12 屋敷での時間
「…………い、一撃……?」
やっと搾り出したかのような冒険者の声が聞こえてきた。ケントの圧倒的な強さを目の当たりにして、冒険者たちの足は震えている。
……相手が悪かったね。
「モンスターと戦うっていうことは常に、怪我はもちろんだけど、命を失うリスクだってあるんだ。なのに、簡単に戦えなんて、外野が言うべきじゃないだろ!」
ケントの言葉に、冒険者たちは口を噤む。
「自分より下の冒険者たちがいたとしても、手取り足取り教えろとまでは言わない。だけど、危険にさらすようなことはしないでくれ。……俺の願いは、それだけだ」
「わ、わかったよ」
「ああ……」
頷いた冒険者たちを見て、ケントは満足したようだ。顔に安堵の色が浮かんでいるのは、駆け出しの冒険者が似たような被害に遭わなくてよかったと思っているのだろう。
「あ、でも冒険者ギルドにはちゃんと報告するから! 冒険者カード、見せろよ」
「あーもう、わかったよ!!」
……うん、それすごく大事。
あの冒険者の対応は、ケントに任せて問題なさそうだ。
ケントはいつも、ダンジョンのこと、モンスターのこと、狩り場のこと。先輩冒険者たちの話をよく聞き、自分なりに考えて戦っている。だから、大人の冒険者たちが誰かを危険にさらすような挑発行為をすることが許せなかったのだろう。
もしここを通ったのが私たちではなくて、ほかの冒険者たちだったら……挑発に乗って怪我をしてしまったかもしれないし、最悪命を落としてしまったかもしれない。
今回出現したモンスター〈ゴースト〉は通常攻撃が効かない。
魔法や属性攻撃でなければダメージを与えられないので、例えば物理攻撃しかできないパーティだったら、〈ゴースト〉に勝つことは不可能だったのだ。
……ちなみにケントが剣で倒せた理由は、〈聖水〉を使って属性付与をしていたから。
「ここにいても仕方がないし、私たちは先へ進もうか」
私が声をかけると、ケントが頷く。
「悪い、みんな。俺のせいで……」
「気にすることないよ。私たちだって同じ気持ちだもんね」
謝罪するケントに、ココアが首を振って私たちに同意を求めてきた。もちろん私たちもケントと同意見なので頷いておく。タルトは「そうですにゃ!」と必死に頷いてくれている。ケントは「うちのパーティー最高だな!」と嬉しそうに笑った。
エルンゴアの屋敷の中には、ほかの冒険者もいるけれど数は多くないようだ。やはりダンジョンの最奥ということもあって、ここまで来られる人は少ないみたいだ。
レンガ造りの温かみある屋敷は、リビングルームの暖炉に火がともっていて暖かい。奥に行くとキッチンや食堂があり、設備を使用することができる。
「わ、すごいお屋敷ですにゃ! ここがキッチンですにゃ?」
「うん。生前、エルンゴアが住んでいたお屋敷だよ」
「綺麗ですにゃ~。あ、食堂が広いですにゃ!! お祝いするのにぴったりですにゃ!」
タルトがはしゃぎながら、ルルイエと一緒に「好きなだけご馳走を並べられますにゃ~!」と盛り上がっている。
タルトがキョロキョロしながら、「二階も行っていいんですにゃ?」と目を輝かせた。もちろんと頷いて、全員で屋敷探索をすることにした。
二階に行くと客室がいくつもあって、その部屋を使っている冒険者が使用中という札をドアノブに下げていた。
……おお、前にきたときはなかったシステム!
前と言っても、一番乗りだったのでルールも何もなかったけれど。
いつの間にか、この屋敷を使う冒険者たちの間での簡易ルールができていたようだ。使用中の札があれば誰が使っている部屋かわかるので、これがあれば部屋が使用中かどうかわかるのでありがたいなと思う。
「へええ、こんなシステムになってるのか」
「便利だねぇ!」
客室のある廊下に使用中という札が入った木箱が置かれていて、冒険者が自由に使うことができるようになっているみたいだ。おそらく冒険者の誰かか、ギルドが用意してくれたのだろう。
……たぶん、ギルドで〈エルンゴアの楽園〉へ行く相談したら教えてもらえたんだろうな。
私たちは札を一つずつとって、各々選んだ部屋のドアノブにかけておく。加えて、部屋は内鍵を掛けることができるので、セキュリティ面としてもそんなに悪くはない。
『わたくしは、この部屋にするのだわ!』
「わああ、広い部屋ですにゃ~!」
ウンディーネが選んだ角部屋は、明らかにほかの部屋より大きかった。おそらく、この屋敷の主人――エルンゴアの主室だろう。
『調度品はシンプルだけれど、どれもいいものなのだわ。ふふ、わたくしにピッタリなのだわ~!』
ごきげんなウンディーネを見ながら、ケントが「俺はこんなすごい部屋、落ち着かなさそうだ」と苦笑した。
***
一通り探索し終わったので、私たちは一階の食堂でお祝いのごちそうパーティーをすることにした。
「今日はとっておきの料理を用意した」
