6 二層での戦い
二階層に入ると、むわっとした空気が漂ってきた。
ゲームの時にもすごい光景だと思っていたけれど、現実で見るとすごいを通り越してやばいと言った方がいいかもしれない。二階層は所々にマグマが流れていて川のようになっていて、そこからの熱気がすさまじい。おそらく落ちたら一瞬で溶けてしまうだろう。
「うわ、なんだここ! 想像してた一〇〇倍ぐらいきついぞ」
すでに汗をかき始めているケントが心配そうに私たちを見た。
「そうだね。暑い上に二階層はモンスターも強くなるから、気を引き締めるどころじゃないね」
正直、三階層まで行けるのだろうかと不安にもなってくる。
ここに出てくるモンスターは、一層にもいたほぼほぼ雑魚の〈フレイムストーン〉、他のモンスターは〈フレイムバード〉、〈フレイムベア〉、〈炎の申し子〉……そして突然地面から噴き出す〈灼熱のマグマ〉だ。
空も暑く、地面も熱く、正直逃げ場はあまりない。
「でも、行かなきゃいけないんだよね。だって、火山鎮めないと、この国が大変なことになっちゃう」
ココア暑いのをどうにか耐えながら、「行こう」と私たちを鼓舞してくれる。
「はいですにゃ! 私たちがきっとイフリート様を連れ帰って、この国を平和にしましょうですにゃ!!」
ココアとタルトの気合に押され、私もしっかり頷いた。
「そうだね。急いで行こうか。早く三階に着けば、この暑さとおさらばできるもんね」
「……てことは、三層はそんなに暑くないのか!? なら、急ぐしかないな!!」
ケントは俄然やる気が出たらしい。慎重に、だけど「スピーディーに進むぜ!」と言いなが一歩踏み出した途端――足元からぶわっとマグマが噴き出した!
「うわああああぁぁっ!!」
モンスター、〈灼熱のマグマ〉だ。道沿いを流れている溶岩ほど熱くはないけれど、触れた瞬間ケント叫んで跳びのいた。お尻を押さえるようにして、力の限り二メートルくらい跳び上がったんじゃないだろうか。レベルが上がってケントの基礎能力もものすごく上がってるね。
私はすかさず〈ヒール〉をかけて、「ココア!」と叫ぶ。すぐココアに意図が通じたようで、「任せて」と杖と魔導書を構えた。
「〈アイスアロー〉!」
ココアが魔法を使い、あっさり〈灼熱のマグマ〉を倒した。
〈灼熱のマグマ〉は地面から噴き出すマグマでダメージを負うが、簡単に倒すことができるのだ。とはいえ、何の前触れもなく噴き出してくるのでプレイヤー殺しという異名を持っている。体力が少ない時に食らうと、そのまま死んでしまうからだ。
「何かドロップしたみたいですにゃ!」
〈灼熱のマグマ〉が落としたのは、〈マグマの塊〉という特に必要のないアイテムだ。ゲーム時代は売ってお金に換えていたので、今回も同じように冒険者ギルドかどこかで買い取ってもらうのがいいだろう。
ケントが「嫌な汗かいた……」と手の甲で額をぬぐってこちらを見た。
「しっかし、いきなりあれが噴き出してくるとか恐ろしいな」
「でしょ~? 気をつけてと言いたいところだけど、いきなり噴き出してくるから避けるのが難しいんだよね」
なので対処法といえば、噴き出たマグマを食らったらすぐさま回復。これに尽きる。
聞くと一見簡単そうに思えるけれど、腕の悪い支援職だと〈ヒール〉をすぐにかけることができず、プレイヤーは死んでしまうなんてことも度々起こった。なかなかに緊張感の持てる狩場だったりもするのだ。
「じゃあ、とりあえずマグマはシャロンに任せるとして先に進むか」
「うん、任せて」
普通はもっとビビるだろうに、ケントはケロリとした顔で言ってのけた。
それだけ私を信頼してくれているのがわかって、なんだか嬉しくなる。期待に応えるため、完璧な支援をしなければ!
