17 エルンゴアの薬草園
〈楽園の雫〉を見て、フレイは目を見開いた。ゆっくり、〈楽園の雫〉と私を交互に見ている。
「シャロン、どうして……」
どうしてそんなことを知っているんだ――だろうか。驚きを隠せないフレイに、私は苦笑する。
私の知識はすべてゲームのものなので、この世界で生きている人たちが知り得ないことも知っている。
本当は、あまりこの知識を人に言うべきではないのかもしれない。でも、目の前の仲間が困っていたら助けてあげたくなってしまうのだから仕方がない。それに、私はフレイたちを気に入っているから。
なんて説明すればいいだろうと考えたけれど、なんだかんだで墓穴を掘りそうだと思ったので私は笑って軽く流すことにした。
「……薬草には詳しいんです。さあ、早く採取しましょう!」
「あ、ああ……!」
フレイは何か言いたそうな感じだったけれど、採取の方が大事だとすぐに判断したのだろう。慌てて、ルーナと一緒に薬草の採取を始めた。
根を傷つけないよう、周りの土ごと丁寧に採取している。その横ではトルテが袋を取り出して、採取した薬草をしまっている。
〈楽園の雫〉は、〈エルンゴアの楽園〉の薬草園でしか採取できない薬草だ。
水色がかった淡い色合いの葉と、青から白のグラデーションの花には水が含まれている。ポーションや万能薬に風邪薬などの回復アイテムはもちろんだが、装備に特殊効果をつけるための素材としても使うことができる伝説の薬草だ。
トルテの妹の状態がどんなものかはわからないけれど、〈楽園の雫〉があれば大抵のポーションや薬類は作れるはずだ。
真剣に採取しているのを邪魔するのもよくないので、私も自分で使う分を採取しよう。
まずは〈楽園の雫〉を採取し、続いて〈虹の薬草〉と〈火の花〉〈水の花〉〈土の花〉〈風の花〉を採取する。今すぐ何かに使うわけではないけれど、採取しておくとのちのち何かに使えるかもしれない。
そして絶対に忘れてはいけないものが、一つ。
私は用意しておいた大きめの袋に、それをどんどん入れていく。かなりの重量になるけれど、〈冒険の腕輪〉は〈鞄〉というインベントリ機能がついているので問題はない。いくらだって収納できる。
せっせと作業していると、ふいに視線を感じた。
「「「…………シャロン?」」」
「ん?」
私が作業をしていると、フレイたちの目が点になっていた。
「何って――土を持って帰ろうと思いまして!」
「えぇっ!? 土って、なんでそんなものを……」
「薬草でもないですし、重いだけじゃないですか?」
フレイは驚き、ルーナは意味がわからないようで不可解な表情をしている。そんなフレイたちに、私は「わかってないなぁ」と首を振った。
「これだけ良質な薬草の育っている土が、ただの土なわけないですよ」
「「「――っ!?」」」
そう、ここの土はこのゲームで手に入れられる高品質の土なのだ。なので、ここに来た人はみんな土を持って帰る。なくならないかな……と心配したこともあったけれど、採取しても減らなかったのでゲーム時代は気にしないことにしていた。
ちなみに、これ以上の品質の土はプレイヤーならば作ることが可能だが……大変なので、専門でやろうと決めた人以外はやっていなかった。
「トルテ、大きな袋はあるか!? 私たちも土を持って帰ろう!」
「はいですにゃっ!」
トルテがすぐに袋を出して、フレイが「うおおおお」とすごい勢いで土を入れていく。ものすごいパワー……さすがは勇者だ。頑張れ……!
私が応援しながらフレイを見ていると、トルテが隣にやってきた。
「シャロン、よかったら……私たち〈ケットシー〉の村に来てほしいにゃ」
「え……っ!?」
突然のお誘いに、私は息を呑む。
〈ケットシー〉の村は、ゲームでも一部のクエストでしか行けなかった幻の村だ。なので、ほとんどのプレイヤーはクエストマップだと思っていた。
――本当に存在してたんだ!
