15 島に入る方法
世界樹の復活。
私が予想していたよりも、この案件はとてつもなく大きいものだったようだ。そもそもの話、世界樹があるなんて聞いたことがないし、どこにあるかも見当もつかない。しかし、今まで見たことのない、この身長の高いケットシーの彼女の種族が、どこかの地でその世界樹を守ってきたのだろうということだけは想像ができた。
……でも、この依頼があるってことは枯れている?
それとも何かまずいことが起きているのか。私の手に負えるだろうかと不安にはなるが、じゃあ私たち以外の誰かができるのかと言われたら――できるというよりも、私の手でなんとかしたい。そう思ってしまった。
「私たちケットシーの島は、代々世界樹を守っておりました。正確な場所はお伝えできませんが、〈漁師の自治区〉の方とだけお伝えしておきます」
……〈漁師の自治区〉!
その言葉でピンときてしまった。
これ、もしかしてタルトのクエストの一環なのでは。ウンディーネの件もノームの件も、起こった場所は〈漁師の自治区〉とその周辺のダンジョンだ。これが無関係というのはさすがにあり得ないだろうと思う。
しかし、私はここでハッとする。もしかして、その島って、私たちがあのとき入れなかった渦潮に囲まれた島なのでは……と。
「もしかして、渦潮があって立ち入るのが難しい島ですか?」
「――! 私たちの島をご存知だったのですか!?」
当たりだったようだ。
「私たちは、少し前までアラレにいたんです。その時見かけて、入り方がわからなかったものですから……」
「そうでしたの。私たちの島は、ケットシーだけが通れる秘密の抜け道があるのです。そこを通って、私とピピの二人で今回は助けを求めにやってきたのですよ」
なるほど、そういう仕掛けだったのかと納得する。しかし秘密の抜け道ということは、おそらく別に正規ルートのようなものもあるのだろう。私たちが通るなら、必然的にそこを使うことになる。
私とサンゴが話をしていると、静かに聞いていたウンディーネが口を開いた。
『そこ、わたくしの故郷の国なのだわ』
「「「ええっ!?」」」
「にゃ!?」
私を含めたウンディーネ以外の全員が驚きで声を上げた。
三〇〇年間〈クラーケン〉に捕らわれ、地理が変わり、どこに帰ればいいかわかっていなかったウンディーネの帰る場所がこんなタイミングで見つかるなんて! これはタルトのクエストも一気に進むだろうし、サンゴの依頼内容を解決するにももってこいだ。
ウンディーネは身を乗り出すようにして、サンゴに『じいやはいますの?』と問いかけた。
「じいや、ですか?」
『ええ。わたくしのお世話係なのだわ。以前、じいやとはぐれてしまったままで……きっと私のことを心配しているわ』
ウンディーネの言葉に、サンゴは首を横に振った。
「ごめんなさい、私にはわからないわ」
『そうですの……。でも、あなたの島に行けばじいやに会えるかもしれないのだわ! シャロン、この依頼とやらは受けるのでしょう? わたくし、早く行きたいのだわ!』
「落ち着いて、ウンディーネ様。もちろん依頼は受けるけれど、島へ行く方法がわからないでしょう?」
ひとまず自治区に一旦戻って、もう一回あの島の周囲を確認しなければ。
「まずは俺たちが島に入る方法を探さないといけないだろうし」
ケントの言葉に私も頷く。しかし、そこでタルトが「にゃにゃっ!」と手を挙げた。
「ケットシーだけが通れる道なら、わたしも通れるはずですにゃ。わたしが先に島へ行ってみるのはどうですにゃ?」
「うーん……」
タルトの提案に私は悩む。タルトは高レベルの錬金術師だし、戦闘だって行える。しかし、これはユニーク職業の転職クエストなので、難易度がどの程度なのか現時点では予測できない。
もしかしたら、タルトのレベルはともかくとして、装備では太刀打ちできない強いモンスターが待ち構えているという可能性だってあるからだ
「本当なら私たちが一緒にいるのがベストだけど、タルトの気持ちもすごくわかるよ。クエストを進めることで強くなれるし、冒険はワクワクするもんね。……絶対にダメとは言わないけれど、お勧めもできない。安全の保障が一切ないから」
私が真剣に伝えると、タルトも真剣な顔で話を聞いてくれた。
「確かに、お師匠さまの言うとおりですにゃ。今までは何があってもお師匠さまが一緒だったから大丈夫だと思っていましたにゃ。でも、わたしだけが先に行くとそうもいかなくなってしまいますにゃ。わからないこと、知らないこと、たくさんあると思いますにゃ」
そこでタルトは一呼吸置いた。
「でも、やっぱり気になっちゃうんですにゃ」
「……うん」
私だって、タルトの決意を無駄にするようなことはしたくない。となれば、今できることは情報を集めること。
「ねえ、サンゴさん。島の中は安全ですか? モンスターの強さや数、私たちは島や世界樹について何も知らないから、そのことを教えてほしいんです」
危険が高くないのであれば、タルトを安心して送り出すことができる。
「モンスターが全くいないということはありませんけれど、比較的穏やかな島です。食べ物も豊富ですし、何より私たちは世界樹のお世話を一番に考えていますから」
どうやら島としては過ごしやすい部類に入るみたいだ。サンゴは「それに」と続ける。
「島は渦潮で囲まれているので、外部の種族が入ってくる危険もないんです」
「なるほど」
確かに外敵の可能性がないのは安心材料の一つだね。モンスターもそんなに強くないなら、タルト一人でも十分対応できるはず。
本当に世界樹を育てているための島で、もし危険があったとしても、おそらくこの世界で考えるならばダンジョンがあるのではと思う。世界樹の近くにダンジョンがある――割とお約束のような気がする。
「わかった。タルトが先行していってくれるなら、それをお願いするよ。私たちは、島の外から行ける経路がないか探してみるから」
「ありがとうですにゃ! わたしも、島の中で情報を集めますにゃ!」
島の中と外、両方から情報収集できるのはありがたい。そして私も早く島の中へ行って世界樹を見たいすごく見たい本当は今すぐに見たい世界樹を見るためだけに転生してケットシーになっちゃうか心が揺れているよ私は今……!!
……って、落ち着かなきゃ。
私は深呼吸をして、タルトに向き合う。
「ただ、何があるかわからないから、無茶だけはしないって約束してほしいの」
「はいですにゃ! わたし、頑張りますにゃ!」
話がまとまったところで、サンゴが鍵を取り出した。
「この鍵をドアに使うと、私たちの島へ戻ることができるのです。これは、〈大樹の巫女〉が持つもので、ケットシーであれば通ることができるのですわ」
「それはすごいですにゃ!」
リアズの世界において、鍵のアイテムは時折出てくる。どのドアに使ったとしても繋がる場所が同じもの、もしくは使う場所が限定されている鍵もある。
私が以前クエストで使った鍵は、使うとダンジョンにいけるというものだった。今回はどちらかというと帰還用のアイテムと考えるのがよさそうだ。
「お師匠さま、ノームの卵を預かってもらっていてもいいですにゃ? わたしが持っていって、大量の魔物が押し寄せてきたら大変ですにゃ」
「もちろん」
私はタルトからノームの卵を受け取った。
「サラちゃん、それからウンディーネ様も。二人は一緒にドアを通れると思うから、タルトのことを守ってあげて」
『があ!』
『もちろんなのだわ!』
頼もしい返事に、私はほっと胸を撫でおろす。
「それじゃあタルト、今度は島で会おうね。何かあれば冒険者ギルドに言付けをして」
「はいですにゃ!」
私たちは依頼の手続きをし、タルトと別れた。




