19 VSエルンゴアの亡霊
修正が終わりましたので連載再開です。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです~!
私は調合室を出て、廊下の一番奥の部屋を目指す。
この先にいるのは〈エルンゴアの亡霊〉というボスモンスターだ。大好きだった調合の研究を解明できぬまま寿命を迎え、その怨念によりモンスターとなった……と、言われている。
ボス部屋だからか、今までの木製とは違う鉄の扉が重々しい雰囲気を纏って待ち構えていた。無意識のうちに、ごくりと唾を飲んだ。
私はゆっくり手をかけて、その扉を開く。ギイィという錆びついた音を耳にしながら、まっすぐ前を見る。ここのボスはすぐに襲いかかってはこないので、大丈夫だ。……たぶん。
中はバスケットコート程度の広さがあり、その中央より少し後ろに〈エルンゴアの亡霊〉がいた。
静かに佇むその姿は、なかなか貫禄があった。土気色の顔をしているけれど、眼光の鋭い赤の瞳。額にはめられたサークレットはその存在を引き立てている。ゆったりとしたローブを着ているけれど、その手に持つ杖から繰り出される攻撃はプレイヤーを簡単に屠ってきたものだ。
「ふー……」
私は小さく息をはいて、一歩進む。すると、〈エルンゴアの亡霊〉がぴくりと動いた。どうやら私のことを敵と認識したらしい。
レベル12の私が勝つには、すべてのギミックに対応し、長時間攻撃をするほかない。相手のHPが高く、私の攻撃力が低いのだから仕方がない。これでも、可能な限りの底上げはしているけれど。
「……〈身体強化〉〈女神の守護〉」
自分に支援をかけて、私はエルンゴアに向かって走った。
――まずは初手でダメージを与える!
「〈ホーリーヒール〉!!」
『ぐあぁっ』
「よし、効いてる!」
私は小さく拳を握り、ちゃんと攻撃できたことに安堵する。できると頭ではわかっていたけれど、やっぱり実際見るまではちょっと不安だった。
〈ホーリーヒール〉はアンデッド系のモンスターにしか効かないスキルだ。味方にかける回復の〈ヒール〉とは正反対の効果を持つ。
しかしすぐに、エルンゴアは私を睨みつけてくる。そして杖を持った手をあげ、なんと言っているかわからない呪文を唱えた。
……三、二、一、今!
私はエルンゴアの腕の動作を見て、右に避ける。私の立っていたところに、炎の道ができた。
「あの炎が消えるのは、五分後。一分に一回この攻撃がくるから、逃げ道がなくならないように立ち回る……と」
設置された持続型の攻撃魔法は地味に厄介で、適当なポジションにいると逃げ道がなくなって詰んでしまう。初見のプレイヤーは、かなりの確率で死んでいた。
エルンゴアの攻撃は魔法型の遠距離なので、きちんと対策を立てればそうそう死ぬことはない。しかし通常攻撃が飛んでくる場所は法則がなくランダムなので、見ながら避ける必要がある。そのための速さを補っているのが〈身体強化〉だ。
私は飛んできた火の玉を避ける。そしてすぐに、攻撃する。
「〈ホーリーヒール〉!」
エルンゴアは攻撃すると、通常攻撃時に一秒、スキル攻撃時に二秒、反動で動けなくなる。その隙をついて、ちまちま攻撃していかなければいけない。
通常攻撃を何度か避けると、再び炎の道が引かれた。私は自分に〈身体強化〉をかけ直して、大きく壁際に下がる。
次に来たスキル攻撃は高い位置に吹き荒れる疾風だったので、体をかがめることで簡単に回避する。
しかし続けざまに飛んできた火の玉を避けようとするが、一歩間に合わずに〈女神の守護〉のバリアが発動した。心臓がドッドッドッと嫌な音を立てる。
……攻撃は防げたからダメージは受けていないけど、早くスキルをかけなおさなきゃ。
再び通常攻撃とスキル攻撃を避けながら、〈ホーリーヒール〉を撃ち込んでいく。エルンゴアが手を上げたので、私は中央にある炎の道の元へ走る。ここに炎の道をまとめておけば、周辺は自由に動くことができる。
エルンゴアの攻撃を避け、私は再び攻撃をしてスキルのかけ直しをした。
――あと一時間で倒せたらラッキーっていうところかな?
