4 火山を鎮める方法
「待たせたな。俺がギルドマスターのトーレだ。よろしく」
「初めまして。シャロンです。こっちがパーティメンバーのタルト、ルル、ケント、ココアです」
簡単に自己紹介をし、トーレは席についた。
〈熱帯の都バハル〉の冒険者ギルドのギルドマスター、トーレ。
薄い金色の髪に青緑の瞳、褐色肌で身長は一八〇センチ程度。年齢は二〇代後半ほどの男性だ。チェーン状の装飾品をいくつも身につけていて、薄布の服を着ている。私が視線を送ると、パチンとウインクしてきた。
……なるほど、どうやら女たらし属性があるらしい。
受付嬢がお茶を淹れ直してくれて、改めて話をすることとなった。
「それで、地底火山の噴火を鎮めることができるだったか? まさかイフリートを連れてくるなんて言うとは驚いたが、そうか、〈聖女〉か」
トーレはまじまじと私をみてきて、「なるほど美しいな」なんて言う。やはり女たらしのようだ。
「〈聖女〉だということを隠してはいませんけど、公にもしていません。そこはご理解いただけると嬉しいです」
「ああ。言いふらしたりするようなことはしないさ。しかし、まさか聖女なんて存在が現れるとは思わなかったし、現れたとしてもツィレの大聖堂が独り占めするとばかり思っていたよ」
支援系の職業は、多くが〈エレンツィ神聖国〉にいる。もちろん他の国にもいるけれど、〈ヒーラー〉のアイテムや装備が一番充実しているので、エレンツィに行く人は多い。さらに大聖堂もあるので、〈癒し手〉になる人も多いのだ。
〈聖女〉といえば、エレンツィのシンボルともいえる存在だ。
大聖堂でトップに立ち、教皇と並んで国を治める――きっとそれを望む声もあったのだろうけれど、教皇ティティアは私の意思を尊重してくれた。そんなことは微塵も感じさせず、私たちのことを笑って見送ってくれた。とても優しい。平和を願う人物だ。
「私は冒険者ですからね。こうして自由に世界を見て回ってるんです」
「なるほどね。でも、そのおかげで君に会えたんだから、俺はラッキーだったというわけだ」
またトーレがウインクする。すると、受付嬢がトーレの耳をぎゅっとつまんで、「いい加減ナンパをするのはやめてください」と冷たい声で注意をした。どうやらいつものことのようだ。
耳を引っ張られたトーレはといえば、「わかったわかった。わかったから離してくれ」と受付嬢に懇願している。これもいつもの流れなのだろう。
「……それで、私たちに依頼は出していただけますか?」
「もちろん」
私がそう尋ねると、トーレはすぐに頷いた。
「聖女様がイフリート様を連れて火山を鎮めてくれるというのであれば、お願いしない手はないからね。私たちもさすがにどう対策を取ればいいか困っていたところだったんだ」
「そうでしたか」
ゲームのイベントだったので、依頼自体をもらえないことはないと思っていたが、もしかしたらちょっと面倒な話し合いがあるかもとは思っていたが……むしろお願いしたいというスタンスできてくれたので、私はほっと胸を撫で下ろす。
「すでに通行証は用意したよ。これがバハルの地下通路へ行く通行証だ」
そう言って、トーレは机の上に人数分の通行証を置いた。
革紐にくくられた赤茶色の薄い鉱石に、バハルのシンボルマークが刻まれている。ゲームで見たアイテムと同じものだ。
「もう用意してくださったんですか。ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「ありがとうございますにゃ」
私たちはトーレに礼を言い、ルルイエは軽く会釈をし、それぞれ通行証を手にする。
冒険者ギルドの地下に、地下通路に続く扉がある。そこでこの通行証をかざすと扉が開くようになっているのだ。
イフリートを連れてきたら、そのまま地下通路を通ってダンジョン〈地底火山〉に入ることができる。
よしよし、これでいい感じに進みそうだ。そう思いながら、もう一つ大事なことを確認する。
「ちなみに、依頼報酬はどんな感じになりそうですか?」
あくまでもイベントではあるけれど、依頼は仕事でもある。私たち冒険者は依頼を達成してお金をいただいているので、報酬の有無の確認は大事だ。
……とはいっても、私はこのイベントクエストの報酬を知ってるけどね。
トーレは「もちろん払うさ」と頷いた。
「ただ、今回は前例がないような依頼だからね。……正直、金額にしたらいくらにすればいいのか見当もつかないよ」
「まあ、火山の噴火を鎮めるという内容ですからね」
〈地底火山〉が噴火すれば、この周囲一帯はただでは済まないだろうし、普通は人間がどうこうできる問題でもない。それを救うのだから、国家予算くらいの謝礼があっても不思議ではない。
トーレはじっくり考えるように手を組んでから、ゆっくり口を開いた。
「なので、今回の依頼の報酬は――〈サラマンダーの卵〉でどうだろうか?」
〈サラマンダーの卵〉。
私以外の全員が、それはなんだろう? と首をかしげた。ルルイエだけは「美味しいの?」と食い入るようにトーレを見ている。トーレも、まさかそんな返しをされるとは思っていなかったようで、目を瞬かせた。