……でも、こうやってどんどん前に進んでくれる前衛はありがたいよね。
頼りになるし、私も安心して信頼を返すことができる。この暑さは大変だけど、二階層の攻略は思ったより上手く進むかもしれない。私はそんなことを思いながら、みんなに支援のかけ直しをした。
バサっと翼をはばたかせてこちらに向かってきたのは、〈フレイムバード〉だ。空から熱風の刃を飛ばしてきて、ダメージだけではなくやけどの状態異常にさせられる。さらにこの熱気がムワッとしていて動きづらくなるのだ。
「〈挑発〉!! 俺のとこにきやがれ、鳥!!」
なんなくケントがヘイトを稼いでくれたので、私は回復をかけながら周囲を見る。すると、ちょうどココアがバードを見据えて攻撃をするところだった。
「――行くよ! 〈絶対零度の冷ややかな笑みを浮かべる氷の女王は、その力で氷の世界を魅せていく♪〉」
ココアが歌って発現したスキルは、氷魔法の範囲攻撃だ。一瞬で辺りが凍り、地面から生えた逆さ氷柱がバードを貫いた。
「ナイス、ココア!」
ここは炎系のモンスターしか出ないため、ココアは例のとてもまずいあれを飲んで水系統のスキルを取得し直してくれたのだ。本人曰く、「イフリートだよ!? それくらいやらなきゃ不安!」ということらしい。ココアはこういうとき漢前だ。
バードが光の粒子になって消えたのを見て、すぐさまドロップアイテムを拾いに走る。
落ちてきたのは〈炎の羽〉というアイテムで、これは装備など鍛冶の素材に使うことができる。
タルトは攻撃が〈火炎瓶〉を投げる〈ポーション投げ〉しかないため、今はドロップアイテムを拾う係に徹している。〈火炎瓶〉は炎系なので、ほとんどダメージが通らないからだ。まあ、ある程度は通るけれど、そんなに期待は持てない。
「よしよし、いい感じだな」
ケントが剣を鞘に戻したタイミングで、今度は「ぐおおおぉぉ」という声が聞こえてきた。前を見ると、〈フレイムベア〉が三匹こちらに向かって走ってきていた。三メートルほどある巨大な熊で、背中の毛が燃えているのが特徴的だ。近づくだけでも熱いので、それを食い止める役目のケントはかなり大変だろう。
……この戦闘が終わったら、1回休憩にした方が良さそうだね。
私がそう考えているうちに、後ろからルルイエの闇魔法とココアの氷魔法が飛んできた。すると、倒しきれなかったベアが氷漬けになった。カチコチだ。
……あ、これならタルトの〈ポーション投げ〉もいい感じにいけるんじゃない?
「タルト、攻撃!」
「……っはいですにゃ!? 〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
〈ポーション投げ〉が凍ったベアに命中すると、そのまま砕け散って光の粒子になった。氷を砕くという工程が追加されたことにより、炎系の攻撃でも絶大なダメージになったようだ。さすが私の弟子。すごい。最高に可愛い。
ゲームだとこんな戦法は取れないけれど、現実となった今は氷を砕いてしまえばモンスターもそのまま砕け散ってしまう。
……倒す方法としてはかなり有用なのかも。
現実ならではの戦い方も、もっと模索してもいいかもしれない。私はそんなことを思いつつ、ベアが三匹とも倒れたのを見て、「少し休もう!」とみんなに声をかけた。
休憩できそうな岩場の陰を見つけて、私たちは一息つきつつ座り込んだ。
「ふい~。マジやばいぐらい汗だくだ。というか、むしろ蒸発してる?」
あまりの暑さに汗がもうなくなってしまったようだ。確かに私も一瞬で汗をすぐかいていたけれど、今はカラカラに乾いている。
「さすがの暑さだね。とりあえず、まずは水分補給ね。水を飲んで。あ、そういえば〈トロピカルン〉を買っておいたんだ」
私は〈鞄〉の中から、すぐ食べられるように剥いておいた〈トロピカルン〉を取り出した。すると、みんなの目が輝いて「おおっ!」という声が上がる。この暑い中、水分たっぷりのジューシーなフルーツは食欲をかなり刺激するようだ。
「わあ、美味しそう。食べていいの?」
「もちろん、いっぱい食べて」
真っ先に声をかけてきたのは、もちろんルルイエだ。私が許可を出すとすぐに〈トロピカルン〉を手に取ってかぶりついた。
「ん、美味しい。とっても瑞々しくて、乾いた喉が潤う」
ルルイエの食レポを聞いて、ケントとココアとタルトもすぐさま手に取った。もちろん私も〈トロピカルン〉を口に含む。口いっぱいに広がる桃とマンゴーに似た味わいと、じゅわっと溢れ出た水分に喉が潤っていく。まるで天からもたらされた恵みのようだとすら思う。
