7 手に入れたいものがたくさんある
申し子が『キイイイィッ』という声とともに再び爪で攻撃を仕掛けてくる。その様はまるで五月雨で、ケントは寸でのところを剣でその爪をはじく。何度も〈挑発〉を使い、申し子のターゲットが自分から外れないように必死だ。
「くそ、こいつ素早いな」
ココアが攻撃をしようとするも、単体魔法だと簡単に避けられてしまう。それをどうにかしなければと、ケントは考えながら攻撃を受けているようだ。
……長期戦になると、暑さで私たちの体力が先にやられちゃうね。
どうにかして申し子の動きを止めて、その隙に一気に攻撃を仕掛けるのがいいだろう。……でも、ケントのスキルがあればその問題も解決する。
私はココア、ルルイエ、タルトの順で〈必殺の光〉をかける。これは次の攻撃力が三倍になるスキルだ。
「――! そういうことか、任せろ! 〈猫だまし〉!!」
私の意図が伝わったようで、ケントが申し子に向けてスキルを使う。これは相手を怯ませる技で、一瞬の隙を作ることができる。案の定、申し子の体がビクッと揺れて一瞬止まる。
「今!」
申し子の様子を見ていた私は、思いっきり叫んだ。それに条件反射で応えたのは、ルルイエだ。
「これ以上暑いのは無理! 〈ダークブレス〉!」
「〈絶対零度の冷ややかな笑みを浮かべる氷の女王は、その力で氷の世界を魅せていく♪〉」
「〈ポーション投げ〉にゃっ!」
そしてココア、タルトが続き、一気に攻撃をしかける。強力な一撃には、さすがの申し子も耐えることはできないだろう。申し子を凍らせ、そこにトドメとばかりにタルトが〈ポーション投げ〉を食らわせた。
氷が砕けることによって絶大なダメージを与え、申し子は光の粒子となって消えていく。なかなか苦戦する相手だけれど、猫だましからの一斉攻撃のコンボが決まれば、そう難しい相手ではないだろう。
「やりましたにゃ!」
タルトが安堵の表情で、落ちたドロップアイテムを拾いに行ってくれた。
ドロップは〈炎になれなかった意思〉というアイテムだ。別に珍しいアイテムではないのだけれど、これを一〇〇〇個集めることによって三階層でとあるアイテムに交換することができる。なので、実はちょっと集めたいアイテムではあるのだ。
……でも、この暑い場所でアイテム集めは辛いなぁ。
私がそんなことを考えていると、ケントが「水飲む」と言って水の革袋に口をつけた。ごっごっごっと飲み干してから、私たちを見る。
「なんとか倒せたけど、複数で来られたら結構きついな」
「うん。だから見つけた瞬間、氷魔法の範囲攻撃で凍らせるのが一番いいかもしれないね」
「そうだな。もし横から湧いてきたとしても、俺が〈猫だまし〉をすればなんとかいけるだろうし」
さっそく複数の申し子が出てきた時の対応を話し合っているケントとココアを見て、私は偉いぞと誇らしい気持ちになる。やはりどんな状況でもどう動くかという想定は早めにしておくに越したことはない。
だからこそ、このパーティはまだまだ成長できると私は考えている。
……んん~、まだまだこのパーティの進化が楽しみだね!
