26 〈女神フローディア〉との戦い:前編
――女神フローディア。
この世界の光魔法の頂点に立つべき存在で、癒し手からなる派生職を守護している女神だ。そのため転職時には女神フローディア像に祈りを捧げるし、大聖堂でも女神フローディアを称えている。
しかしそんな女神だけれど――自分本位で動き、私たち人間からすれば悪と取るべき面がほとんどな女神だった。
白のドレスを身にまとい、足元まで長いストレートの美しい金の髪。慈愛に満ちた表情は綺麗だけれどどこか怖さも感じる。背中から生えた純白の翼は、その存在感を場に知らしめているかのようだ。
私は無意識のうちに、杖を握る手に力を込める。
……きっと今回の戦いは、今までのどの戦闘より大変なものになる。私にはそんな気がしてならなかった。
「短時間で倒せればいいけど、どうかな……」
「ここが正念場だろ? 戦いの最中に音を上げたりしねぇよ」
「お兄様……」
わずかに不安な言葉をもらしたら、ルーディットがにっと笑って私の頭をぽんと撫でた。たったそれだけで、私の中に安堵が産まれる。
……強い仲間がいるって、心強い。
「よし、フルーツを食べて最終決戦に挑もう!」
「ああ」
「頑張ろう!」
「はいですにゃ!」
「はい!」
「そうですね」
私が〈カットフルーツソーダ〉を取り出すと、ケント、ココア、タルト、リロイ、ティティアも同じように取り出した。が、「ちょっと間て」とストップを入れてきたのはルーディットだ。その後ろでは、フレイ、ルーナ、リーナ、ミオも同じように頷いている。
「あ、そうか。お兄様たちは持ってないですもんね。私が何個か持ってるので、みんな食べてください。美味しいですよ」
「おお、サンキュ」
〈カットフルーツソーダ〉を取り出して、ルーディットたちに配る。この食べ物は、〈最果ての村エデン〉の露店で買ったものだ。なんと、食べると食後三〇分間、マナの総量が1.5倍になるというすぐれものだ。
食べつつ〈月の光〉を使い、マナの回復も忘れない。
フレイが「美味いな!」とニコニコ顔でフルーツを食べている。そのまま「どこで買えるんだ?」「今度連れてってくれ!」と目を輝かせている。
「美味しいのにマナが増えるなんて、最高じゃないか……!」
「これはエデンに売ってるんだけど……道のりが地味に過酷なんだよね」
熱く暑い火山を通っていかなければいけないので、結構つらいのだ。ただまた行きたいとは思っているので、タイミングが合えばとだけ返しておく。
……行きたい場所はまだまだたくさんあるからね!
「っと、みんな食べ終わった? フルーツの効果は三〇分で切れちゃうから、大丈夫そうなら行こう!」
私がみんなを見ながら告げると、すぐに頷いてくれた。全員準備はバッチリのようだ。
ケントが「うしっ!」と気を引き締める。それに続いてみんなも「よしっ!」と声を出していたので、私も声をあげる。
「行くよ! ダンジョンクリアだ!」
「「「応!!」」」
「にゃっ!」
先ほどの広場よりも広い場所の中心に、〈女神フローディア〉は立っていた。穏やかな表情でこっちを見て、微笑を浮かべている。
その姿に思わず冷や汗が流れるけれど、負けるわけにはいかない。気合を入れたばかりだ。自分を鼓舞して前へ進め。
「〈挑発〉!!」
「〈呪・体力低下〉!!」
ケントがフローディアの気を引くのと同時に、ミオが体力の下がるスキルを使う。弱体化させることができたらできただけ、こちらの有利になる。
『女神たるわたくしに逆らおうと言うのですか、愚か者が!』
フローディアはそう叫ぶと、魔法の槍を出現させて攻撃してきた。その威力はすさまじいもので、床が割れている。
……直撃したらたまったもんじゃないね。
私は集中して、フローディアの様子を観察する。たった瞬き一回すら、目を離したらいけない――そう思わせるほどの強敵だ。
全員が一斉に攻撃をし、ミオは補助を行う。私とリロイはといえば、無数に飛んでくるフローディアの魔法攻撃からの回復と防御のかけ直しがメインになっている。
範囲回復があるからある程度は楽だけど、バフ系の支援も使いたい。しかし回復量だけを見ると、リロイよりも私の方が上だ。回復のメインは私で、リロイが補助を担当している。
「いくぞ、〈勇者の一撃〉!!」
『そのような攻撃が効くと思ってか!』
「何!?」
フレイの攻撃を、フローディアがバリアを張って防いだ。
「嘘、あの一撃を完璧に防ぐの!?」
ありえない! と、叫びたくなる。
「私だって……〈ポーション投げ〉にゃっ!」
『うぐっ!』
「今度は効きましたにゃ!」
フレイに続いてタルトが攻撃すると、見事命中した。バリアは連続で使うことはできなくて、一定時間が経たなければいけないようだ。
……思ったより、希望は薄くないかな?
