。あれはそう、迷子になってしまった〈ケットシー〉の子供を保護するというものだった。
………………。そうだ、子供の親に「あんたが連れ去ったんでしょう!」と誘拐犯に仕立てられたのだ。確かに、これでは歓迎されるのは難しい。
「トルテ、誘ってもらえたのは嬉しいけど……迷惑になっちゃうなら、私はまたの機会にさせてもらうよ?」
行きたいけれど、別に今すぐではなくていい。だが間違えないでほしいのは、またの機会であって、いかないというわけではないということだ。いつか絶対行くのは決定事項で、〈ケットシーの村〉の素敵な風景を思いきり堪能したい。
しかしトルテは、私の言葉に表情を曇らせてしまった。
「シャロンに来てほしいとお願いしたのには、理由があるのにゃ……」
そして、ぽつぽつと今回のことを話し始めてくれた。
「私には、タルトっていう妹がいるのにゃ」
妹のタルトは生まれつき体が弱く、熱を出して寝込むことが多いらしい。トルテは縁あってフレイのパーティに入り、妹を助けるための回復薬や薬草などを探していたのだという。
しかし妹の容体は思った以上に深刻で、このままでは命が危うい……というときに、〈エルンゴアの楽園〉にある伝説の薬草の話を聞き、攻略に乗り出したというのが今回の経緯のようだ。
……めちゃくちゃいい話だ。
私も家族が――美月だった前世の家族とはもう会えないけれど――シャーロットとして生きている今の家族のことも、記憶の思い出になるけれど大切に思っている。
「シャロンは薬草にも詳しかったから、もしかしたらタルトの症状もわかるかもしれないと思ったのにゃ。……利用するみたいで、ごめんなさいにゃ」
頭を下げて謝ったトルテに、私は首を振る。
「トルテには美味しいご飯を食べさせてもらったから、できる限り協力させてもらうよ。……でも、私は医者じゃないから症状がわかるかって言われたら困っちゃうけど……」
「十分にゃ。ありがとうにゃ」
嬉しそうに笑うトルテを見て、私も頬が緩んだ。
すぐに出発では私が困ってしまうだろうということで、三時間後に街の門に集合になった。私はそれまでに、今回の案内の依頼達成報告や、準備のための買い物などいろいろとやらなければいけない。
ギルドの一階に下りるとケントとココアが依頼掲示板を見ていた。声をかけると、二人が笑顔で手を振ってくれた。
私は三時間後に合流して勇者パーティについていくことを説明する。
「え、案内だけじゃなかったのか!?」
私がトルテの村に行くことを告げると、ケントが驚いた。このまま勇者パーティに同行するとは夢にも思わなかったのだろう。
「でも、すごいことだよね? 勇者パーティの一員になったんだから」
「そりゃあそうだけどさ」
「違う違う」
二人に勘違いをさせてしまったようで、私は慌てて否定する。トルテの妹に会いに行くだけであって、勇者パーティに入るわけではないのだ。その点は間違えてはいけない。
「そんなに長期間になるとも思えないから、すぐ帰ってくるよ」
「そういうことかぁ! シャロンが雲の上の人になっちまったかと思った!」
フレイたちはとても気さくな感じだったけれど、周囲からは私が思っているよりも遥かに手の届かない存在だと思われているみたいだ。
……でも、確かにあのレベルの冒険者はそうそういないのだろう。ギルドにいる冒険者を見ていても、初級装備が多いし、持っていても中級程度だった。〈エルンゴアの楽園〉も攻略されていなかったし、ダンジョンがあまり認知されていなかったりするんだろうか?
世界の景色を堪能しつつ、そういうのをチェックしてみるのもいいかもしれない。
私が考えていると、ココアがおずおずと手を上げた。
「帰ってきたら、また私たちとパーティを組んでくれる?」
「もちろん。ただ、ほかにもいろいろ行く予定だから、固定パーティを組むのは難しいと思う。せっかくナーナさんに紹介してもらったのに、ごめんね」
「それは別にシャロンが気にすることじゃないさ。固定パーティは何回も一緒に狩りをしてから決めないといけないし、自分のことを優先するのは当然だ」
「ケントが珍しくまともなこと言ってる……!」
ココアの気持ちがとっても嬉しくて、同時にケントがいろいろと考えていることがわかって私も少し驚いた。年下の子供だなんて認識は駄目だね。
「俺は親が止めるのを振り切って冒険者になってから、勉強したんだ!」
「あ、そういえばいろんな冒険者に話を聞いてたね」
そう言って、ココアはケントが〈冒険者ギルド〉でしていたことを上げていく。熟練の冒険者に狩りの仕方を聞いたり、どうしてパーティを組んでいるのかなど、いろいろと質問をしていたようだ。
自分の意思で家を飛び出したものの、ココアがついてきてしまったので、守れるように頑張ろうと努力したのだろう。え、めっちゃ格好良いね!
ということで、戻ってきたら再びパーティを組む約束ができたことにほっとした。私のレベルは〈エルンゴアの亡霊〉を倒したとはいえ17とまだまだ低いので、あまり一緒に組める人がいないのだ。フレイたちが何レベルかは知らないけれど、私とは経験値分配できないので組むことはできない。
「そういえば、二人は何か依頼を受けるの?」
掲示板を見ていたので話題を振ると、すぐに頷いてくれた。ケントが依頼用紙を取って、「まず基礎をちゃんと身につけようと思うんだ」と言った。手にしていたのは、採取系の依頼だ。
「さすがに、〈薬草〉と〈毒草〉を間違えたら大変だからな。採取してるときに〈花ウサギ〉あたりは出るだろうから、それを倒して自分を鍛えるさ」
「じゃあ、あんまり引き留めたら悪いね。帰ってきたらギルドに顔を出すね。二人がいなかったら、ナーナさんに伝言をしておくから。いってらっしゃい!」
「おう! 行ってくる!」
「シャロンも道中気をつけてね!」
受けつけへ行く二人を見送り、私もギルドを出ようとして――「あ」と思い出す。掲示板の隅に貼られた依頼書が目に入ったからだ。
〈エルンゴアの楽園〉に行く前に目にしていた、〈嘆きの宝玉〉の納品依頼だ。三〇〇万リズという高額報酬だったのに、誰もアイテムを手に入れられなかったものだが……〈エルンゴアの亡霊〉を倒したときにドロップした。
見た覚えのあるアイテムだったけれど、どのモンスターのドロップかすっかり忘れていて、そのままこの依頼のことも記憶の隅に押しやってしまっていたのだ。
……うーん、どうしよう。
手に取った依頼書は少し古くなっていて、かなり長く掲示されていることがわかる。きっと、依頼者も早く依頼の達成をしてほしいだろう。
「でも、待ち合わせまで三時間しかないし……」
準備や、聖女クエストの手掛かりを探しに〈フローディアの大聖堂〉にも行きたい。つまり一言で言うと、時間がない。納品してはい終わり、ならいいのだけれど、いろいろ質問をされたらちょっと面倒だ。
……よし、ケットシーの村から帰って来てから報告しよう。そうしよう。ということで私は立ち去るために掲示板に背を向け――
「シャロンさん、もしかしてそのアイテム……手に入れたんですか?」
「わあ……」
ナーナさんが立っていた。