8 VS〈イフリート〉!
朝食を摂ってから〈イフリート〉戦の作戦会議をし、準備はバッチリだ。私は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、「行こうか」と声に出した。
「おう! 〈イフリート〉はオアシスの対岸にいるんだろ?」
「そう。オアシスをぐるっと回っていく感じ。泉に沿って歩いていけば大丈夫」
「了解」
私が簡単に説明すると、ケントは緊張した面持ちで頷いた。
今まで何度もダンジョンを攻略し、ボスを倒しているけれど、やはり初めて戦う相手というのは緊張するものだ。
これからイフリートと戦うというのに、泉の横を歩いている今の景色はとても平和そのもので、これから死闘を繰り広げるようにはとてもではないが思えない。
……ここでボス戦をしたら、もしかしてこのオアシスもめちゃくちゃになっちゃうのかな。
戦闘が避けて通れないことはわかっているし、ボスなので何度も倒そうと思っているけれど、この美しいオアシスがなくなってしまったりするのは惜しい。
どうにか回避できたらいいのにと思いつつも、難しいだろうなとも思う。
というか、〈イフリート〉を倒したら修復されたりしないかな。なんて淡い望みを持ちながら歩いていたら、あっという間に対岸――〈イフリート〉のいる場所についてしまった。
「――あ」
最初に言葉を発したのは、先頭を歩いていたケントだ。〈イフリート〉らしきものを視界に収め、ピタリと足を止めた。
「もしかして、あれが〈イフリート〉か?」
私はケントの後ろからこっそり覗くように前を見てみる。そこにいたのは、オアシスのすぐ近くの木に寄りかかって小動物と戯れている〈イフリート〉だ。確かにこれはモンスターとして認識しづらい。ケントの気持ちが痛いほどわかってしまったけれど、倒さなければ話が進まない。
……ゲームに美人モンスターがいるなんて、鉄板だもんね。
〈イフリート〉は、燃えるような真っ赤な髪をツインテールにした20代前半ぐらいの妖艶なお姉様だ。露出度の高いドレスのような民族衣装と小麦色の肌。勝ち気な瞳は炎のような煌めく赤だ。
そして円環の髪飾りは、戦う時になると〈イフリート〉の武器となる。〈乾坤圏〉という武器を扱い、こちらに物理打撃を与えてくる。それが〈イフリート〉だ。
「ケント、作戦会議でも言ったけど、〈イフリート〉の物理攻撃はかなりえげつないから気を付けて」
「確か、二つの〈乾坤圏〉って鈍器の武器で殴ってくるんだろ?」
「そう。私はバリアを切らさないようにするけど、できるだけ注意はしてね」
「わかった」
私たちが話をしていたからか、〈イフリート〉がこちらに気づいたようだ。ゆっくり立ち上がって、〈イフリート〉はこちらを見てにっこり笑った。
「〈聖女の加護〉〈守護の光〉〈必殺の光〉――」
私が支援をかけ始めるのと同時にケントが一歩大きく踏み出し、「〈挑発〉!!」と叫びながら剣を振り上げた。そのまま〈イフリート〉に斬りかかっていくと、それに気づいた〈イフリート〉は両手をバッと広げ、つけていた円環の髪飾りを手に取った。髪飾りは形を変え、大きな円環の輪となった。〈乾坤園〉だ。それを両手で持ち、〈イフリート〉は大きくジャンプする。高く飛び上がったその脚力は凄まじく、ゆうに三メートルは跳んだだろうか。
「すごい身体能力!」
〈イフリート〉は頭上からケントをめがけて〈乾坤圏〉を振り下ろしてきた。落下のスピードも加えると、かなりの衝撃になるはずだ。
「〈星の光〉!」
万一の時に備え、ケントに徐々に体力が回復するスキルをかけておく。
「みんな、どんどん攻撃するよ」
「うんっ!」
「わかった」
「はいですにゃ!」
私の声に全員が頷き、一斉に攻撃を始める。〈イフリート〉は精霊というだけあってとても強い。しかし、攻撃力にほぼ全てが振られていると言っても過言ではないほど〈イフリート〉の攻撃手段は物理攻撃がメインだ。
後半、体力が削られてくると〈乾坤圏〉に炎をまとわせて戦ってくるけれど、それ以外で魔法を使うことはない。
……だから、対応を間違わなければそこまで手こずる相手じゃない……!
