13 タルトの戦い
まさかのタルトをご指名だ。
イフリートは小さな体で仁王立ち、〈巨大マグリン〉を見ている。そしてゆっくり視線をタルトに移す。まるで早く倒せと言っているかのようだ。
そんなイフリートの視線にタルトは戸惑い、「ど、どういうことですにゃ!?」と慌てふためいている。
できることならば私もタルトと一緒に慌てふためきたいけれど、そうも言ってはいられない。
……あんなモンスター、ゲーム時代は見たことなかった。
それとも、〈マグリン〉同様一〇〇〇分の一で出現するレアなモンスターなんだろうか。でも、そんなのが出現するのであれば、多少の話は私の耳に入っているはずだ。
……ということは、イフリートが関係している? タルトに礼だと言ってたもんね。
詳細はわからない。いったいどの辺りがお礼になるの? ただ、一つだけわかることがある。それは、あの〈巨大マグリン〉を倒さなければいけないということだ。
「と、とりあえず攻撃しますにゃ! 〈ポーション投げ〉にゃ!」
タルトが思いっきりスキルを使い、〈巨大マグリン〉に一撃を食らわせる。しかし、投げつけた〈火炎瓶〉はマグマの体の中に取り込まれ、ぼふんと爆発した。正直、ダメージはあまり通ってなさそうだ。
「これ、倒すのきつくない?」
ちらりとイフリートを見てみるが、不敵な笑みを浮かべたままだ。タルトならば倒せると思っているのかどうなのか。
とはいえ、タルト一人では無理だ。私たちパーティ全員でかかって倒せるかどうかといったところではないだろうか。
私は基本支援をかけ直した後、順番に〈必殺の光〉をかけていく。
今はとりあえず攻撃力を上げることが大切だ。ココアは攻撃を仕掛けつつ、合間に歌をうたって補助スキルをかけてくれる。これで多少の防御力や火耐性がアップしているはずだ。
「〈猫だまし〉!!」
ケントが〈巨大マグリン〉をひるませて、そこに攻撃を打ち込んでいく。
通常時よりはひるんだときの方が攻撃は入りやすいようで、〈巨大マグリン〉は『あああぁ』と苦しそうな声を上げた。
……思ったよりも攻撃が通ってる!
これならどうにか倒せそうだ。私がそんな確信めいたことを考えていると、〈巨大マグリン〉は大きく背伸びをするようにして万歳をした。マグマの体から手が生え、それを地面に叩きつけるようにケントを殴る――しかし、それを一重で躱し、「こっちだ!」とケントは〈巨大マグリン〉の気を引く。タルトたちが攻撃してくれる隙を作っているのだ。
「〈必殺の光〉〈星の光〉〈月の光〉!」
攻撃力三倍と持続回復をかける。
ケントは一撃食らっただけでもかなりのダメージを負うだろうけれど、回復がかかっていた方がましだ。
「連続で〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
タルトが可能な限り連続でスキルを使い、「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん!」と〈火炎瓶〉を〈巨大マグリン〉に投げつけている。その威力は凄まじく、当たった瞬間からボンボンボン!! と炸裂している。
しかし、やはりマグマというだけあって、〈ポーション投げ〉のダメージはあまり通っていないようだ。
「にゃあ……」
タルトは息をつきつつ、一体どうすればあいつを倒せるのだろうかと思案しているようだ。
その合間にも、タルト、ココア、ルルイエが必死に攻撃をする。けれど、〈巨大マグリン〉はまだ倒れない。
みんなが息を切らし、先に体がへばってきた。
敵が〈巨大マグリン〉ということだけあって、辺りの熱気が凄まじいからだ先ほどとは比べ物にならないくらい、ここの温度が上がっている。
「はにゃ、はにゃ……」
タルトが息を切らしながらも、イフリートに視線を向けた。
「こんなの、本当に倒せるんですにゃ……?」
その問いは、誰もが思っていたものだろう。みんなの心を代弁したタルトに、しかしイフリートは頷いた。
「もちろんじゃ」
「にゃっ!?」
イフリートの口ぶりから察するに、〈巨大マグリン〉は私たちでも倒すことができそうだ。
私はうーんと考える。イフリートは、〈巨大マグリン〉はタルトへの褒美だって言ったよね? もしかしたら、通常の倒し方とは違う、何か特殊な倒し方があるのかもしれない。
だけど、攻撃以外で倒すとなると、水をかけるとか……? いや、マグマに水をかけたところで意味がないだろう。
それともタルトが持っているスキルかアイテムが鍵になるのだろうか。タルトに対する褒美であれば、その可能性は高い。
……でも、それが思い浮かばないんだって!