誇らしげなルルイエの声に、ついついお腹で返事をしてしまう。ぐう。そんな私だが、今日は負けてはいられない。はいっ! と手を挙げる。
「私も、今日はとっておきの料理を出すよ!」
「シャロンもか? じゃあ、俺たちは食堂の準備でもするか。飲み物とか買ってきたし」
「そうだね」
私とルルイエが料理の準備をする間に、ケントたちが食堂を整えておいてくれるらしい。主に、カトラリーや飲み物の用意だろう。
私はキッチンの隅っこを陣取って、早速お祝い料理を作ることにした。といっても、手の込んだ料理を作るわけではない。強いて言うならば、思い出の料理……といったところだろうが。
用意したのは下茹でした野菜、ソーセージ、ベーコン、パン。それからデザートにもなるミニドーナツなど。これをお皿に盛って、最後に小さなお鍋にチーズをたっぷり入れて火にかけたら完成だ。
……あまりのお手軽さに一瞬でできてしまった。
さっそくキッチンに運ぼうとすると、「いい匂い~」とココアが食いついてきた。そうでしょう、そうでしょう。
「チーズフォンデュを用意してみたんだ」
「はにゃ~、美味しそうですにゃ」
『なんなのこれは、こんな料理……見たことないのだわ!! 溶けたチーズがお鍋にたっぷり入ってるなんて……罪深すぎるのだわ!!』
全員チーズの魔力にやられてしまったようだ。
「これは私がエルンゴアの楽園に来たとき、トルテが作ってくれたんだよ。暖炉のあったリビングで、みんなで食べたの」
「お姉ちゃんがですにゃ? お姉ちゃんの作る料理はとってもおいしいんですにゃ! ダンジョンで食べたら、さらに美味しいに決まってますにゃ~!」
「うん。すごく美味しかったよ」
トルテたちみんなとここへきたのが、もう懐かしく感じてしまう。そんな何年もたっているわけではないのに、毎日が濃厚だったからだろうか……。
「じゃあ、始まりのチーズフォンデュって感じか! いいな、それ!」
ケントの言葉に、私は「ノンノン!」と指を振る。
「それだけじゃないんだなぁ。ケントにわかるかなあ?」
「え!? まだなんかあるのか!?」
私の言葉に、ケントは困惑しているようだ。なんのことだか全然わからないと、顔に書いてある。悩むケントの横で、ココアがハッとした。どうやら私の言いたいことに気づいたようだけれど、ケントが気づくまで待つかどうするか考えているらしい。
……でも、ケントじゃ気づかないかも。
思わず私が苦笑すると、それに気づいたココアがクスクス笑った。やっぱりココアも、ケントでは気づきそうにないと思っているみたいだ。
「もしかして、ココアはわかったのか?」
「多分だけどね」
「マジか!」
ココアがわかったのに、自分がわからないことにケントがちょっと凹んでいる。ココアが私の方へチラリと視線を送ってきたので、私は答えを言ってもいいよという意味を込めて頷いた。
「これ、うちの村のチーズなんじゃないかな?」
「え?」
「ココア、正解!」
ココアの予想は大当たりだ。
私はケントとココアの出身である〈牧場の村〉へ行き、このチーズを買ってきた。チーズだけではなく、付け合わせの野菜やソーセージなど村で買えるものを購入し、ケントとココアの両親にも「これも食べさせてやって!と、いろいろ食べ物をいただいてしまった。
〈転移ゲート〉を使えるようになったこともあり、二人はちょこちょこ休みの日に村に顔を出しているけれど、やっぱり親としては心配なのだろう。
「それならとびきり美味しいはずですにゃ!」
「ん。わたしの用意もできたから、ご馳走にしよう」
ルルイエの配膳を、タルトが手伝ってどんどんご馳走が並んでいく。広いテーブルなのに、端から端までいっぱいだ。
『まあ! こんな素敵な食卓、久しぶりなのだわ!』
しかもルルイエの料理メニューは、給仕がいないためすべて一度に出しているが――フルコース料理ではないか。ダンジョンで食べられる料理ではないし、そもそもこんな簡単に作れるものでもない。
……ルルの料理の才能、やば。
「ルル。いつの間にこんなすごい料理を作れるようになったの?」
「ふふふ。町にいるときは、毎朝ココリアラ家に通って料理長に仕込みを教えてもらっていた」
「ええっ!? 全然気づいてなかった……」
ルルイエが私の実家の料理長と仲良くしているのは知っていたけれど、まさか今も毎日のように料理を習いに行っているなんて思ってもみなかった。しかし、ルルイエの料理へ対する情熱を考えたら不思議なことではないのかもしれない。
……そっか。だからルルの料理って、懐かしい感じがあったんだ。
料理長に習ったからと思っていたけれど、現在進行形で習っていたのであれば実家の味に似てしまうのも納得だ。
ルルイエのフルコース料理と私のチーズフォンデュ、ケントたちが用意してくれたドリンクやデザートを食べて――私たちはSランク冒険者になれたことを大いに祝って騒いで、夜更けまで今日を楽しんだ。