「〈必殺の光〉! よーし、ガンガン行くよ!」
「みんな、頼むぞ! 〈挑発〉!!」
ケントが〈挑発〉をかけ直したのを合図にして、みんなが一斉に攻撃をする。湯水のように回復薬を使い、自分を限界まで追い詰めるようにスキルを使う。
「……っふう。〈守護の光〉! フローディアと聞いたときはどうなるかと思いましたが、なんとかなりそうですね」
横に来たリロイに、私は頷く。
〈聖女〉のためのIDだったから、いったいどれほどの難易度だろうと不安があった。けれど、レベルを上げて連携を取れる私たちには、そこまで大変ではなかったようだ。
「とはいえ、まだまだ油断はできないですよ。戦闘が進むにつれて、敵が強さを増すなんてことも多いですから」
「なるほど――えっ!?」
「なっ!?」
リロイが私の言葉に頷こうとした瞬間、フローディアがキラキラする白い光に包まれた。私は思わず息を呑みそうになるのを堪えて、急いで支援をかけ直す。
――ヤバイ攻撃がきそう!!
そう思った瞬間、ケントの「伏せろ!!」という声が響く。それを聞いた私たちは、何かを考える前に体が動いた。そして伏せるのと同時にものすごい衝撃波が来る。踏ん張ってはみるが、数センチ後ろへ押された。
……なんて強さ! 最初は様子見でもしてたわけ!?
私が顔を上げると、ケントが攻撃の直撃を受けていた。どうやら、咄嗟に横にいたフレイを庇ったみたいだ。
「〈絶対回復〉! 〈守護の光〉〈聖女の加護〉!!」
大ダメージを受けたケントに回復スキルをかけ、私はどうするか頭の中で考える。グルグル回る思考は、今までにないほどフル回転している。
目の前にいるフローディアはまだまだ余裕の笑みを浮かべていて、倒すまでにはかなり時間がかかりそうだ。クスクス笑い、『わたくしの血肉となれることを光栄に思いなさい』なんて恐ろしいことを言ってくる。
『さあ、跪きなさい』
「――!? また全体攻撃……伏せて!!」
私が声を荒らげるのと同時に、全員が姿勢を低くする。もうこの攻撃を受けるほどアホではない。私の上を強い風圧が通り過ぎた。
……とはいえ、勝てる見込みは薄い。
さてどうすると考え続けた結果、私の中に一つだけこの状況を打破できるかもしれないかもしれない可能性がある。が、それを使うことが憚られるというかなんというか。う~んと悩んでいると、フローディアが勢いよく杖を振った。
「〈挑発〉!」
「〈女神の守護〉!」
「〈無慈悲なる裁き〉!」
ケントが攻撃を受け、リロイが防御スキルを使う。その隙をついて、ティティアが強力な一撃を入れて……ナイス連携プレイ。しかしそう思ったのは一瞬で、ケントが勢いよく吹っ飛ばされ、次にティティアが狙われたのを庇ってリロイが吹っ飛んだ。
「……っ、くっ」
「リロイ!」
「大丈夫ですよ、まだ……。ですが、このまま続くのは辛いですね。〈元気一〇〇〇倍ポーション〉はまだ飲んでいませんが、恐らく相手より私たちの限界が先にくるでしょう」
ハッキリ告げられたリロイの言葉に、私は苦虫を嚙み潰したような顔をするしかできない。仕方がない。これは腹をくくるしかないのだろう。
私はゆっくり深呼吸をして、一歩前に出る。
「シャル!? そんなに前に出るな!!」
「大丈夫」
ルーディットに笑顔を見せて、私はフローディアを真っ直ぐ見つめる。今から使うスキルが吉と出るか凶と出るか――。
「いくよ、〈聖女の祈り〉」