21 帰還と清算
「どうしたんだその装備は? 見たところ、かなりの上物だが……」
翌朝、私を見たフレイが目を瞬かせた。
「……休んだ部屋のクローゼットにあったので、拝借しました」
「いいのか? それは……」
フレイは私の答えに戸惑いつつも、「いや、もう持ち主も亡くなっている……というかここはダンジョンだから、別に問題ないのか?」と自問自答している。
「でも、シャロンによく似合ってると思うわ」
「ありがとう、ルーナ」
ローブに触れながら、「私も探してみようかしら?」とルーナが呟いた。どうやら、この屋敷にある装備やアイテムが気になっていたみたいだ。リーナは「探してくる!」と駆けだして行ってしまった。それを見たフレイが「ずるいぞ、待て!」と追いかけていった。
でもごめん、残念ながらそんなにいい装備やアイテムはないと思う。私の杖と装備はボスドロップと、宝箱から出たものだから……。
さらに続いたルーナを見送った私は、朝食の準備をしているトルテを見た。とてもいい匂いがしている。
「美味しそう」
「もうできあがるんですけど、どれくらいで戻ってきますかにゃ……」
「あ~……、しばらくは無理かもしれないね」
私のせいでトルテに負担をかけてしまい、申し訳なく思う。が、トルテは「仕方ないにゃ」と軽く流して準備を続けた。
「二人で先に食べるにゃ」
「はい」
トルテが作ってくれた朝食は、黒パンと野菜のスープに、スクランブルエッグだった。温かいスープが身に染みる。美味しい。
私たちが朝食を食べ終わったくらいに、家探し……ではなく、屋敷内を探索していたフレイたちが戻ってきた。その手には、いくつかの消耗品に分類されるアイテムがある。
「残念ながら装備はなかったが、回復アイテムがいくつかあった! これは持って帰って精算しよう」
「あずかるにゃ」
「頼む」
トルテが全員からアイテムを受け取って、リュックの中にしまった。どうやら、個人のものではなくパーティのものという認識のようだ。
……あれ? 待って?
「もしかして、私が見つけたこの装備もパーティのものですか……!?」
しかし、フレイは「いや……」と首を振った。
「各自の休憩時間に関しては、何かを手に入れてもパーティで共有はしない。今は朝食の時間で、パーティとして行動している時間なのでパーティのものということにしている」
「なるほど……」
どうやらフレイのパーティは、ちゃんとルールがあるようだ。
休憩中や休みの日に個人が何か手に入れたとしても、それは手に入れた人のもの。逆に、個別で動いていてもそれがパーティとしての意志ならば手に入れたものはパーティのもの、という認識のようだ。
つまり昨夜の休憩時間に私が手に入れたものは、すべて私個人のものになる。頑張って手に入れた装備たちを手放さずにすみ、私はほっと胸を撫でおろした。
そのあとは、フレイたちが急いで朝ご飯を食べるのを待って、ダンジョンを脱出した。初めての泊りでのダンジョンだったけれど、部屋があるためとても快適だった。
***
冒険者ギルドに入ると、ナーナさんが「シャロンさん!?」と私の名前を呼んだ。その瞳には、安堵の色が浮かんでいる。
「よかった、無事に帰ってこられたんですね」
「はい。ただいま戻りました」
怪我もないことを告げると、ナーナさんはほっとした顔になった。よくよく考えれば、案内とはいえギルドに登録したばかりの駆け出しが未攻略のダンジョンに行ったんだもんね……。心配もするだろうと、苦笑する。
「シャロンのおかげで無事に目当てのものが手に入った。ランクを上げてもいいと思う」
「は、はいっ! マスターと相談してみます」
「それがいい」
勝手に私のランクアップが話し合われている……。まあいいかと思っていると、「シャロン!」と再び名前を呼ばれた。
「――あ! ケント、ココア!」
パーティを組んだばかりだったのに、私が急に案内役をすることになったので、めちゃくちゃ迷惑をかけてしまった。
そんなに時間はかからず戻ってこれると思うと伝えてはいたけれど、二人ともどうしていいかわからなかったと思う。
「ごめんね、二人とも。せっかくパーティを組み始めたところだったのに」
「いやいやいや! 案内役とはいえ、勇者パーティだぞ!? すげえよ!」
ケントの目がキラキラと輝いている。まるで勇者に憧れる子ども……って、まんまその通りだった。隣では、ココアも同意するように頷いている。
「私たち、まだダンジョンには行ったことがなくて……。どうだった!?」
「通路がある上にモンスターが多かったから、フィールド……草原や森みたいに逃げられるスペースはあんまりなかったかな? しっかりレベルを上げてから行くのがいいと思ったよ」
私がダンジョンとフィールドの説明をすると、二人は「なるほど!」と頷いている。早くダンジョンに行ってみたいのだろう。
話を聞いた二人は、「行きてぇ~」「強くならなきゃ!」と意気込みを見せている。目標があるのはいいことだ。
「シャロン、精算をしたいんだが大丈夫か?」
「もちろんです」
フレイに声をかけられた私は、ケントとココアに「また後で」と挨拶をしてこの場を離れる。
ギルドの二階にある打ち合わせスペースを借りてアイテムの分配を決め、そのあとは私の案内報酬をもらうという流れだ。
「属性短剣はリーナが持っていて、ほかのアイテムは……」
「はいにゃ」
フレイがトルテに視線を向けると、大きなリュックからアイテムを取り出し始めた。ほとんどがモンスターからのドロップアイテムなので、一部を出しつつ残りは個数を教えてくれた。
出てきたモンスター……ゴブリンやウルフ、プルル、などのドロップアイテムがそこそこの数で、ゴーストの〈宝玉の欠片〉が二つ。それから、宝箱から出た〈ポーション〉が一〇本とお金が三〇万リズと謎のレリーフだ。
「モンスターのドロップは基本的にギルドで買い取ってもらっているんだ。ただ、欲しいものがあれば融通するので遠慮なく言ってくれ」
「はい」
私は頷き、改めてドロップアイテムを見る。
……雑魚モンスターのドロップは私も別にいらないので、お金にしてもらったほうが助かる。〈宝玉の欠片〉も必要ないし……と考えたところで、宝箱から出たレリーフの欠片を見る。これは私の知らないアイテムだ。
……少し状況を整理しよう。
宝箱から出るアイテムはゴミアイテムもあるけれど……希少なものもあるのだ。今回は、宝箱を開いたときに光っていた。あれは、レアアイテムが出るときの光だ。
じゃあ、レアアイテムって何?