「食べたことはないから美味しいかはわからないけれど、レディなら美味しく食べることができるかもしれないね」
「えっと……食べないでください……。とても希少な卵なんですよ……」
賛成するようなトーレの言葉に、すぐさま受付嬢がツッコミを入れる。せっかく報酬にした貴重品を、食いしん坊に食べられてしまってはたまらないのだろう。
「とはいえ、食べたらどうなるかは気になるね。〈サラマンダーの卵〉なのだから、何かしらあってもおかしくないんじゃないかい?」
「それはそうですけど……もしかしたら、毒の類の可能性だってあるじゃないですか。それか、食べたらお腹の中でめちゃくちゃ熱を持つとか!」
「確かにそれは危険だね。レディに勧めるものではないか」
ルルイエならば毒も炎も美味しく食べてしまいそうだと思ったのは、内緒だ。
「報酬は〈サラマンダーの卵〉で構いません。よろしくお願いします」
「いいのかい? 確かに〈サラマンダーの卵〉は数年に一度、手に入るかどうかという貴重なものだけど……実のところ、使い道はあまりよくわかっていない。サラマンダーが孵化してペットにできるわけでもないしね」
トーレはこんなにすんなり私が頷くとは思っていなかったようで、驚いた。
……女たらしだけど、根は誠実でいい人みたい。
正直に〈サラマンダーの卵〉の使い道がわからないと教えてくれたのは、なんだか好感が持てる。本当に卵でいいのかと、さらに確認されてしまった。
――だけど私は、〈サラマンダーの卵〉の使い道を知っている。
正直この卵をもらえるのはとてもありがたいので、私は「もちろんです」と何度も頷く。
〈サラマンダーの卵〉は素材として使うことができる。実はポーションの材料にもなるので、タルトが〈製薬〉してもいい。ただ、装備の素材にしたりすることもできるので、ここは依頼が終わってからみんなで相談して決めるのがいいだろう。
イベント以外では入手難易度が高く手に入りづらいので、ここでゲットできるのはとても嬉しい。
「では、話がまとまったので私たちはこれで失礼します」
「……ああ。甘えてしまうようで申し訳ないけど、よろしく頼むよ。何かあれば便宜を図るから、遠慮なく相談してくれ」
「ありがとうございます」
最後の最後にまたウィンクが飛んできた。ここまで上手にウィンクできる人、そうそういないかもしれない。
「それじゃあ行こうか」
みんなに声をかけて、私たちは冒険者ギルド後にした。
冒険者ギルドを出るとすぐ、ケントが私に声をかけてきた。その瞳はとてもワクワク&ウズウズしているのが一目でわかる。
「シャロン、早速行くのか!?」
「早く依頼を達成して、サラマンダーを食べよう」
ケントとルルイエの言葉に私は苦笑する。二人とも楽しみにしているが、目的は全く違うようだ。とりあえず、〈サラマンダーの卵〉を手に入れても今のところ食べる予定はない。
……まあ、食べたらどうなるのかは気になるけど。
「せっかくバハルに宿を取ったんだし、数日くらいはのんびりしてもいいんじゃないかと思うけど」
せっかくなのでバハルの観光! と私は考えたが、ケントたちはブンブンブンと勢いよく首を振った。
「いやいやいやいやいや。すぐそこの火山が噴火するかもしれないのに、のんびり観光なんてしてられるわけないだろ!?」
「そうだよ、シャロン! 早くインフリートを連れてきて火山を鎮めなきゃ!! もし噴火なんてことになったら、この街は……っ!」
「あー……、そうだね、そうだよね。火山が噴火したら、この街はマグマに呑まれてなくなっちゃうもんね」
のんびり観光なんてしている精神的な余裕はないようだ。
……ごめん。
私はイベントなので時間的猶予がまだあることは知っているが、それを言っても証拠がないのでどうしようもない。噴火するかもしれないと震えて過ごすのも、精神衛生上よくないからね。
「でも、今日くらいはゆっくり休もう。明日になったらゲートを使ってフュールに行って、そこから〈イフリートのオアシス〉に直行! それならいいでしょ?」
「まあ、準備や休息も必要だもんな。それに本当にやばかったら、シャロンやギルマスたちがもっと慌ててるだろうし」
「わかりましたにゃ。今日のうちにたくさん食料を買い込んだりして準備しますにゃ!」
ケントが頷き、タルトはダンジョンにこもってもいいように色々準備をすると意気込んでくれている。
「そうだね。イフリートとは戦うことになるし、備えは十分した方がいいね」
「「え!?」」
「にゃ!?」
私の言葉に、ルルイエ以外が固まった。
「イフリートを連れて行くだけじゃないのか!?」
「え。倒してから連れて行くんだよ。言ってなかったっけ?」
「「言ってない」」
「言ってないですにゃ!」
どうやら、みんなは単純にダンジョンの奥にいるイフリートを連れて帰るだけと思っていたらしい。しかし残念、イフリートは倒さなければ連れて帰れないのだ。
「大丈夫、私たちが力を合わせればイフリートぐらい倒せるから。道中レベル上げもするし、タルトには火耐性のポーションを作ってもらったりするからね。いける、いけるよ!」
「……わかった! 頑張るぜ」
ケントがごくりと唾を飲みながらも、気合いを入れた目で頷いてくれた。