27 〈女神フローディア〉との戦い:後編
私は高らかに叫び、祈りのポーズを取る。すると、私の頭上がぱあっと輝いた。どこからともなくメロディが流れ、オーロラが浮かぶ。その隙間から現れたのは――以前私の前に姿を見せた天使だった。
これは私が〈聖女〉になった際に得た職業の固有スキル〈聖女の祈り〉だ。天使を召喚するという説明書きを見てから、嫌な予感がして一度も使っていなかった。
……もしかしたらすごいスキルで逆転できるかも、なんて思ったけど……現実は甘くなかったね。
「あらっ、わたしを召喚するなんていったい誰が……シャロンではないですか」
天使は露骨に嫌な顔をした。
「嫌な顔をしたいのは私なんですけど?」
「わたしを召喚したということは、シャロンが〈聖女〉になったんですね。まさか、フローディア様の贄にならずにすんだなんて……。驚きしかないですね」
最初に私の前に現れた天使は猫かぶりをしていたけれど、本性がバレた今となっては、それもどうでもいいことらしい。
可愛くぶりぶりしつつ、さらりと毒を吐いてくる。
「嘘、天使様を召喚できるなんて……」
私のスキルを見たミオが、驚きに目を見開いている。そして祈りを捧げるポーズを取り、天使のことを崇めている。やはり〈癒し手〉から〈巫女〉になっているだけあって、天使への信仰心はあるみたいだ。
天使はキョロキョロ周囲を見回して、「試練ですか」と呟いた。どうやら、ここがどういった場所かは理解しているようだ。そして次にフローディアを見て、眉を下げた。
……切り札とばかりにスキルを使ったけど、もしかしてもしかしなくても失敗だったかもしれない。
天使はフローディアに仕えているのだから、いくらIDボスとはいえフローディアを倒すことは抵抗があるだろう。私はそう思い、どうにかして次の一手を考えなければと頭をフル回転再び――って、え?
「もしかして、このフローディア様を倒したら……わたしが女神になれるかもしれないですね」
「ちょ、天使ちゃん!?」
まったく想像していなかった天使の言葉に、私はめちゃくちゃ驚いた。まさか自分が仕えている女神を倒して下剋上する天使なんて、いったい誰が想像するだろうか。
……いや、堕天使とかそういう存在もあるから、そんなに珍しいことでもない?
なんて考えてしまったが、この状況でさらにややこしいことになってしまった気がする。私たちはただボスのフローディアを倒したいだけであって、天使を女神にするためのクエストをしたいわけではないのだ。
……いや、気にはなるけど! 今じゃないでしょ!!
「長らくフローディア様が女神でしたけど、そろそろわたしのような若くて可愛い天使に、その席を譲ってもいいと思うんですよ。そうは思いませんか? シャロン。そうしたら、あなたはわたしに仕えてくれていいですよ。とても光栄でしょう?」
ドヤ顔で話す天使には悪いけれど、フローディアと天使のどっちが女神でも嫌です。
「って、話してるうちにフローディアが攻撃態勢に入ってる!」
「仕方ないですねぇ。今のわたしは、シャロンに召喚された天使ちゃんですから……。〈天使の障壁〉!」
天使が手を前に出し、防御スキルを使う。すると一列にならんだ盾が現れた。盾には小さな天使の羽がぴょこりとついていて、可愛らしいフォルムだ。さすが自分を可愛いと言う天使は、スキルも可愛い。
〈女神フローディア〉が杖を掲げて雷を落としてきたが、天使の盾がそれをいとも簡単に防ぐ。
「え、天使ちゃん強っ!!」
「そうでしょう、もっと褒めていいですよ」
ドヤ顔でノリノリになった天使は、「わたしこそ女神に相応しいのですよ!」なんて言いながら自身の武器を振るう。薙刀に似た形の聖なる槍だ。
そっと撫でるだけの仕草で、ぶおっと風が舞う。そして強い一撃がフローディアに命中し、奥の壁までその体を吹っ飛ばした。
「……っ、天使ちゃん強すぎるだろ」
回復したケントが息を呑みながら告げると、「まだ来ますよ」と天使が告げる。
