29 不可解な異変
悲鳴というのは、何度聞いても慣れるものではないし、慣れたいとは思えない。黄色い悲鳴ならばまあいいけれど、恐怖からくる悲鳴は……自分も嫌な気分にさせられる。
インスタンスダンジョン〈聖女の試練〉から戻ったばかりだというのに、いったいどうして街中にモンスターが溢れているのか……。もしかしたら、クエストが続いているのかとも思ったけれど、クエストウィンドウが出ていないのでクエストの線は薄いだろう。
……でも、そうするとモンスター発生の理由がわからないんだよね。
原因がわからないモヤモヤを拭えないまま、私はケントとココアの三人で廊下へ飛びだした。
何があってもすぐ対応できるように構えて周囲を見回してみるが、ぱっと見でモンスターはいない。そのことにホッと安堵の息をつくが……まだ油断はできない。
「屋敷の中、静かだな」
「いつもなら、メイドさんたちが歩いてるもんね」
不安そうにしているケントとココアに、私は「大丈夫だよ」と、できるだけ明るく声をかける。
「きっと避難してるんだと思う。うちで雇ってる兵士もいるから、屋敷内にモンスターが出てもある程度は対処できるだろうし……」
「そうなんだ、よかった。とはいえ、屋敷内にモンスターがいる可能性もあるから、急いで確認しよう!」
「うん」
ケントを先頭に、私たちは屋敷の中を見て回る。ココアが言った通り、普段なら大勢いる使用人の姿は全くない。きっと地下に避難しているのだろう。
慎重に廊下を進んで階段を下りていくと、一階に〈ゴブリン〉と〈ネコ剣士〉がいた。すぐ横にはうちで雇っている兵士が倒れていて、あの二匹にやられたのだということがわかる。ドッと嫌な汗が体中に湧くのを感じながらも、冷静にスキルを使う。
「〈絶対回復〉〈守護の光〉〈聖女の加護〉!」
「俺も行くぜ! 〈挑発〉!!」
「夢うつつの世界に終止符を――〈光鳥〉!」
私が倒れている兵士を回復し、ケントがモンスターをかかえてココアが攻撃した。〈光鳥〉は空中から光の鳥が現れて、周囲のモンスターに攻撃を行う範囲スキルだ。〈言霊使い〉が使う範囲攻撃スキルで一番威力がある。
あっさり二匹を倒し、私たちは兵士の元へ走る。幸い回復したので怪我は治っていて、意識も戻ったようだ。
……よ、よかったああぁぁ!!
「……っ、シャーロット様! よかった、ご無事でしたか……!」
「助けに来るのが遅くなってごめんなさい。何があったかわかりますか?」
「いえ……。街中に突然モンスターが溢れたようですが、原因などはわかりません。屋敷にいるのは、街中のモンスターが入ってきたからです」
「そう……」
兵士の言葉を聞いて、少しだけホッとする。
〈ゴブリン〉はいろいろな場所に出現するが、〈ネコ剣士〉がいるのは〈ねこじゃらし野原〉だけだ。本来ならば、この二匹が同時に出現することはない。つまりまあ、人為的なものか、イベント的なものか、そのどちらかが考えられる。タイミング的に、私がIDをクリアしたせいだったら……と思ってしまったのだ。まだ完全に決まったわけではないけれど、鍵を使った私の部屋ではなく街中にモンスターが現れたのであれば、可能性は低いだろう。
「〈魔力反応感知〉……周囲にモンスターはいないみたい」
「ありがとう、ココア。ほかのみんなは、地下ですか?」
「は、はい。屋敷の者は、戦える者以外は全員地下に避難しています。兵士は屋敷内の確認と、街中のモンスター討伐に向かっています」
「そう、わかったわ。こんな大変ななか、対応をありがとう」
「いいえ、私の仕事ですから!」
ココアと兵士の話で周囲の確認ができた。ひとまず屋敷内に被害者はいなさそうだ。
「お兄様が指揮をしに騎士団に行ったから、この騒動もすぐ収まるでしょう。もう少し、屋敷の守りをお願いします。それから、街の人で避難場所がない人がいたらここに誘導するので、対応をしてもらっていいですか?」
「はっ!」
あの場は兵士に任せ、私たちも街中に出た。
街中にはモンスターから逃げ惑う人、どうにか倒そうと戦っている人、様々だが――戦う術を持たない街の人たちの阿鼻叫喚に、私たちは息を飲む。
「どうして、こんなことに……」
ココアからこぼれた声に、私も同じ思いしかない。
〈プルル〉や〈花ウサギ〉というモンスターから始まり、〈ゴブリン〉〈毒婦の魔女〉〈カブトラー〉〈ネズミ小僧〉〈サンドゴーレム〉などの姿が見え、空には一頭だけ〈ワイバーン〉が飛んでいる。空にもいるというのは、ちょっと厄介だ。
「…………」
モンスターを見て、しかし私が考えるより先にケントの「〈挑発〉!!」という声が響く。確かに今はモンスターを倒すことが先決だ。私は範囲回復スキルを使い、倒れている人を癒す。それと同時に、安心させるように叫ぶ。
「私たちは高レベル冒険者です! もう大丈夫ですよ、みんな助けます!!」
