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回復職の悪役令嬢  作者: ぷにちゃん
エピソード1 私だけが転職方法を知っている
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2 婚約破棄? 喜んで!

 煌びやかなパーティー会場では、盛装に身を包んだ貴族たちが楽しく歓談をしていたけれど――今は、私たちに視線が向けられている。

 その目は、興味本位のような、憐れみのような……いろいろなものが混ざっているだろうか。けれど、私たちに関わりたくないともその目が訴えている。

 イグナシア殿下はため息をついて、私を見た。


「今日まで私の婚約者であったが――そろそろ限界、か」


 ぽつりと呟かれた言葉には、温かさなんて一つもない。優しい瞳と穏やかな声は、すべて隣にいるエミリアに向けられている。私なんて、厄介な相手以外の何者でもないのだろう。

 けれど、私がいったい何をしたというのだろうか。


 私の意識が覚醒する前のシャーロットは、悪役令嬢というわりには大人しく、慎ましやかに過ごしていた。



 ***



 シャーロットが生まれたココリアラ公爵家は、どちらかといえば、派閥争いを嫌う穏やかな家だった。中立の立場を貫いていたからこそ、シャーロットがイグナシア殿下の婚約者になったという経緯もある。

 家のことは、別段問題はない。


 では、シャーロットは?

 王妃になる教育で、遊ぶ間もないほどに忙しかった。というのは、まぎれもない事実だろうか。

 朝から晩まで家庭教師がやってきて、淑女教育、国政、外交のため他国のことも情勢から特産なども覚えなければいけなかった。食事のときでさえマナーを注意され、お風呂は侍女に世話をされ、唯一一人で落ち着けたのはベッドの中だけだった。

 なんてハードな子ども時代。


 つまるところ、悪役令嬢をしている暇はなかった。


 シャーロットは社交をこなしてきはしたけれど、親友と呼べる存在はおらず、私から見れば……寂しく、辛い――楽しいということを知らない人物だった。


 シャーロットが笑顔を見せないのは、彼女のせいだけではないのだ。


 ――ということをイグナシア殿下がわかってくれていたらよかったのだけれど、自分本位の性格では、シャーロットのことを気遣うなんてきっと無理だ。私は常々、イグナシア殿下が国王になったら国は亡ぶのでは? と、思っていた。

 ただ、救いがないわけではない。ある程度の交流がある令嬢は、シャーロットがあまり表情を変えないということを知っているので、気にせず仲良くしてくれるのだ。まるで天使。


 悪役令嬢であるゆえんは、たんに……イグナシア殿下の婚約者だから、というもの。簡単に言えば、単なる当て馬だろう。



 ***



 ――とまあ、こんな風に楽しくない幼少期から今を過ごしてきたシャーロット。今は私でもあるけれど……いまいち、どういう仕組みになっているかはわからない。ひとまず、前世の記憶だと思っておくことにする。


 イグナシア殿下は私を見て、「確か」と言葉を続ける。


「シャーロットの職業(ジョブ)は、〈闇の魔法師(ダークメイジ)〉だったか」

「はい」


 その通りなので、私は素直に頷いた。

 このゲームにはいくつかの職業(ジョブ)――戦闘用の役割があり、それぞれ成長していく過程で得ることができる。私は〈闇の魔法師(ダークメイジ)〉というなんとも悪役令嬢らしい職業(ジョブ)だ。

 〈闇の魔法師(ダークメイジ)〉は、相手への弱体化(デバフ)に特化している。戦闘面では有利だし仲間にいたら役に立つのだけれど、名前やスキルのせいでイグナシア殿下や一部の王侯貴族からよく思われていないようだ。


「その点、エミリアの職業(ジョブ)は〈癒し手〉だ。みなの傷を癒すその姿は、私の妃としても相応しい職業(ジョブ)だと思わないか?」

「褒めすぎです、イグナシア様……」


 イグナシア殿下の言葉に照れるエミリアに、私はなんともいえない気持ちになる。もちろん、職業(ジョブ)で自分の隣に立つ者を選ぶイグナシア殿下にも。


「そうだな……〈闇の魔法師(ダークメイジ)〉ならばせめて、世界の平和でも祈っていた方がいいのではないか? 笑いもせずつまらない女でも、それくらい国のためになることをした方がいい」