しかし物理特化のその一撃は凄まじく強く、あっという間に騎士職の防御を崩してしまうほどだ。
ココアが歌い、氷魔法で〈イフリート〉の足を止めようとするが、氷が〈イフリート〉の足に巻き付いた瞬間、じゅわっと音を立てて氷が蒸発した。〈イフリート〉が纏う炎の方が高温で、一瞬で氷を溶かしてしまったようだ。
「――嘘! まさかあんなすごい炎なんて」
「溶けちゃいましたにゃ。信じられないですにゃ……」
「大丈夫!」
怯んだココアとタルトに喝を入れて、私は〈必殺の光〉をかけて〈イフリート〉の様子を窺う。
高くジャンプし、空中でくるりと一回転して〈イフリート〉は地面に着地した。その顔は不敵に微笑んでおり、まだまだ余裕であるということが読み取れる。
「くそっ! ココアの魔法も全然効かないとなると、どうすりゃいいんだ!?」
ケントはぶつぶつ何かを考えるように〈イフリート〉を観察している。まっすぐに見て、時折〈挑発〉を使い、〈イフリート〉の意識が自分から逸れないように気をつけている。
すると次の瞬間。〈イフリート〉かぐっと地面を蹴り上げ、ケントに向かって距離を詰めてきた。〈乾坤圏〉を使って乱撃を行い、ケントを圧倒してくる。一撃一撃が重く、受け止めるだけでも精一杯そうだ。
〈イフリート〉と同じくらいの大きさがある〈乾坤圏〉を使って、あれほど早くしなやかに動けるのは、身体能力の高さ故だろう。柔軟性があり、どのような動きにも対応できる。
「タルト。わたしが魔法で動きを止めてみる」
「! わかりましたにゃ」
ルルイエがぐっと地面を蹴り上げ、空へ高く跳んだ。
手を前に構えると、ルルイエの手に杖が現れる。そして、目元には黒の目隠しが現れた。最初にルルイエと戦ったとき、彼女がつけていた装備だ。
「――おいで」
ルルイエが呼ぶと、二羽の蝙蝠が現れた。使い魔だ。蝙蝠に「行きなさい」と指示を出すと、すぐ〈イフリート〉の元へ飛んでいく。そしてルルイエは、そのまま魔法を使う。
「〈ダークミスト〉」
すると、使い魔の蝙蝠が霧に姿を変え、〈イフリート〉の体を絡め取るように拘束した。
「――今!」
「〈必殺の光〉!」
「にゃっ、〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
タルトより一瞬早く、私がスキルを使う。これでタルトの攻撃力は跳ね上がる。そのまま前衛を務めるケントにも支援をかけ直し、〈イフリート〉の様子を観察する。
……今のでダメージが通ってなかったら、なかなかきつい戦いになりそう。
『うあああぁぁ』
タルトの〈ポーション投げ〉は〈イフリート〉に命中したようで、ダメージを食らっている。叫び声がオアシスに響いた。
……よし、このまま行けば問題なく倒せそうだね。
そして私はチラリと横目でルルイエを見る。
……もしかして、あのスタイルがルルイエの本気?
今までは目隠しをつけた状態で戦うことはなかった。あの装備は、ルルイエにとって何か意味のあるものなのかもしれない。それだけ私たちのパーティのことを考え、本気で戦ってくれたのだろう。
……なんていうか、本当の仲間になれたような気がするね。
「ルル、すごい。私も負けてられないね」
ココアも強力なスキルを使い、〈イフリート〉にダメージを与えていく。
ルルイエが〈イフリート〉を拘束し、タルトとココアが攻撃するという連携が出来上がった。ケントはどうにかして〈イフリート〉の攻撃を防ぎ、ヘイトを貯めるのが仕事だ。
私はタイミングを見計らって〈必殺の光〉を使い、全員の支援が切れないように気をつける。
「よし、このままなら行けそうだね」
「ガンガン行きますにゃ!」
そして、連携してどんどん攻撃していった結果、〈イフリート〉が吠えた。
『アアアアアアアァァァァァ』
赤いオーラが体から噴き出し、わずかに蒸発しているような煙が出た。〈イフリート〉の体力が減り、本領を発揮したという合図だ。
〈イフリート〉は炎を纏い始めた〈乾坤圏〉をぐっと握りしめ、先ほどよりも強い力で地面を蹴り、突撃してきた。
……というよりも、突進?
〈イフリート〉の突進は一撃では止まらず、そのまま壁に着地し、その反動を使って蹴りさらに加速する。まるで縦横無尽に部屋の中を飛び回る弾丸だ。
……さすがにこれを避けるのは無理。
食らうのを前提で動き、バリアで防ぐ。なので、〈イフリート〉が動きを止める瞬間を見計らって一斉攻撃をするのが、この攻撃の正しい対処法だ。ゲームの時はなんとも思わなかったけど、生身で相対するとなかなかの恐怖だ。
バクバク音を鳴らす心臓を無理やり抑えつけて、〈守護の光〉を使うタイミングを見計らう。私の支援が失敗したら、あっけなく全滅の可能性だってあるのだ。
〈イフリート〉の直撃を受けたケントが吹っ飛ばされたのを見て、私はすぐさま〈癒しの光〉で回復し、〈女神の守護〉を張り直す。
「うわっ」
「〈女神の守護〉!」
「きゃあっ!」
「〈女神の守護〉!」
「にゃうっ!」
「〈女神の守護〉!」
『アアアァァッ!!』
……よし、全部防いだ!
「〈イフリート〉が止まったところで、押さえつける」
「はいですにゃ!」
「攻撃は任せて!」
ルルイエの言葉に、タルトとココアが大きく頷く。その目は、タイミングを間違えてはいけないと、〈イフリート〉から逸らされることはない。
そのまま〈イフリート〉がオアシス内を突進し、一〇回ほど繰り返し着地し――たところを、闇の沼に引きずり込まれた。ルルイエが出したもののようで、足を囚われた〈イフリート〉は動けなくなっている。
「〈必殺の光〉!!」
「〈空から降る悲しみの雨すら、冬の祝福を得れば刃になり私の味方となる♪〉!」
「〈ポーション投げ〉にゃっ!」
ココアの魔法は氷の刃が空から降り注ぎ、〈イフリート〉に逃げ場を与えなかった。素早く動けたとしても、避けることができないのだからこちらのものだ。
二人の攻撃で〈イフリート〉を倒したと思ったら――ポンッと音を立てて小さな女の子が姿を現した。
「「「え?」」」
「にゃにゃっ!?」