28 決着!
タルトの声に振り向くと、そこはフローディアが立っていた場所だ。フローディアが光の粒子になって消える――そう思った瞬間、その粒子が一本の杖に姿を変えた。
神秘的な杖は、幾重にも重なった布の装飾がなされていた。キラキラ輝く白い宝石、持ち手の部分はクリスタルでできているらしくオーロラ色に光っている。
どうやらドロップアイテム判定ではなく、倒した際にもらえる報酬のようだ。
「光って、すごい杖ですにゃ……」
タルトがうっとりした様子で杖を見て、ほかのみんなも同意して頷く。
「女神フローディアの、杖……」
私がゆっくり近づき、その杖を手に取ろうとしたら――「待ってください!」と声がかかった。見ると、すぐ横に天使がいた。
「この杖を手にすれば、わたしが女神になれるかもしれません……!」
……そういえば、自分が女神になりたいって言ってたね。
期待に満ちた瞳の天使に、私は駄目だという気にはなれなかった。そもそも、このピンチを乗り越えられたのは天使のおかげでもある。
……でも、あの杖は見たことがないからほしい……。
私がそんなことを考えてるなんてきっと気にしていないのだろう。天使は「わたしに相応しい杖ですね」と言いながら手を伸ばした――が、触れることができなかった。
「な……っ!? どういうことですか!」
天使が杖を何度も掴もうと試みるが、なぜかすり抜けてしまうのだ。杖がそこにあるのはわかるのに、まるでホログラムみたいに……。
「ふむ……。お前じゃその杖を扱うことができないみたいだな」
「~~~~っ! いいです。わたしには、フローディア様の杖ではなく、もっと相応しい杖があるから触れないのです」
ド直球なルーディットの言葉に、天使は顔を赤くしてぷいっと背けてしまった。
ルーディットが「どういう仕組みなんだろうな?」と言いつつ杖に手を伸ばしているが、天使と同じで掴むことはできなかった。
「俺も掴めないな。シャルじゃないと駄目なんじゃないか?」
「ここは〈聖女〉のためのダンジョンですから、お師匠さまのための杖だと思いますにゃ」
ルーディットとタルトの言葉に、みんなの視線が私にそそがれる。
「……じゃ、じゃあ……」
私はゆっくり杖に手を伸ばして、触れてみる。天使のときのように触れられないということはなくて、しっかりした感触があった。
「これは……」
杖を持ってみると、まるで羽根のように軽い。持ち手の部分はにぶい金色で、歴史を感じられる。クリスタルと宝石が埋め込まれ、翼とレースのリボンで装飾された神秘的な杖だ。
〈任命の杖〉
〈聖女の守護者〉を任命できる。
〈聖女〉と同パーティ内にいる場合は、全ステータスが1.5倍になる。パーティにいない場合は、全ステータスが半減する。
杖の説明を見て、私はなるほどと納得する。〈教皇〉にとっての〈聖騎士〉のようなものを任命できるということだ。ただ、得られるものがあまりにも大きいため、その制約も厳しいのだろう。
……たぶん任命すると、職業が〈聖女の守護者〉になっちゃうんだよね。
そう考えると、ほいほい任命するわけにもいかない。私と離れることになった際、また転職しなければいけなくなるし、転職したらレベルは1に戻ってしまう。
ゲーム時代なら検証も楽だけど、現実だとなかなか難しい。
「これはまた、すごい杖だな。シャロンは今後これを使うのか?」
「ううん。これは任命するためだけの杖だから、戦闘で使うのには向いてないみたい」
フレイの質問に首を振って、私はこの杖の使用方法をみんなに説明した。
「……そんな杖が存在するのか。だが、パーティから抜ける可能性を考えると、使いどころが難しいな」
「そうだね。どんなスキルを使えるようになるかもわからないし、使うことはないかもしれないね」