「た、助けだ……!」
「早くモンスターを倒してくれ!!」
逃げていた人たちはほっとし、けれど恐怖から「早く、早く……」と震えている。私たちにとっては雑魚モンスターだけれど、冒険者でも戦闘職でもない街の人からすれば脅威だろう。
「俺も倒すぜ!」
ケントが剣を振るい、比較的低レベルのモンスターを倒していく。それより強いモンスターはココアが殲滅を担当している。私は負傷者の保護がメインだ。
二人が戦っている横で、地面に倒れている女性に駆けよった。子供を抱きしめているので、モンスターから必死に守っていたのがわかる。
「大丈夫ですか? すぐそこのココリアラ公爵家には兵士もいるので、そこに避難してください」
「こ、公爵家に避難を……!? あ、あ、ありがとうございます……!」
「礼は必要ありません。さあ、急いで避難してください」
「はいっ!」
女性は子供を抱きかかえ、急いで走っていった。私がそれを見送っていると、ケントが「終わったぞ!」と私を呼んだ。
「ここら辺のモンスターはあらかた倒せたっぽいぞ」
「うん。場所を移動して、残ったモンスターを倒せばいいと思うんだけど……〈魔力反応感知〉、もうモンスターはあんまりいないみたい」
「いない?」
ココアの言葉に私が首を傾げると、ココアは「そうなの」と頷いた。
「リーナたちが倒しちゃったのかな?」
「そもそも、モンスターもそこまで強くないみたいだしな。いや、一般的に考えたら強いんだろうけど、俺達には、なぁ……?」
「そうだねぇ……」
ココアとケントは、リーナやルルイエたちが倒してしまったと思っているようだ。でも正直、私もそんな気がしてならない。
……いったいどういうことなの? あっけなさすぎるんだけど!!
モンスターが出たことはよくないことだとわかっているが、その規模が小さすぎていったい何がしたかったのかさっぱりわからない。
「でも、これだけ弱いモンスターばっかりってことは……私関連のクエストとかではないね。〈聖女〉のクエストで、雑魚ばっかりっていうのはありえないから。〈堕天使〉とかがいれば悩んだけど、一番強そうなのが〈ワイバーン〉だしね」
「クエストはウィンドウってのが出るけど、それもなかったもんな」
私の言葉に、ケントもうんうんと頷いて同意してくれる。
「二人とも、とりあえず〈ワイバーン〉を倒しちゃおうよ! 街中に下りてきたら大変だし」
「「それもそうだ」」
ココアの訴えに、私とケントの言葉が重なった。
「こっからだと〈挑発〉が届かないけど、どうやって倒すんだ? ココアもドラゴンに乗って、一緒に空中戦か?」
ケントが考えた作戦を、私は「まさか」と笑う。
「もっと楽な方法があるよ。〈必殺の光〉〈守護の光〉〈聖女の加護〉〈月の光〉〈星の光〉」
「え、もしかして俺が一人で倒してくるのか?」
「正解! 相手は〈ワイバーン〉だし、ケント一人で問題ないよ。スキルを使えば一撃だよ、一撃!」
私が「よろしくね!」と言えば、ケントは「わかった」とすぐ承諾してくれた。そのまま相方のドラゴンを呼んで、空へ飛んだ。
「ケント、頑張ってね!」
「おう!」
ココアが応援するとケントは張り切って――チュドン! 〈ワイバーン〉はあっという間に退治されてしまい、街中からワアアアァァ! と歓声が上がった。どうやら空を飛ぶ〈ワイバーン〉を見ている人は多かったようだ。
……ひとまず、これで脅威はほとんど去ったかな?
あとはこの現象の原因を突き止めることだけど、実は一つだけ心当たりがある。でも、本当に実行するか? と問われたら、首を傾げるしかないようなことだ。
〈ワイバーン〉を倒したケントが戻ってきた。
「シャロン、空から街を見た感じ、モンスターはまだいるけどルーたちが無双状態だった。全部倒しきるのも時間の問題だな」
「さすが! みんな頼りになるね」
私たちもモンスターを倒しつつ、街の状況を確認しよう。そう思っていたら、「大丈夫かー!?」と叫びながらフレイが出てきた。その後ろには、ルーナもいる。
「え、フレイもう目が覚めたの!? 早くない!?」
「そんなことよりモンスターを倒そう!」
「そんなことって……」
いったいどうしたのだとルーナを見てみると、にっこり笑って「〈元気一〇〇〇倍ポーション〉を飲ませてみたの」と教えてくれた。
……寝てる人に飲ませるとは、なんて恐ろしいことを……!
「でも、二人が来てくれて助かったよ。フレイは私と一緒に王城に行ってもらっていい? 状況確認がしたいから。ケントたちは、引き続き街中のモンスターの討伐をお願い。そのとき、〈魔力反応感知〉でモンスターが残ってないかしっかり確認してほしいの」
「確かに、モンスターが隠れて残ってたら大変だもんね。街の隅々までチェックするから、任せて」
「ありがとう」
二手に分かれ、私はフレイと一緒に王城へ向かった。