30 犯人は……
王城へ走って向かう途中、見かけたモンスターを片っ端から倒し、負傷している住民を回復していく。避難が必要な場合は、うちの屋敷へ行くように伝えることも忘れない。
「それにしても、弱いモンスターばっかりだな。シャロン、この現象はなんなんだ?」
「さも私が知ってるように聞くね……」
「シャロンだからな」
あっけらかんと答えるフレイに、私は苦笑する。
「私がなんでも知ってると思わないでよ。一応似た現象は知ってるけど、さすがにやる人はいないと思うから……ちょっと謎なんだよね」
「そうなのか……」
もし私が考えた通りなのであれば、犯人がいるはずだ。だけど、街中にモンスターを出現させるなんて恐ろしいこと、するだろうか。
私は頭を悩ませつつ、王城へ走った。
「来たか、シャル。犯人が捕まったぞ」
「「え?」」
王城に到着してすぐ、待ち構えていたルーディットに言われた言葉にフレイと一緒にぽかんとしてしまう。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。シャルからすればいい気はしないだろうが、会うか?」
「会えるんだ……」
街をモンスターの混乱の渦にした犯人に会えるのであれば、会っておいた方がいいだろう。そしてなぜ実行したのかと、モンスターを街中に召喚した方法も確認したい。
……もしかしたら、私が全く知らない新しい方法があるかもしれないからね。
ルーディットの案内で、私たちは王城の廊下を歩いていく。
「そうだ、お兄様。タルトはどうしてますか?」
「負傷者を診てくれてる。ポーションならたくさんあるからって言ってくれてな。助かってる」
「そうですか」
「犯人のことは伝えてない。……どう伝えるかも、まだ確認中だ」
「……そうですか」
タルトは生き生きと負傷者の手当てなどをしてくれているようだ。さすが私の弟子、偉いしすごいね。
そしてルーディットの犯人に関する口ぶりから、まったくいい予感がしなくて困っている。こんなの、犯人を教えているようなものだ。ため息を吐きたいのをぐっと堪えつつついていく。
「…………」
しばらく無言で歩き、到着したのは地下牢だ。
見張りの騎士にルーディットが軽く挨拶をし、私たちは一番奥へ進む。手前にある簡素な牢とは違い、頑丈な造りになっているのが一目でわかる。
「シャル。今回の犯人は――イグナシア殿下だ」
「…………」
牢の中にいたのは、鎖で繋がれ、さるぐつわをされたイグナシア殿下だった。
……お兄様の口ぶりからそうかなとは思っていたけど、本当にイグナシア殿下だったとは。
私が会いたくない人物で、犯人であることをすぐ公表せず、その方法を確認している。その両方に当てはまる人物なんて、イグナシア殿下しかいなかった。
ルーディットは牢の前で見張っている騎士に指示をし、イグナシア殿下のさるぐつわを外させた。どうやら会話はしてもいいようだ。
「くそ! 俺は王太子だぞ、こんな仕打ちをしていいと思っているのか!?」
イグナシア殿下が吠えた。けれど鎖で繋がれているので、体を動かそうとしてもガシャンと音がするだけだ。
「おい! 聞いているのか!?」
「聞いているもなにも、どうせ王位剥奪だろう? よくて処刑を免れたとしても、どんな重い罰がくだるか……。まあいい、それを決めるのは俺じゃないからな。それで、どうやってモンスターを街に呼び込んだんだ?」
「…………」
底冷えするようなルーディットの声に、イグナシア殿下は肩を震わせた。いつも明るいルーディットのこういう態度は、妹の私でも怖いと思ってしまうからね。その威圧を直接浴びせられているイグナシア殿下はたまったものではないだろう。
黙ってしまったイグナシア殿下を見て、私は予想を口にする。
「〈大混乱〉を使いましたか?」
「な、なぜそれを……!!」
「なんだ、それ?」
私の言葉を聞き、イグナシア殿下はあからさまな反応を見せた。こっちとしては尋問の手間が省けて助かるのだけど、王族がそんなに顔に出したら駄目だと思うよ。
「モンスターを召喚するアイテムです。〈大混乱〉という名前のアイテムで、片手で持てるくらいの大きさの黒い玉ですね。モンスターの数と強さは割るまでわからないですけど、使用者のレベルで出るモンスターの強さは決まってるんです。今回はモンスターの数が多かったので、もし割ったのが一つであればラッキーだったのかもしれませんね。……聞いたことありませんか?」
ルーディットに説明をすると、どうやら心当たりがあったようで「あれか!」と手を叩いた。
「でも、あれはそう簡単に手に入るものじゃないだろ?」
「それは、確かに」
入手経路も調べなければいけないのは、大変だろう。
〈大混乱〉はダンジョンの宝箱や、一部のモンスターのドロップ品だった。そのためこの世界で手に入れるには、冒険者が売りに出したものを買いとる必要がある。
……うーん、偶然低レベル地帯で手に入れたりしたのかな?