クエストマップじゃなかったんだ! すごい!! これは大発見だ。
すぐさまフレンドに連絡をして情報共有を――と考え、そうだ、自分はシャーロットに転生してここに立っていることを思い出した。ゲーム時代は〈冒険の腕輪〉から〈フレンドリスト〉を開けばすぐ連絡できたのに、今、このリストに友人の名前は一つもない。
私が返事をせずに黙ってしまったからだろう、トルテが心配そうに私の顔を覗き込んだ。山吹色の瞳が、じっと私を見ている。
「どうかにゃ――」
「もちろんっ!」
トルテの不安を吹き飛ばすように、私は食い気味に頷いた。
フレたちよ、すまぬ。私は先に一人で〈ケットシー〉の村を堪能してこようと思う。
「よーし、ひとまず採取はこれくらいでいいだろう」
フレイが採取した薬草と土を詰めた袋をドサドサッと置いて、一息ついた。短時間だったけど、結構採取できたみたいだ。
「一晩休んで、明日の朝にはここを出ようと思うんだが……シャロン、大丈夫だろうか? ここまでくるのに、かなり無理をさせてしまったから」
「大丈夫ですよ」
確かにここに来るまで休憩は少なかったけれど、私には回復魔法があるので疲れや歩きすぎで足に豆ができたとか、そういったものはどうとでもなる。
私が笑顔で頷くと、フレイは「恩に着る」と頭を下げた。
「ちょ、そんなことしないでください! 本当に、無理なんてしてないですから。私は雇われた案内係ですし、基本的にはフレイたちのスケジュールに従いますよ!」
「……ありがとう」
採取した〈楽園の雫〉をすぐにでも持って帰りたいことくらい、私だってわかる。
私やルーナなど、体力的に厳しいメンバーがいるので、とんぼ返りは止めてくれているのだろう……と思う。フレイなら、一日あれば余裕でここと街を往復できるはずだ。
***
――夜。私たちはエルンゴアの屋敷の二階で、それぞれ部屋を割り当てて休むことにした。おそらく、フレイたちはもう寝ているだろう。
「私も寝なきゃいけないんだけど、少しだけ……」
こっそり部屋を抜け出して、私はエルンゴアの屋敷を探索することにした。薬草と土を採取しただけなので忘れているかもしれないけれど、ここは――〈ダンジョン〉なのだ。
では、〈ダンジョン〉には何がいる?
――そう、ラスボスがいるのだ。
「この屋敷の地下には、〈エルンゴアの亡霊〉っていうボスモンスターがいるんだよね」
あまり強くはないのだが、多種多様なギミックを仕掛けてくるので、それを知っていないと攻略が難しい相手だ。逆に言えば、それを知っていれば一人でも倒すことができる。
「私のレベルだとちょっと厳しいけど……この場所を考えたら、なんとかなるかな?」
私は屋敷の一階にある倉庫へ行き、壁に仕掛けられていたスイッチを押す。こうすると、地下室へ続く階段が出てくるのだ。
ただ、このまままっすぐラスボスのところへ行くようなことはしない。ギミックを知っていれば倒せると言っても、さすがに支援スキル全振りの〈癒し手〉では無理だ。
……私には、攻撃スキルがないからね。
攻撃されて回復はできても、倒せなければ意味がない。倒せないまま永遠に対峙し続けることになる。
地下へ続く階段を下りると廊下があり、いくつかの部屋がある。木でできた扉の内の一つに、ポーションのマークがついている。ここが最初の目的地、〈エルンゴアの調合室〉だ。
ここではなんと、誰でもアイテム製作ができるのだ!
製薬は職業〈錬金術師〉の十八番なのだけれど、道具があればほかの職業でも作ることができる。なので、ここを利用しているプレイヤーも一定数いた。ただし、成功率は低く、難しいものは作ることができないけれど……。でも、私が必要なのは簡単なポーションだから大丈夫。
広い作業台に、製薬に必要な天秤や鍋、混ぜ棒などの道具が一式揃っている。
ゲーム時代はオブジェクト扱いだった本棚には、ちゃんと手に取ることができる本が収まっていた。読んでみたいけれど、残念ながらそんな時間はない。レベルが上がったら、また改めて来るのがいいかもしれない。
「道具類は揃っているし、材料は裏庭で採取したから問題ナシ!」
〈冒険の腕輪〉に収納していたアイテムを机に並べて、いざ!
「よーし、〈スキルリセットポーション〉を作りますか!」




