5 雑魚を一掃せよ!
気合の入ったウンディーネの声に釣られて、モンスターがやってきた。すぐに反応したのは、私とケントだ。
「戦闘態勢! 〈挑発〉!!」
現れたモンスターは、〈セイレーン〉。ケントがすぐさま気を引き、攻撃を引き受ける。その間に私も支援をかけなおしていると、ウンディーネが前に出た。
『わたくしに任せるのだわ! ――――♪』
「知らない言語の、歌……!?」
ウンディーネがハープを奏で歌うと、〈セイレーン〉の周りにぐるぐる渦を巻いた海流が現れた。渦潮攻撃、とでもいえばいいだろうか。
どうやら〈セイレーン〉はその渦潮に飲まれ、身動きが取れずダメージを受けているようだ。敵の動きをとめ、さらに継続してダメージを与える。攻撃力はそんなに強くないけれど、なかなか有用なスキルだ。
その隙を突いてルルイエとタルトが攻撃し、〈セイレーン〉を倒した。ドロップを拾って一息つく前に、ウンディーネが嬉しそうに手を叩く。
『わたくし、決めましたわ! あなたたちの仲間になってさしあげますわ!』
「にゃ!? 嬉しいですにゃっ!」
『サラマンダーもいるし、あなたたちは冒険しているのでしょう? なら、じいやにもどこかで会えるはずなのだわ!』
まあ、タルトが喜んでいるし、そもそもどうやって一緒に来てもらおうかと思っていたけど――にっこり笑ったウンディーネに、私たちは頷くことしかできなかった。
***
ウンディーネを仲間にした私たちのパーティは〈海底トンネル〉に戻り、先へ進み、ついに新たなる場所――〈漁師の自治区〉へやってきた。
ここはその名の通り漁が活発で、ルルイエではないけれど私も魚介料理には期待している。大きな船もあるので、沖へ出て大物を釣ったりしているかもしれない。
トンネルを抜けた先にある出口は、〈導きの灯台〉というフィールドだ。
海で迷わないように灯台の明かりがずっと灯されていて、ゲーム内ではデートスポットとしてもちょっと人気だった。トンネルはこの灯台の地下と繋がっている。
そこから西へ進むと、〈静かな村ハクア〉がある。ここの村人たちが代々灯台を管理する役目を担っている。
それ以外だと、中央に近い位置に街がもう一つあって、最北端に自治区の首都〈大漁の街アラレ〉がある。
『ん~~、潮のいい香りがするのだわ!』
「気持ちいいですにゃ~」
『があ』
ウンディーネはタルトに協力する、というかたちでついてくるようだ。そのため、基本的にタルトの近くにいる。
しかし、懸念事項が一つ。
「ねえ、ウンディーネ様のその足……人魚のままだと目立つよね?」
ゲーム時代も、自治区の街に人魚がいるようなことはなかった。なので、ウンディーネを連れて行くととても驚かれてしまうだろう。
『それなら、心配ご無用なのだわ!』
ふふーんなのだわと、ウンディーネがハープで音色を奏でたら――なんと人魚のヒレが人間の足に変化していた。
「うわ、すげえ!!」
「ケント! そんなまじまじ見ないの! 失礼でしょ!!」
ウンディーネの着ているドレスは、後ろ側はいいけれど、前の裾が短い。そのため、白く美しい太ももの露出が――ケントにドキドキするなっていう方が無理かもしれないね。一応、膝上までのニーソックスを着用してくれているけれど。
……私だって、美しさに思わずドキッとしちゃったもん。
「さてと! ウンディーネ様の足問題も解決したし、今日は隣にある村でゆっくり休もうか」
「賛成ですにゃ!」
***
ハクアの村で数日のんびりした私たちは、せっかくなら歩いて旅でも! というノリで、街道沿いを進みつつ野宿をはさみ、二つ目の街へやってきた。
内陸だけれど、大きな湖に面した〈湖の街シズク〉。
ここは街もある程度は大きいので、ドロップアイテムの換金ができる。ハクアは小さな村だったので、大量の素材を持ち込むと逆に迷惑をかけてしまうからね。
しかし街に入るとすぐ、様子がおかしいことに気づいた。
「なんだ? 慌ただしくないか?」
「うん。なんていうか、ピリピリした空気……みたいな」
ケントとココアが警戒しつつ、周囲を見回している。
街を歩く人はみんなせわしない様子で、子供の姿はない。特に冒険者や自警団が慌ただしく走り回り、ときおり怒鳴り声も聞こえてくる。耳を澄ませてみると、「ポーションの在庫は!?」「馬を飛ばせ!」「連絡はとれたか!? 状況は!?」など、切迫したものが聞こえてきた。
「何かあったみたいだね。ポーションの在庫を気にしてるみたいだったから、大量の怪我人が出たか……それとも、モンスターか」
「シャロン、宿を取る前に冒険者ギルドに行こう」
ココアの提案に、私を含め全員が頷いた。
幸いなことに、冒険者ギルドは街の入り口のすぐ近くだった。
中に入ると、さらに慌ただしさが際立った。冒険者や職員が話合いをし、駆け回ってる職員もいるほどだ。
誰かに話を聞けるといいんだけど――そう思っていたら、タイミングよく職員の一人と目が合った。
「あなたたち、見かけない冒険者ですね」
「今この街に着いたんです。何があったんですか?」
私が事情の説明を求めると、職員は深刻な顔で拳をぐっと握りしめた。
「大量の魔物が湧いたんです」
