4 水の眷属ウンディーネのクエスト
『わたくしを蒸し焼きにするなんて、酷いのですわ! じいや、じいや、どこにいるの!? わたくしを助けるのだわ~~!』
私たちの前に現れたのは、可憐な少女の人魚だった。
じいやなる謎の人物に助けを求めているようだけれど、あいにくとここにじいやはいないようだ。ぷりぷりと怒りながら、『冷やすのですわ!』と叫んで〈クラーケン〉のいた水の中へパシャンと飛び込んだ。
『はあぁぁ~、やっぱり海の中は落ち着くのですわ』
やっと熱さから落ち着いたのだろう。多少冷静になったようで、人魚は私たちのことをまじまじと見てきた。
『あなたたち、誰ですの?』
警戒しているようだ。顔を少しだけ水面に出すようにして潜りながらこちらを見ていて、慎重になっているのがわかる。
『……あら?』
そんななか、人魚がタルトに興味を示した。
『サラマンダー? あなた、どうしてそんな小さくなっているんですの!?』
『があっ』
「サラちゃんを知っているんですにゃ!? あっ、私はタルトっていいますにゃ。サラちゃん……サラマンダーは、わたしに協力してくれているんですにゃ」
『…………』
人魚は少し考えるそぶりを見せつつも、水の中から出て地面へ上がってきた。そしてスカートを軽く指先でつまみ、淑女の礼をする。
『わたくしは水の眷属、ウンディーネなのだわ』
……やっぱり、水の精霊の眷属だった!
あんな大きな貝から出てきた人魚が、ただの人魚なわけがない。
水の精霊の眷属、ウンディーネ。
薄エメラルドグリーンの髪に、淡い桃色のインナーカラー。桃色と青の瞳は、まるで海の中のようだ。耳はエラになっていて、色は桃色と青。ふわりとしたフィッシュテールのレースドレスからのぞく足は、魚の尾ひれの形をしている。色は深い青から薄い青へのグラデーションで、彼女の存在を際立たせる。
美しすぎる人魚の少女、といえばいいだろうか。
『サラマンダーを大切にしてくれて、ありがとうなのだわ。あなたはよきケットシーなのね』
「サラちゃんを知っているんですにゃ?」
『まあ、サラちゃん? ずいぶん可愛らしい呼び名なのだわ』
ウンディーネがくすくす笑う。
場の空気が和んだので、私もケントたちと顔を見合わせて前へ出る。私は先頭に立ち、ウンディーネの前に膝をついた。
「私は冒険者のシャロン。ここのメンバーでパーティを組んでいます」
「ケントです!」
「ココアです、初めまして」
「……ルルイエ」
ひとまず全員が挨拶をできたので、私はほっと胸を撫でおろしたのだけれど――ウンディーネが、あんぐりと口を開けていた。何か粗相でもしてしまっただろうかと、私は恐る恐る声をかける。
「ええと、ウンディーネ様……?」
『な、な、な、なんで闇の女神のルルイエ様がここに居られますの~~!?』
「ん、冒険者だから」
「「「――!?」」」
サラマンダーとイフリートのときは何事もなかったけれど、確かに相手は精霊の眷属。この世界の女神の存在を知っていてもおかしくはない。
……もし仲が悪くて一触即発――なんてことになったらどうしよう。
そんな嫌な考えが脳裏をよぎったけれど、ウンディーネは『そうでしたの』とあっさり納得してしまった。それでいいのか。
『もしかして、あなたたちがわたくしを助けてくれたんですの? わたくし、海をお散歩していましたら、〈クラーケン〉に捕まってしまったんですのよ……』
「そうだったんですか。私たちが〈クラーケン〉を倒したら、ウンディーネ様の〈真珠貝〉がドロップしたんです」
簡単にいきさつを説明すると、ウンディーネは『なるほどですわ~!』と大きく頷いた。
『でしたら、あなたたちは命の恩人様ですのね! 褒美を取らせなければいけませんわね!』
「おおっ!」
ウンディーネの褒美に、私はごくりと唾を飲む。私がまったく知らないお宝アイテムをもらえる可能性がめちゃくちゃ高いのでは!? と、テンションが上がっていく。
しかしすぐに、ウンディーネの眉が下がる。
『けれど、じいやがいないと褒美も用意できないのですわ……。じいやったら、迷子かしら。困ったのだわ』
「それは大変ですにゃ……」
……たぶん迷子なのは、ウンディーネ様ですよ――とは、さすがの私も言えなくて笑うしかない。
『あ、そうなのだわ! タルト、あなた精霊の眷属を集めているのよね? わたくしが、力になって差し上げるわ!』
「にゃ!?」
【ユニーク職業〈創造者〉への転職】
囚われの姫は、助けられたお礼をしてくれると言います。
しかし彼女の力は濁ってしまい、本領発揮ができないまま……。どうかその手助けをしてあげて。
ウンディーネの声にタルトが驚いたのと同時に、空中を視線がさまよった。何かを読んでいるようなので、おそらくクエストウィンドウが出たのだろう。
「にゃにゃにゃ? ウンディーネ様の力が濁ってしまってるんです……にゃ?」
「「「!」」」
タルトの言葉に、私たち全員が驚いた。
ただ、私たちはそもそもウンディーネの力とやらを存じていない。ぱっと見た限りでは特に力を失っているようには見えないけれど、何かあるのだろうか。
私がウンディーネを観察していると、きょとんとした表情で『わたくしの力が?』と首を傾げた。
……あれ、もしかして自覚ナシ!?