私はぐぬぬぬぬと頭をかく。タルトが倒すためのヒントがなさすぎるよ。
「〈挑発〉! うお、あっちい!!」
「〈虹色の癒し〉!」
ケントが〈挑発〉で〈巨大マグリン〉を引きつけたが、その際にマグマに触れてしまったようで、その熱さで飛び跳ねた。頑張ってくれていたけれど、やはり生身の人間にマグマは辛いものがある。
……あいつも岩にはめれたらいいんだけど。
…………。
………………。
「………………あれ? もしかして、はめれるんじゃない?」
私は「ケント、岩!!」と叫んだ。きっとケントなら、これで通じるはずだ。
「マジか! わかった、やってみる!!」
ケントはすぐにダッシュし、先ほど〈マグリン〉をはめた岩の前にやってきた。その顔は汗が浮かんでいるけれど、暑さからなのか、今からすることに対する冷や汗なのかはわからない。
「……男は度胸! 〈挑発〉!!」
ケントが思いっきりスキルを叫ぶと、〈巨大マグリン〉は大きな体を反転させるようにしてどろどろのそのそケントに向かって進んできた。
「って、歩くの遅っ!」
ちょっと拍子抜けしてしまったらしいケントだったが、すぐに表情を引き締める。そして追加とばかりに、もう一度〈挑発〉を使った。
すると見事、〈巨大マグリン〉は岩の間にすっぽりはまった。いや、すっぽりと言ったら語弊がある。阻まれていると言った方が正しいだろうか。なんといっても岩より〈巨大マグリン〉の方が大きいからだ。
「タルト、出番だぞ。思いっきりやってやれ」
「はいですにゃ!」
ケントの声にタルトは頷く。私はすかさずタルトに〈必殺の光〉をかけ、サポート体制を万全にする。これからやることはたった一つだからだ。
「〈ポーション投げ〉にゃ! 〈ポーション投げ〉にゃ! もひとつ〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
「〈必殺の光〉〈必殺の光〉〈必殺の光〉!」
タルトがどんどん〈ポーション投げ〉をするので、私は〈必殺の光〉をかけて攻撃力を増していく。たとえ攻撃が少ししか通っていないとしても、何度も攻撃すればいつかは倒すことができる。
〈巨大マグリン〉が岩にはまって動けないのであれば、〈ポーション投げ〉をし続けて倒せばいい。なんとも簡単だ。
「〈ポーション投げ〉にゃ! 〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
タルトが根気よく〈巨大マグリン〉に向かって〈ポーション投げ〉を続ける。私は〈必殺の光〉をかけ、合間に基本支援もかけ直す。
ココアとルルイエは一応タルトのご褒美らしいということなので、待機して見守ってくれている。全員で戦っていいのかわからないので、可能な限りタルトがダメージを与えておいた方がいいと判断したのだ。
「頑張ってタルト!」
「倒したらご褒美にお菓子をあげる」
ココアとルルイエがそれぞれ応援し、私も合間に「頑張れ~!」と叫ぶ。タルトは「頑張りますにゃ!」と声を上げて、〈ポーション投げ〉を繰り返す。それを大体……一〇〇回以上続けただろうか。
「はぁ、はぁ……そろそろ、倒したいですにゃ~! 〈ポーション投げ〉にゃぁ~~!!」
息を乱しながらも、タルトが力いっぱいスキルを使って攻撃をする。さすがにそろそろ倒れてくれないと、タルトも参ってきている。
――すると、〈巨大マグリン〉が光の粒子になって消えた。
「にゃにゃっ!」
「お、倒せたみたいだな」
タルトが驚き、ケントが安堵した瞬間、光と粒子になった〈巨大マグリン〉のいたところからカランという音が聞こえてきた。なんだろうと見てみると、そこには錬金術で使う大きな鍋が落ちていた。
もしかして、これがイフリートの言う褒美?
「にゃあぁぁ……」
タルトは大きな目を輝かせながら、ゆっくりドロップアイテムの鍋を手に取った。
「すごいですにゃ。ええと、〈古き光炎の調合鍋〉……にゃにゃっ!?」
「初めて聞くアイテム名だ……。でも、〈製薬〉で使う調合鍋の上位版みたいだね」
「はいですにゃ」
嬉しかったようで、タルトはぎゅっと新しい調合鍋を抱きしめた。次に〈製薬〉するのがとても楽しみだ。