私が入手経路について予想を立てていると、イグナシア殿下はとんでもないことを口にした。
「あれは〈巫女〉にもらったものだ! 決して悪用しようとしたわけではない!!」
「「「――っ!?」」」
イグナシア殿下の言葉に、私たちは目を見開く。
「フレイ、確か〈大混乱〉はフレイたちのパーティが持ってたよね?」
「あ、ああ。だが、あれはミオが持っているんだ。私たちも即金が必要ではなかったので、ひとまず保管をと考えていて……」
「「「…………」」」
私たちの脳裏の中に、ミオがイグナシア殿下に渡したのでは? という考えが一瞬よぎる。都合よく〈大混乱〉を持っている〈巫女〉なんて、そうそういない。
「すぐミオに確認を取る。すまないが、少し外す」
「う、うん……!」
フレイが確認に行くのを見送ってから、私はイグナシア殿下になぜ〈大混乱〉を使ったのか、使ったらどうなるか知っていたのかということを聞くことにした。
「ブルームには、戦えない人も大勢います。イグナシア殿下はなぜ、こんなことをしたのですか? わかっていてやったのですか?」
問いかけると、イグナシア殿下は私を睨みつけてきた。
「――なぜ? 俺をここまで追い詰めたお前がそんなことを言うのか?」
「え……」
追い詰められたのは私の方なんですが? と言いたいのを堪えて、「どういうことです?」と再度問いかける。
「俺は王太子だ! なのに、その地位を剥奪すると言われた!! すべてお前のせいだ。お前が俺の婚約者として相応しくなかったばかりに、こんなことが起こった……!!」
肩で息をしながら、イグナシア殿下はさらに続ける。
「しかも、エレンツィからは和平の申し込み? 今までずっと〈癒し手〉を独り占めしておいて、今更それはないだろう。だから俺は、モンスターを引きつれてエレンツィを落とそうと思った……!!」
「…………」
あまりにも稚拙な言い分に、私もルーディットも言葉を失った。
今のイグナシア殿下の立場で国の騎士を動かすことはできない。それゆえモンスターを使おうと考えたのだろうけれど、モンスターを意のままに扱うなんてできるわけがない。専用の職業につかなければ……まあ、それは今は関係ないから置いておこう。
ルーディットがため息を吐きたいのを我慢した様子で、イグナシア殿下に問いかける。
「モンスターをどうやってツィレまで連れていくつもりだったんだ?」
「決まっているだろう、モンスターを操る杖を使うんだ! 〈モンスター使いの杖〉というものがあり、それを使えばモンスターを意のままにできる!」
「できないよ」
「……っ!?」
――あ。思わず突っ込んでしまった。
「それは〈モンスター使い〉が装備する武器っていうだけで、〈モンスター使い〉以外が装備しても意味はないよ。だって、モンスターを操るのはスキルだし……そもそも操るにしても条件はあるけど……」
私はため息を吐きながら、簡単に説明をした。とはいえ、〈モンスター使い〉はあまり聞かないので、なっている人が少ない職業だろう。つまり情報が少なく、だからこそイグナシア殿下もモンスターを操れるなんて勘違いをしたのだろうと思う。
「お兄様、どうしましょう? 私はイグナシア殿下の目的がわかったので、もう用事はないです」
「そうだな。シャルもこんな奴の顔を見ていたくないだろうし、行くか」
「はい」
ルーディットにエスコートしてもらいながら、私は地下牢を出た。