「それは……穏やかじゃないですにゃ」
「そうだね。東の街道沿いに魔物の大量発生は見なかったから……ほかの方角か、それとも湖かダンジョン?」
私が予想を立てていると、その答えはすぐに職員から告げられた。
「アラレの海岸に大量のモンスターが湧いたんです。私たちは今、戦える人たちをまとめてアラレに行く計画を立てているんです」
「その準備で慌ただしかったんですね」
冒険者ギルドが何台か馬車を用意して、それに乗ってアラレへ移動するのだという。
それに加え、モンスターの大量発生と聞いて恐怖する人も少なくないだろう。アラレは馬で駆ければ半日から一日で着く。知り合いや家族がアラレにいる人も多いはずだ。
「出発は明日の朝を予定していますが、動ける冒険者たちは一足先に向かっています。あなたたちはこの街を拠点にしているわけではないですが、アラレの救援に手を貸していただけませんか? 今は、一人でも多くの戦力がほしいんです」
「もちろんです。私たちも、アラレに向かうつもりでしたし」
「! 助かります!!」
ホッと胸を撫で下ろした職員が、すぐさま私たちにパーティー構成を尋ねてきた。おそらくギルドの用意した馬車で一緒に行けるよう手配してくれるのだろう。
……でも、私たちはドラゴンに乗って飛んでいった方が速いんだよね。
今は一刻を争う事態なので、ここで手続きをするよりアラレへ向かった方がいいだろう。私がみんなを見ると同じ考えだったようで、「すぐに行こう」と頷いてくれた。
私たちはギルド職員に「行ってきます」とだけ告げて、ドラゴンに乗って一気にアラレの上空までやってきた。
『すごいのですわ! わたくし、ドラゴンに乗ったのは初めてなのですわ~~!』
「あんまり暴れたら落ちちゃいますにゃ!」
『大丈夫、わかってるのだわ!』
「本当ですにゃ!?」
アラレの海岸は街の北側にある。
私たちは街を越えて海上に出て、まずはドラゴンを旋回させながら様子を見た。海からわらわらモンスターが這い上がってきて、街の方へ向かおうとしているみたいだ。
それを食い止めようとしているのが、アラレに滞在している冒険者や自警団、それと漁師も混ざっている。むしろ漁師の方が血気盛んで、「負けるんじゃねぇぞ!!」と声を張り上げてモンスターと戦っているくらいだ。
「モンスターも雑魚ばっかりみたいだし、これなら楽勝なんじゃないか?」
しかしケントの予想に反して、次第に人間側が押されてきた。理由は、モンスターの数が多すぎるせいだ。
「お師匠さま! 助けないとですにゃ!」
「うん。ケント、お願い――〈必殺の光〉!!」
「任せろ! 〈竜の咆哮〉!!」
一瞬で数十匹のモンスターが光の粒子になって消え、戦っていた人たちが何事だと空を見て私たちの存在に気づいた。
まずケントに攻撃してもらったのは、ドラゴンに驚かれても大丈夫なようにするためだ。〈竜騎士〉がいるとわかれば、ドラゴンへの警戒度は薄れるだろう。そのため、私たちが味方だとわかるように攻撃をした。
そしてすぐに海岸の空いているスペースに降りて、ドラゴンには帰ってもった。これで、戦っている人たちを混乱させずに済むだろう。たぶん。
「冒険者です! 応援にきました!」
私が思いっきり声を上げると、戦っていた人たちはすぐに目の前のモンスターに集中し、「助かる!」と簡潔に返してくれた。
戦っているのは、元々海岸に生息しているモンスターだ。そのためレベルが低く、私たちであればメイスで殴っても一撃で倒せるだろう。
……でも、一般人はそうじゃない。
アラレの人たちというか、冒険者や自警団でもない限り、大量のモンスターを相手にするというのは難しい。
……でもその割に漁師さんが善戦してるのすごいな。
ケントが先陣を切って〈挑発〉を使い、そのあとにココア、タルト、ルルイエが続く。サラマンダーとウンディーネも加勢してくれるようで、一緒に攻撃してくれた。私はといえば、モンスターの様子を見ながら怪我人にヒールをし、戦う人たちに支援を回していく。
このレベルのモンスターしか出ないのであれば、量が多くて時間はかかるけれど、そこまで苦戦することはないだろう。
むしろちょうどいいレベル上げに――もなんて、さすがにこれは不謹慎か。
ケントたちが無双している後ろで私が支援をしていると、一人のギルド職員が息を切らせながら走ってきた。
「はあ、はあ……あなた、たちは?」
「私は冒険者のシャロンです。前で戦っているのは、パーティメンバー。シズクの冒険者ギルドで魔物の大量発生のことを聞いて、駆けつけました。お手伝いさせてください」
「あ、あ、ああ……助かります!」
「いえ。もし怪我人がいるならば回復しますけど、まだここを長時間離れるのは……」
うちのメンバーなら放っておいても大丈夫だけれど、ほかの人はモンスターから傷を負うこともある。というか、現在進行形でめちゃめちゃ攻撃を食らっている。
「〈癒しの光〉――っと」
「おお、すごい……! あ、ほかの人たちはポーションで治療したので大丈夫です」
「ならよかった」
ほかに怪我人はいないようなので、私たちはモンスターが湧き止まるまで倒しまくった。