現れるモンスターを倒し、レベルを上げつつ、私たちは二階層を進んでいく。
汗だくになって水分を補給し、ひいこらひいこらしながらどうにか三階層の入り口へとやってきた。
「ふう、やっと着いたみたいですにゃ」
「ここの二階はなかなかハードだね……できれば、もう来たくないかもしれない」
ココアがへばりそうになっているところ大変申し訳ないのだが、正直私は〈炎になれなかった意思〉を一〇〇〇個集めたい。でも、この暑さがしんどいというのは私も同意だ。
……集めるとしても、いろいろ落ち着いてから相談かな。
「とりあえず、三階層に行ってから休もうか」
「そうだな」
ケントを先頭にして、私たちは三階層へ続く階段を下った。
ふわっと涼しい風が私たちの頬を撫でた。そして眼前に広がるのは――緑。足元は金色に光るキラキラの砂。そこから生える豊かな植物。少し進んだ先にあるのは、五〇メートルプールほどの大きさのオアシスだ。ぱしゃりと魚が跳ね、涼しげな音が耳に届く。
まさにこれが本当のオアシスだと、二階層を突破した後では感動せざるを得ない。
「はにゃぁ~……。涼しいですにゃ」
「二階層からここに移動したら、まるで天国だな。あそこのオアシスで水浴びでもしたいぐらいだ」
ケントはぐぐっと背伸びをしてから、周囲を見回した。モンスターがいないか注意深く確認してくれているのだろう。
「敵の影はなし。シャロン、ここに〈イフリート〉がいるんだよな?」
ケントの言葉に私は頷いた。
「〈イフリート〉がいるのは、このオアシスの対岸、向こう側だよ。だから、こっちにいる間は戦闘開始にはならないから安心して」
「そっか。なら問題なく休憩できそうだな」
「うん、大丈夫だよ」
ケントはすぐに靴を脱いで、オアシスの泉の縁へと腰かけた。足をつけて水の冷たさにとろけそうになっている。それを見たココアたちも「私も!」と言って靴を脱いでケントの横に腰掛けた。タルトとルルイエもそれに続いたので、もちろん私も後を追う。ブーツを脱いで泉に足をつけると、その冷たさで体から一気に疲れが抜けたような気がした。
……ああ、気持ちいい。
ゆっくり深呼吸をして、体の力を抜いて緊張をほぐす。
それから周囲を見回せば、木々の合間にいる小動物や蝶たちが視界に入った。果物もなっていて、ダンジョンの中とは思えないほど平和で豊かなオアシスだ。
……ここで昼寝でもしたら最高に気持ちよさそう。
この景色の中、水に足をつけて昼寝ができたらどんなに気持ちがよくて最高だろうか。ああ、一生こんなのんびりとした生活を送れたらいいのに、なんてことまで考えてしまう。
すると、横からくかーと寝息が聞こえてきた。見るとケントが眠ってしまったようだ。気持ちよさそうにむにゃむにゃしている。
「二階層はだいぶしんどいエリアだったから、体力の消耗も激しいね。次は〈イフリート〉戦だし、今日は休んで明日戦おうか」
「賛成! 私も結構疲れちゃった」
マナはいいとしても、あの熱い中ずっと行動していたので、気づかないうちにみんなの体は限界を迎えているかもしれない。ココアも同意してくれたので、私たちは今日はここで一晩明かし、明日イフリートと戦うことに決めた。
みんなで昼寝をし、夜ご飯を食べて、焚き火を作ってそれを囲む。するとタルトがじいっと私のことを見つめてきた。
「お師匠さま、わたしの新しい装備はどんなものですにゃ?」
どうやら自分の新装備になるものが気になっているようだ。タルトの尻尾がゆらゆら揺れて、興味深そうにしている。
「そうだね。タルトには防具と武器、両方を手に入れてもらおうと思ってるよ。防具は〈地底火山〉でゲットできるけど……実はここにお目当ての武器があるんだよね」
「ここに武器があるんですにゃ?」
「そう。今使ってるのは、私のお古のメイスでしょ? だから〈火炎瓶〉の攻撃アップにつながる、〈イフリートのメイス〉を手に入れてもらおうと思ってるんだ。このメイスを装備したら、〈火炎瓶〉を使った時の威力が上がるから、タルトの〈ポーション投げ〉がパワーアップするんだよ」
「それはすごいですにゃ!」
私の説明に、タルトがぱああっと笑顔になった。新しい武器がたまらなく楽しみな気持ち、すごくよくわかるよ……!!
「……ただ、ドロップがそんなに簡単に落ちるわけじゃないから、何日か通うことになると思う」
「なるほどですにゃ。でも、それだけいい装備だったら仕方がないですにゃ。頑張りますにゃ!」
タルトはぐっと拳を握りしめ、私たち全員を見て「よろしくお願いしますですにゃ!」と頭を下げた。
すると、ケントがタルトの髪をわしゃわしゃっと撫でた。
「俺たちは仲間なんだから、頭なんて下げるなよ。装備を手に入れるのだって協力するさ。そしたら俺たちの戦力だって上がるんだからさ!」
「そうだよ。一緒に頑張って〈イフリートのメイス〉を手に入れよう!」
「私も協力する」
ケント、ココア、ルルイエの言葉にタルトは破顔した。
「ありがとうございますにゃ。絶対に〈イフリートのメイス〉を手に入れて、もっともっと活躍してみせますにゃ!!」
タルトの気合いは十分だ。
あとはどうにか早く〈イフリートのメイス〉がドロップしますようにと祈りながら周回するだけだ。