「わたしは超絶可愛くて強いですけれど、所詮はフローディア様の眷属です。わたしの攻撃だけで、フローディア様を倒すことはできません」
だから私たちの力は必要不可欠なのだと言う。
天使は強気な発言こそあるが、実際にできることは防御などのフォローが中心のようだ。攻撃もできるが、ボスを数回で倒せるほどの強さはないのだろう。
……ただ、天使ちゃんは私のスキルだから……私のレベルや装備次第でもっと強くなれるのかもしれない。
私は大きく後ろに跳んで、視界を広くして戦況を確認する。
フローディアにやられた怪我は回復した。天使の防御のおかげで、比較的余裕が出てきただろう。これを機に、一気に攻撃をしかけるしかない。
「ミオ、フォローお願い!! 〈必殺の光〉〈必殺の光〉――」
「はい! 〈リジェネーション〉〈マナレーション〉〈女神の守護〉!!」
総攻撃のために、みんなに攻撃力三倍のスキルをかけていく。その分、ミオが通常の支援をかけてくれる。
すると、天使が翼を使って空中へ飛んだ。
「仕方ないですね。わたしが女神になるためですから……〈天使の祝福〉!」
天使がスキルを使うと、キラキラしたものが降り注いできた。力がみなぎってくるのがわかったので、バフ系のスキルだろう。
「うっし! いくぜ、〈挑発〉! 〈不動の支配者〉!!」
ケントがしっかりフローディアのターゲットを取ったのを確認すると、全員が次々とスキルを撃ち込んでいく。
「〈勇者の一撃〉!!」
「〈ドラゴンランス〉!!」
「〈ポーション投げ〉にゃっ!」
「〈無慈悲なる裁き〉!」
「〈深淵より深き闇〉」
「〈氷の薔薇〉!」
「〈会心の一撃〉!!」
「〈紡げ煌めけ千の刃を私の敵へ♪〉」
繰り出されたスキルは、まるで光の渦のようだ。ゲーム時代にスキルのエフェクトの光で画面が見えなくなることはあったけど、まさか現実でもそれが起こるなんて。
無意識のうちに、息を呑む。
「〈必殺の光〉〈虹色の癒し〉〈聖女の加護〉――」
しかしまだフローディアを倒せたわけではない。私は引き続きスキルを使い、みんなの攻撃をサポートする。
しかしフローディアも反撃してくるんで、防御と回復も気を抜けない。ミオとリロイがフォローしてくれているが、それだけでは間に合わない場面も出てくる。
……でも、あと少しで倒せるはず!
「はぁ、はぁ、はっ、シャロン、もう一度だ!」
「――っ、〈必殺の光〉!!」
フレイがポーション瓶を投げ捨てて叫んだので、私は反射的にスキルを使う。フレイは「これで終わりにできるはずだ!!」と叫んだ。
「フレイ、もしかして――」
「私の、〈勇者〉の直感が告げてるんだ! このスキルを使うのは今だと!!」
ぐっと床を蹴り上げて、フレイが大きく跳んだ。その手に構えた剣は赤い光を発し、フレイの目にはギラギラした光が宿っている。
「くらえ、〈極限まで極めし剣〉!!」
『アアアアァァァアアァ、まさか……人間ごとき、に……!』
フローディアの叫びが聞こえる中、私は床を蹴って走る。ゆっくり倒れるフレイに手を伸ばして、どうにか受け止めた。
「〈絶対回復〉〈聖女の加護〉〈月の光〉〈星の光〉!! フレイ、しっかりして! 意識はある!?」
「――っは、はぁ、はぁっ。し、死ぬかと思っ……うぅ……」
「フレイ!」
「シャル、どういうことだ!?」
私がスキルを使ったけれど、フレイは気を失ってしまった。フレイを抱えて立ち上が……れない私からフレイを抱き上げ、ルーディットが説明を求めてくる。ほかのみんなも、「フレイ!」と名前を呼んで走ってきた。
「フレイが使ったスキルは、体力をわずかに残して、自分の力全てを出し切るようなスキルなんだよ。威力がすさまじかったでしょう?」
「確かにあれはすごかった。……今は、気絶してるのか?」
「はい。回復したし、顔色が悪い訳でもないですから……気絶というか、回復のために眠っている状態ですかね」
「なるほど。無事でよかった」
みんながほっとしたところで、「あれはなんですにゃ!?」と驚いたタルトの声が響いた。