9 イフリートを連れてえんやこら
妖艶なお姉様だった〈イフリート〉は――年の頃はおそらくタルトより年下の、五歳から六歳ぐらいの外見になってしまった。
先ほどまでは勝ち気な笑みを浮かべていたが、今はどこか眠そうな顔をしている。私の記憶の限りでは、ゲームではこのようなイベントはなかったはずだ。
……なんでだろう? イレギュラー?
私がそんな疑問を抱いていると、イフリートは欠伸をしてからこちらを見た。
「なんじゃ、おぬしらは。わらわは眠っていたというに……起こすとは何用じゃ?」
偉そうな口調はゲーム自体と一緒だ。でも、やっぱり外見と眠そうなところだけちょっと違う。
ひとまず私は、イフリートにここへ来た目的を説明することにした。
「〈地底火山〉が噴火しそうになっているんです。イフリートに鎮めてもらいたいのですが、お願いしてもいいですか?」
「ふむ、なるほどの。もうそんな時期か。……眠いが、それもわらわの勤めだから仕方がない。行ってやってもよいぞ」
どうやら自分の役目は把握しているようで、私の要求はあっさりと受け入れられた。
イフリートはタルトに目をやって、ふと一つ頷いた。そしてタルトの背後に回ると、その背中にぴょんと飛び乗った。いわゆるおんぶだ。
「にゃ!? ど、どういうことですにゃ!? インフリートさま?」
タルトが困惑しつつ慌てると、イフリートは「楽にしてよいぞ」と偉そうに言う。そしてもう一つ欠伸をして言葉を続ける。
「わらわは眠い。おぬしの背中が一番居心地がよさそうだから、ここで寝ることにする。しっかりわらわは運ぶようにな」
そういうと、あっという間にタルトの背中でスヤスヤと眠ってしまった。
「にゃ!?」
タルトは驚きつつも、自分より幼い外見をしているイフリートに、姉のような感情が芽生えたのか、「……仕方ないですにゃ」と言いながらしっかりとおんぶをし直した。
……いいお姉ちゃんだねぇ。
そんなことを思いつつも、私はゲームと違うイフリートが不思議で、何かよくない異変が起こっているのではと……少しだけ胸がざわついた。
***
イフリートを仲間にした私たちは、ドラゴンに乗ってバハルへと向かっている。以前、ダンジョンで手に入れた〈ドラゴンの笛〉で召喚できる――いわゆる乗り物カテゴリだ。
目的はもちろん、〈地底火山〉に行き、火山の噴火を鎮めるためだ。
本当は一度フュールに行って、ゲートを使ってバハルへ行けば一瞬なんだけど、イフリートがゲートを通ることができないので仕方なくドラゴンで移動している。さすがに飛んでいるだけあって砂漠で遭難の心配もないし速い。
そんなイフリートはといえば、タルトのドラゴンに一緒に乗っている。
タルトがイフリートを後ろから抱きかかえるように座って乗っている様子は傍から見たら微笑ましが、実際イフリートを支えているタルトはうっかり落としてしまわないかと気が気ではないようだ。
「シャロン、バハルに着いたらすぐ〈地底火山〉に行くのか?」
前方のドラゴンから聞こえてきたケントの声に、私は頷いた。
「イフリートがいるから、宿で休むよりもダンジョンに行って野宿をした方がいいかも。もし何かあったら、私たちじゃ対応できないかもしれないからね」
「わかった」
今のイフリートを連れ回して絶対に安心、という保証は私にはできない。そのため、できるだけ早く〈地底火山〉へ行き、イフリートに役目を終えてほしいと思っている。
「バハルが見えてきたよ!」
ココアの言葉に、私は視線を前に向ける。小さく街が見えて、砂漠の中に緑のオアシスが現れた。
「もう少し近くに行ったら、ドラゴンを降りて歩いて街に入ろうか」
「了解!」
イフリートを起こそうと思ったけれど、タルトが何度揺らしても起きないのであきらめて、私たちはドラゴンを降りて街へ歩いた。
バハルに到着してすぐ、私たちは冒険者ギルドへやってきた。そのまま誰にも声をかけることなく、地下へ続く階段を降りた。受付嬢がチラリとこちらを見ていたので、きっとギルドマスターのトーレには報告に行っているだろう。
……一瞬だったけど、すごく驚いた顔をしてたね。
きっと予想以上に私たちが早く戻ってきたことに驚いたのだろう。
「シャロン、あの扉か?」
「うん」
ギルドの地下を少し歩いたところに、大きな扉があった。シンプルな作りにはなっているけれど、どっしりとした構えは頑丈そうだ。
「ここに通行書をかざす……っと」
もらっていた通行書をかざすと、さらに地下通路の奥へ続く道が開く。外と違って、どこかひんやりとした空気だ。
通路の両サイドにはオアシスからきているであろう水が水路のように流れていて、肌でも耳でも涼しさを感じることができる。