というのが、実は私の頭の片隅に疑問として残っていた。
出てきたのは、お金、ポーション、〈鉄の短剣:火〉、謎のレリーフの四つ。フレイたちは属性短剣に喜んでいたけれど、私から言わせてもらえばレアでもなんでもない駆けだしプレイヤーが使うただの属性武器だ。
つまり、宝箱が光った理由は属性短剣ではない。かといって、お金やポーションにもそんな価値はない。まあ、お金が1Gくらい入っていたら光るかもしれないけれど、そんなに入っていた前例は聞いたことがない。
……つまり、あの謎のレリーフの欠片がレアアイテム。
というのが私の予想だ。
どうにかしてもらえないかな? と考えながら、口を開く。
「私は〈癒し手〉なので属性短剣は必要ないですし、ポーションも今のところいりません。報酬でお金ももらえますし……」
そこまで困っているわけではないことをこっそりガッツリ主張する。フレイたちも私の言葉に頷いてくれた。
「なので、勇者パーティと一緒にダンジョンへ行った想い出にそのレリーフの欠片をもらえませんか?」
「え?」
私の言葉に、フレイたちの声が重なった。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、四人ともがレリーフの欠片を見つめる。
「これは恐らく、あまり貴重ではないと思う」
「そうね。これだとシャロンの精算の取り分がすくないわ」
フレイがレリーフの欠片を手にして眉を下げ、ルーナもそれに同意した。なるほど、もらわなさ過ぎても困らせてしまうのか……。
「なら、そのレリーフの欠片以外はお金でもらえると嬉しいです。価値が低いと言っても、宝箱から出たのでそこそこいいものですよね?」
「いや……使い道のないアイテムが出ることも多い」
「そうなんですか?」
あれ? 宝箱から出るアイテムは、ほとんど何かしらの素材として使えるはずだ。たとえば〈鍛冶師〉が作る装備の材料になる〈悪魔の牙〉や〈八色ビー玉〉に、〈料理人〉が使う〈スパイス〉など、多岐に渡る。
私の言葉を聞いたフレイは、頷きながら今まで何が出たのか教えてくれた。
「いろんな色が混ざっているビー玉に、鉱石の欠片みたいなものもあったな。あとはモンスターの素材が出たから何人かの鍛冶師に見せたのだが、全員使い方がわからなかったんだ」
それ、そこそこいいアイテムなんですけど――! と、声を大にして叫びたかった。けれど、ゲーム時代と比べると情報が少ないこの世界では、難しいのだろう。
……というか、スキルだって自動取得してるくらいだもんね。
もったいないなと思いながらも、私は「そうなんですね」と頷いておいた。
ひとまず話がまとまり、私は当初予定していた通りの案内料と、謎のレリーフと、足りない分はお金で精算してもらうことができた。
ちなみに薬草園で採取したものに関しては、今回の目的だったこともあり辞退した。もしかしたら、必要なものが増えるかもしれないのだ。私も自分の分は採取したので、問題ない。……と主張しつつ、〈スキルリセットポーション〉を作るのに使っていたのでちょっと嫌な汗をかいた。
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそありがとう。シャロンがいて、とても助かった」
「そうですにゃ。ありがとうにゃ!」
フレイとトルテが嬉しそうに笑い、ルーナとリーナも満足そうに微笑んでいる。ちゃんと役に立てたようで何よりだ。
アイテムと報酬をフレイから受け取り、謎のレリーフの欠片に触れた瞬間――私の前にウィンドウが立ち上がった。
【クエスト】ユニーク職業への転職
崩壊したときの光景を思い出し、聖女はそっと涙を流した。〈古き大聖堂の記憶〉を得た者よ、どうか世界に平和を導いて。
――はい?
突然現れたウィンドウに、私は言葉を失った。