 そう言って、イグナシア殿下はエミリアと一緒に笑う。


「…………」


 私は言葉が出なかった。

 いくらエミリアが好きとはいえ、婚約者に対してこんなことを言うなんて……と。なんだか、とても残念な気持ちだ。


「国民に愛されない妃など、必要ない。それに……シャーロット、お前はエミリアを陰でいじめていただろう? 婚約破棄と同時に、国外追放を言い渡す!」

「殿下、それは――」

「いい訳は聞かぬ」


 確かにゲームと同じ展開だけれど、イグナシア殿下の一存で決めていい案件ではない。

 両家で結ばれた婚約を、当事者だからといって「やーめた!」はできないのだ。そんなこともわからないのだろうか。


 しかし殿下は、私が自分との婚約を破棄されるのが嫌だと判断したようだ。これはもう、話が通じないだろう。この王太子殿下は、自分が一番だと思っているのだから。

 イグナシア殿下は、にやにやしながら言葉を続ける。


「たとえお前が私に未練を抱いていても、もう遅い。出て行ってもらおうか」

「わかりました」

「そんなに嫌がっても、決めたこと――何!?」


 私が素直に頷くと、イグナシア殿下は目を見開いた。きっと、こんなに聞き分けがいいとは思わなかったのだろう。隣ではエミリアも同じように目を瞬かせている。


「な、泣いて許しを乞えば、罪をもう少し軽くしてやることも……考えなくはないぞ?」

「結構です。私は、この国を出ていきます」

「え、いや……シャーロット、本当に――」


 焦りだしたイグナシア殿下をしり目に、私はくるりと背中を向けて出口へ向けて歩き始めた。後ろからイグナシア殿下の声が聞こえてくるけれど、すべて無視だ。

 私が歩くと、みんながざああっと波が引くように道を開けていく。けれど夜会に参加している貴族たちは訝しむ表情の人が多く、ほとんどの人がイグナシア殿下を支持するのだということがわかる。

 王太子殿下を敵に回したくはないだろうから、仕方がない。


 ――まあ、私はまさに今、敵に回してしまったのだけれど……。

 私は扉まで歩くと、くるりと反転して会場を見回す。ゲームシーンで登場したここを見るのは、この先もうないだろう。


「失礼いたします」


 私はその一言だけで、会場を後にした。




 私は会場を出ると、すぐに走り出す。一刻も早くここから離れたい。といっても、ヒールを履いているので速くは走れないのだけれど。

 ヒールのせいで転びそうになりながらも、私は馬車の停車スペースへと着いた。ここは従者が来る場所なので、私のような令嬢が来るだけでとても驚かれる。でも、エントランスホールに馬車を呼んでいる時間も惜しかったのだ。


「はぁ、はぁ――!」


 呼吸を整えながら前を見て、私は息を呑んだ。

 王城を背にし、私がみたものは満天の星と、わずかに輝く街の光だ。魔道具で街灯のようなものは設置されているけれど、日本にくらべたら全然少ない。

 ゲームで目にしたよりもずっと、何倍、いや、何百倍も美しく幻想的な世界がここにはあった。もっとこの世界を見たいと、純粋にそう思った。


「って、今はそれどころじゃなかった」


 私は慌てて周囲を見回して、待機していた家の御者に声をかける。


「すぐに馬車を出してちょうだい!」

「えっ!? は、はいっ!」


 国外追放を言い渡されたのだから、一秒だって早く身の振り方を決めなければいけないのだ。私は急いで王城を出た。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 夜会ですら笑わない貴族令嬢が「社交をこなしてきた」というのは流石に貴族社会を舐めていると思います。例えば現実で、政治家が外交の場でニコリともしなかったら相手に不快感を与えますし、報道さ…
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