私がだいたいの時間を計算していると、エルンゴアが杖を地面に突き立てた。
「うわ、最悪! 大技が来る……!!」
慌てて壁際によって、可能な限り距離を取る。
この技は杖から四方に炎が飛び散るもので、逃げ道がない。避けることは難しいので、耐えるしかないのだが……私は耐えられるほど強くはない。ギリ、一発であれば耐えられるといったところだろうか。
……〈女神の守護〉が切れたら、速攻でかけ直す。
私は大きく息を吸い込み、気合を入れる。
『我に歯向かう者に、鉄槌を! 〈熾烈の器具〉!!』
力強いエルンゴアの言葉により、炎を纏った調合器具が飛び散った。私は震える体をどうにか動かし、初手を飛び転げるように避けた。が、すぐに来た次の器具にあっけなくバリアを破られてしまう。
「〈女神の守護〉! ……大丈夫、まだ想定の範囲内だ」
まっすぐ飛んでくる器具を見ながらスキルを使い、次の攻撃を避ける。しかしバランスを崩してしまった私は、さらに次に飛んでくる器具を把握できないまま再び〈女神の守護〉を使うことになった。
――やばい!
このままでは攻撃を食らってしまう。
どうにかして避けるために体を起こしたけれど、運が悪いことに二本連続して飛んできた初手にバリアを破られ、二手目が腕に突き刺さった。
「うあっ!」
酷い痛みに声がもれ、泣きたくなる。しかしもう一撃受けたら確実に死ぬので、歯を食いしばってもう一度〈女神の守護〉を使う。そのまま走りながら〈ヒール〉を使い、回復する。
私は息を切らし、攻撃を避けつつスキルを使いつつ、このまま一時間も戦うなんて無理じゃない!? と、絶望した気持ちになる。
――何かいい手があればいいんだけど……。
ゲーム時代に、そんなものはなかった。
「はぁ、はっ……でも、今はゲームだけどゲームじゃない」
現実なのだ。
もしかしたら、そこに何か打開策があるのではないか? と、思考を巡らせていく。何か、何かあるはずだ。
私が考えている間に、〈熾烈の器具〉の攻撃が終わった。そのことにほっとするのも束の間で、エルンゴアはふところから瓶を出した。
「え……」
私はそれを見て顔を青くする。あれは、ポーションだ。飲まれたらエルンゴアに回復されてしまう。絶対に防がねばならない。
……でも、どうしよう。
あの瓶を壊すには、物理攻撃で一撃いれなければいけないのだ。私が持っている〈鉄の鈍器〉でも攻撃はできるが、射程距離が短いので難しい。
「でも、やらなきゃ回復されちゃう! 〈女神の守護〉〈身体強化〉」
スキルをかけ直して大地を蹴った瞬間、あ、と私の脳裏に一つの考えが浮かんだ。それは、〈聖水〉を使ってみたらどうか? というものだ。〈聖水〉は道中で手に入れたので、少しだけストックがある。
説明によると、『悪しきものを消滅させる力があるが、強い相手にはダメージを与えられる』というものだったはずだ。しかし、ゲーム時代はアイテムを敵に使用することはなかったので、誰もこの文章に注目はしていなかった。
――現実となった今なら、聖水をエルンゴアにかけれるんじゃない?
私は〈冒険の腕輪〉を使い、鞄に入れていた聖水を取り出した。そこの説明には、『悪しきものを消滅させる聖なる水。聖度:低』とあった。
説明は私が覚えていたこととほとんど同じだけれど、効果はわからない。……が、やってみる価値はあるはずだ。
「でも先に、その瓶を叩き割る!」
エルンゴアが飲もうとしているところに、私は一撃を入れる。かなり弱いけれど、物理攻撃は物理攻撃だ。エルンゴアの手にしていた瓶が、パリンと音を立てて割れた。よし!
『おの、れ……』
しかし私が喜んだすぐあとに、エルンゴアが杖を上げた。すぐに炎の道が来ることを理解したけれど、位置が悪い。後ろに跳びのいたら直撃は免れないし、私が左右に跳んだとしても……おそらくエルンゴアのスキル発動の方が後なので、方向を私へ向けて修正してくるだろう。
私は〈聖水〉を握りしめ、どうにかして可能な限り離れようと足にぐぐっと力を入れたら――ふっと体が軽くなった。
「え――?」
気づいたときには、私の体はエルンゴアよりも上空にあった。
「そうか、〈猫のローブ〉の効果だ!」
素早さアップの点にばかり目がいきがちで忘れていたけれど、猫のようにジャンプ力が上がると装備の説明には書かれていた。ただのうたい文句も、現実になれば心強い一文になる。
私は聖水の瓶の蓋を開けて、〈エルンゴアの亡霊〉に振りかけた。
うわああぁんありがとうございます、書籍化決定しました!
活動報告を書きました!
これも読んでくださったみなさんのおかげです、ありがとうございます。