「ここで食べてるから、さらに美味しさを引き立ててるよね」
「だな。瑞々しい果物は暑いところで食べると段違いに美味いな。まあ、だからといって果物を食べるためだけにここに来たいとは思わねえけど……」
ケントはそう言って笑いながら、次は水をがぶ飲みした。ルルイエも〈トロピカルン〉を食べ終わると、「わたしもお勧めを持ってきた」と言っていそいそと何かを取り出した。
取り出したのは、薄く焼いたパンにキャベツと肉を挟んだケバブのようなサンドイッチだ。甘辛いソースのにおいが鼻につんときて、こちらも食欲を刺激してくる。先に果物を食べたので喉が潤い、サンドイッチも食べやすそうだ。
ルルイエが全員に一つずつ配ってくれたので、ありがたくいただく。はぐっとかぶりつけば、肉の旨味と甘辛いソースが口いっぱいに広がって、疲れ果てていた体に少しずつ体力が戻ってくるのを感じる。暑さでヘロヘロだったのであまり自覚はなかったけれど、体もだいぶ疲れていたようだ。
……というか、こんな暑い場所にいたら誰だって調子も悪くなるよね。
やっぱりもう少しこまめに休憩した方がいいかもしれない。なんて、食べながら私は考えた。
「あー、美味しかった。ありがとう、ルル」
「どういたしまして」
「ルルはいつも美味しいものを見つけてきてすごいですにゃ」
「わたしはあるもの全てを食べ尽くす所存」
「相変わらず、すごい気合ですにゃ」
ルルイエは美味しいものを見つけるというよりも、全て買って食べてみて、美味しいものをもう一度買うというスタイルだ。だからルルイエの持ってくるものに外れはない。何せ一度全て味見をして、美味しいと思ったものを出してくれているからだ。
「んじゃ、休憩できたしそろそろ行くか?」
「そうだね。次からは一戦ごとに水分休憩ぐらいは取った方がいいかもしれないね。歩きながら水を飲んでもいいし」
「あー、確かにその方がいいな。戦い終わったら水を一口飲んでから進むか」
こまめな水分補給大事。ということで、私たちは再び歩き始めた。
歩きつつ周囲を警戒し、互いにフォローしつつ進む。水を飲むときは声掛けをし、その分ほかのメンバーがフォローに回る。なかなかいいチームワークだ。
「あれ? こんなところに人がいるぞ」
しばらく歩いたところで、ケントが私の方を見た。
「あー、あれは〈炎の申し子〉だね。モンスターだよ」
「あんな可愛い女の子がモンスターなんですにゃ!?」
「うん」
驚いたタルトに、私は頷く。
「今いるのは可愛い女の子だけど、外見は女の子と男の子の二種類あるんだよ。特徴は燃えるような髪だね」
毛先がオレンジに染まった赤い髪に、小麦色の肌。黒い瞳は印象的でこちらを見ているかのようだが、光を宿してはいない。ゲーム時代は、外見が可愛いのでプレイヤーに人気のあるモンスターだった。
「〈炎の申し子〉ってことは、〈イフリート〉みたいなもんなのか」
「いいところに気づいたね」
ケントの問いかけに、私は申し子の説明をする。
「あのモンスターは、まあ、いわゆる〈イフリート〉になれなかった者たちなんだよね。今の〈イフリート〉も選ばれた〈炎の申し子〉が進化した姿なんだよ」
「つまり、あいつは〈イフリート〉に選ばれなかったってことか?」
「そういうこと」
〈炎の申し子〉は、〈イフリート〉になれなかったなり損ないみたいなものだ。その可哀相な生い立ちにそそられると言っていたプレイヤーも一定数いたことを思い出す。
「ケント、申し子は強い炎のスキルを使ってくるから気をつけて」
「わかった」
申し子は言葉を喋らない。キイィというような鳴き声を発するだけで、意思疎通を図ることもできないのだ。そのため、モンスターだという認識がしやすいかもしれない。もし可愛らしく話しかけてきたら、さすがに倒すのを戸惑ってしまうかもしれないからね。
「〈挑発〉!」
ケントがスキルを使ってヘイトを溜めると、申し子が『キイィー』と声を上げてケントに攻撃してきた。長い爪を突き立てるように腕を振るい、それをケントが剣で受け止める。その一撃は強力で、踏ん張ったケントが半歩ずるっと後ろに踏み込まされるほどだ。
「こいつ、強いぞ!!」
「申し子は二階で一番強いモンスターだよ! 引き締めていこう!!」
「ああ!!」
私の声と同時に、みんなが気合を入れて各々の武器をぐっと握りしめた。