「オアシスの地下にこんな通路があるなんてすごいですにゃ」
「普通、こんなすごい通路があるなんて思いもしないよな」
タルトとケントがキョロキョロと周囲を見回しながら楽しそうに歩く。期待と、それから新たなダンジョンへの緊張も見て取れる顔だ。
「火山を鎮めつつ、タルトの装備を見つけることができたらいいんだけど……」
私の言葉に、タルトの尻尾がピンと立った。嬉しいと体で示してくれているみたいだ。
「確か、耐性装備だって言ってたっけ?」
ケントがどんな装備か気になったようで、質問をしてきた。
「そう。防御力を上げて、前衛もできる〈錬金術師〉ってところかな? タルトが前に出れるようになったら、ケントはもっと自由に動けるようになるから、戦闘の幅も広がると思うよ」
「それは嬉しいけど、上手く立ち回れるか心配にもなるな」
「ケントは勉強家だし、大丈夫だよ」
口では不安そうなことを言っているケントだが、ちょっと期待しているような、ワクワクしているような、そんな顔をしている。自分がどこまでやれるか、楽しみで仕方がないのだろう。
私とケントの話を聞いて、タルトがふんすと気合を入れる。
「わたしも、もっと役に立つことができるのは嬉しいですにゃ!」
「タルトは頼もしいね。手に入れる予定の装備は、火耐性のマントだよ。地底のボスが落とすから、手に入れるのは少し大変かもしれないけど……」
「大丈夫ですにゃ! わたしたちは〈イフリート〉だって倒したんですにゃ。地底のボスだって、きっと倒せますにゃ!」
やる気に満ち溢れているタルトに、私は「そうだね」と笑顔で頷く。地底のボスは倒せるだろうけど、ドロップアイテムだからすぐ手に入るか……。いや、タルトの強運を信じよう。
「火耐性装備があれば暑さにもだいぶ強くなるし、炎系のダメージも受けづらくなる。それぞれ狩場に合わせて装備を変える必要があるけど、きっと役に立つよ」
「はいですにゃ」
私の説明を聞いたタルトは、楽しみだと目をキラキラさせている。そんな話をしていると、通路の突き当たりに扉が見えた。
「あれがダンジョン〈地底火山〉の入り口だね」
キラキラと輝く鉱石で作られた扉は頑丈そうで、ちょっとやそっとでは開かなさそうだ。おそらく鉄のようなものではなく、もっとマナを含んだ希少な鉱石で作られているのだろう。
「よーっし、ここは俺の出番だな!」
ケントが腕をぐるぐる回しながら扉の前へ立った。どうやら力ずくで開けようとしているらしい。ケントが両手で扉を押すと、わずかにぎっしりと音を立てたが、扉は残念ながらびくともしていない。
「んぐぐぐぐぐぐ……っ!」
一ミリも動かない扉とは反対に、ケントは顔が真っ赤になるほど力を入れて押してくれていて、汗もかいている。
「すごく重たい扉ですにゃ」
ケントでも開けられないほど頑丈な扉に、タルトが驚いている。ケントはレベルも高いし覚醒職なので、そんじょそこらの人よりはだいぶ腕力がある。そのケントが開けられないとなると、もう誰にも開けられないのではと思う。
しかし、私はこの扉の開け方を知っている。
「ここでも通行書を使うんだよ」
「え? あ、そういうことか。それなら早く言ってくれよ、シャロン」
ケントがやれやれとため息をつきながら通行書を取り出して、どうすればいいんだと私を見る。
「えーっと……確か扉につけるだけで大丈夫だったと思うけど、どうかな?」
すぐにケントが扉に通行書をぺたりと貼り付けると、ギギギギギと音をさせながらも扉がゆっくり開いた。
「この先がダンジョンか?」
「この先というか、この扉の一歩先からがもうダンジョンだよ。ダンジョン〈地底火山〉、通称地底」
私の言葉を聞いて、ケントがピタリと足を止めた。興味本位で扉をくぐろうとしていたようだ。扉の向こうにはいつモンスターが出てきてもおかしくないので、用心して進まなければならない。
ケントが振り返って私たち全員を見たので、頷く。
「――って、タルトは大丈夫か?」
「大丈夫ですにゃ」
イフリートを背負ったままなので、ケントが心配したようだ。本当はタルト以外もローテーションでイフリートをおんぶできたらよかったけれど、タルトが気に入ったらしく離れてくれないのだ。
「疲れたら休憩するから、すぐに言えよ?」
「はいですにゃ」
タルトが頷くと、ココア、ルルイエも頷く。
「頑張ってイフリート様を連れていこうね!」
「タルトの分も、わたしが頑張って戦う」
「ダンジョン〈地底火山〉の噴火を鎮め、タルトの新しい装備を手に入れよう!」
「よし、行くか!」
「はいですにゃっ!」
私たちは新たなダンジョン、〈地底火山〉に足を踏み入れた。