『濁る、なんて嫌なお言葉ですわ。わたくしの透き通るような美しい力をご覧になって、驚くといいのですわ! ――海のハープよ、わたくしの手に!』
ウンディーネが右手をかかげると、ハープがその手に――――――こない。
『あら? あらあら? どういうことですの、わたくしのハープが……って、わたくしの真珠貝が焦げているのですわああぁぁ~~~~!!』
叫んだウンディーネの視線の先にあるのは、ウンディーネが入っていた〈真珠貝〉だ。どうやらこの貝が焼かれ続け焦げていたことに今気づいたらしい。
……ずっとルルイエが焼いてたからね。
『な、なんてことなのだわ! この真珠貝は、わたくしの力の源ですのよ! これでは、わたくし力を使えませんわ!』
「そ、そんなに大事な貝なんですにゃ!? 火、火を消さなきゃですにゃ~~!」
「大変! 〈ウォーターボール〉!」
慌ててココアがスキルを使い、大量の水を貝にぶっかけたわけだけれど――あれ攻撃魔法だけど大丈夫!? 焼いてた貝を急に水で冷やしたのも大丈夫!?
ウンディーネの〈真珠貝〉は、ぷすぷすと音を立てて周囲には蒸気が……。
『わ、わたくしの真珠貝が……っ! あなたたち、責任を取って綺麗に磨くのだわ!!』
「はっ、はいですにゃ!」
「「「はいっ!」」」
「ん」
どうやら焼いてしまった貝を綺麗にする――それが、今回のクエストのようだ。ちなみに貝は無事だった。さすがはウンディーネ、といったところだろうか。
「そりゃあ、頑張って綺麗にしますにゃ!」
タルトはそう言って、石鹸を取り出した。私たちが野宿のときに使う、普通の石鹸だ。そして私も、貝を綺麗にする方法は特に知っているわけではないなと思いいたる。
……タルトのクエストだし、好きにさせてみるのがいいかも?
「手伝う」
「俺はバケツに水を汲むよ」
「私も一緒にこするよ。スポンジもあるしね」
「ありがとうですにゃ」
みんなでああでもないこうでもないと言いながら、石鹸を泡立てて貝を磨いていく。多少は綺麗になってきているような気はするけれど、焦げ跡に関してはまったく綺麗になっていく気がしない。
私が嫌な汗をかきつつも必死で貝をこすっていると、最初は静かに少し遠くから見ていたウンディーネが近くにやってきた。
『あなたたち、貝の磨き方がなっていないのだわ! ポーションに砕いた珊瑚を入れて、それで磨くのだわ!』
――ということで、私たちは〈海底ダンジョン〉に生息している珊瑚を採取してきた。それを砕き、タルトお手製のポーションに混ぜて磨き薬的なものを完成させた。
「ポーションがこんなふうに使えるなんて、知らなかったですにゃ」
「怪我をしたら飲むっていうのが、私たちの間では常識だもんね」
「ですにゃ~」
珊瑚と混ぜたポーションを貝にかけて磨くと、瞬時に……とまではいかないけれど、擦っていくうちに焦げの汚れまで落ちてきた。
「うわ、すっげえな!」
「生活の知恵っていう感じ。お母さんたちにも教えてあげたい!!」
一番テンションを上げているのは、ケントとココアだ。二人はもともと村の出身ということもあって、このパーティメンバーでは一番掃除の経験が豊富だ。そのため、このありがたみがとてもよくわかるのだろう。
「焦げた鍋もすぐ綺麗になりそうだな。あれ、洗うの大変だからさ」
「わかる……」
珊瑚の力がすごいのか、それともポーションの効果なのかはわからないけれど、一般的に広がってくれたら嬉しい情報ではある。
……鑢みたいな感じなのかな?
磨いていくこと、大体三時間くらいだろうか。さすがに大きいだけあって、普通に磨くだけでもかなり大変だった。
ウンディーネの真珠貝はピカピカを通り越してキラキラ輝いている。貝の内側は虹色に輝き、幻想的な世界が広がっている。
「〈クラーケン〉がドロップしたときより綺麗になったね」
「頑張ったかいがありましたにゃ~!」
私たちが汗をぬぐっていると、ウンディーネが嬉しそうに目を細めた。
『ありがとうなのですわ。これこそ、まさにわたくしの真珠貝なのですわ!』
どうやらご満足いただけたようだ。
『海のハープよ、わたくしの手に!』
ウンディーネが高らかに声を上げると、真珠貝がパッと光り輝き、その姿を手持ちサイズのハープへと変えた。
支柱の部分は海のような深い青で、クラウンには装飾として海の宝石がついている。胴の部分は優しい木の色をしていて気品があり、ウンディーネが持つのに相応しい代物だ。
『わたくし、完全復活なのですわ~!』
ウンディーネのキャラ気に入ってるのですが、私の作品にはあまりいない感じの子なのでなんだか書くのがむずかしいのですわ~~~~!