せっかく手に入れた杖なので残念だけど、倉庫の肥やしにしておこう。私がそう思っていたら、「ええっ」という声があがった。天使だ。
「せっかく〈任命の杖〉を手に入れたのに、使わないなんて……。〈聖女〉シャロンを守護する人は、いた方がいいと思いますよ」
「私は一人で……っていうか、普通に仲間がいればそれでいいよ?」
……天使ちゃんが勧めてくると、逆に物騒な杖だなと思ってしまうなど……。
そうこう考えていると、周囲が淡い光に包まれ始めた。ボスを倒したので、IDが消滅しようとしているみたいだ。
「な、なんだ!?」
「揺れてるぞ!」
ケントが慌てて、ルーディットも異変を告げる。慌てるみんなに、私は「落ちついて」と声をかける。きちんと出る方法は用意されているのだ。
「大丈夫、扉が出現してそこから外に出られるようになってるはずだから」
私がそう言うと、みんなが一斉に周囲を見回し始めた。すると、この広場の入口部分に天使のレリーフで装飾された扉が出現した。あれが出口だろう。
「帰りは結構あっさりなんですにゃ~」
「うん。さて、クリアしたから帰ろうか!」
「はいですにゃ!」
私たちは扉を開けて、無事に自室へと戻ってきた。それとともに、使った鍵も消える。所要時間は半日ほど。〈元気一〇〇〇倍ポーション〉も飲まなくてすんだので、まあまあよかったと言えるのではなかろうか。
そしていつの間にか天使は消えていた。スキルなので、一定時間召喚したら消える仕組みになっているのかもしれない。ここら辺は、要検証だね。
戻ってこれたみんなは、「生きてる~」とか、「クリアできたイエイ!」とか、嬉しそうだ。
「シャル、フレイはどうすればいい?」
「目覚めるまで少しかかると思うので、フレイが使っている部屋に寝かせてもらってもいいですか?」
「わかった」
ルーディットが頷いて、気絶したままのフレイを運んで行こうと部屋のドアを開けた瞬間――悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああぁぁぁ!」
「助けてくれ!!」
「うわあっ」
屋敷の中で何かが起こっているのかとも思ったけれど、どうやら悲鳴の発生源は外のようだ。ケントが一目散に窓際に行って、外の様子を見ている。
「ケント、どうなってるの!?」
「おい、なんだこれ……街にモンスターが溢れかえってる!!」
「「「――!?」」」
ケントの言葉に、慌てて窓から外を見ると、なぜか街にモンスターが溢れていた。ファーブルムの騎士が対応して人々を守っているが、苦戦しているようだ。
……え、どういうこと?
「なんでモンスターがいるんですにゃ!?」
「わかんねぇ! でも、早く倒さないと大変なことになる!」
「……っ、お母様たちは!?」
私がすぐに部屋を出ようとすると、ルーディットがガッと剣の鞘を床に打ちつけた。抱えていたフレイは、ソファに寝かせている。
「落ち着け!!」
「お兄様……っ! でも!!」
「慌ててもどうしようもならん。シャルはケントとココアと三人で屋敷内の状況を確認してくれ。タルトは俺と一緒に騎士団に来てくれ。ほかは、街中のモンスターをひたすら倒せ」
そう言うとすぐ、ルーディットは相方のドラゴンマッハを呼んだ。一気に王城まで飛んでいくのが一番早い。タルトを連れていくのは、回復アイテムの備蓄類を確認するためだろう。もし回復アイテムが不足していたとしても、タルトがいればどうとでもできる。
私はすぐに踵を返し、ドアへ向かう。
「ケント、ココア、行くよ!」
「お、おう!」
「はいっ!」
私たちが走り出したのを見て、ルルイエたちも動き出した。どうやら窓から飛び降りて、見つけ次第モンスターを倒すという作戦みたいだ。ルーディットとタルトは、すでに飛び立っている。
……いったいどうなってるのか、原因を突き止めなきゃ……!




