24 どうする!?
「うわあぁっ!」
「〈絶対回復〉! ケント、大丈夫!?」
「あとは任せろ!! 〈挑発〉!!」
吹っ飛んできたケントを私が回復するのと同時に、ルーディットが前へ出てスキルを使う。対峙するモンスターは一体、〈堕天使〉という敵だ。
美しい美貌を持ってはいるけれど、その背中からは黒い翼が生えている。手には枷がはめられていて、魔法は使えないようだ。しかし物理攻撃の力がすごく、殴られたケントが吹っ飛んだ。『キャハハハハ!』と笑う高い声は耳にキンキンし、正直に言って心地悪い。
……せめてもの救いは、相手が一体だけっていうことだね。
まだこのダンジョンに入って間もないのに、大量の〈堕天使〉が出てきたらたまったものではない。もう少し場数を踏んで、〈堕天使〉の倒し方を把握しなければ。
「物理攻撃と魔法攻撃、どっちの方が効くか確認したいからまずは物理攻撃だけでお願い!」
「任せておけ!」
私の言葉に即座に反応したのは、フレイだ。剣を振り上げたので、すぐに〈必殺の光〉をかける。これなら、かなりのダメージを与えられるはずだ。
「いくぞ! 〈勇者の一撃〉!」
『キャアアァァッ!』
フレイが振り下ろした剣は、絶対急所に命中する〈勇者の一撃〉を使ったものだった。つまるところ、クリティカルヒット。その威力が私のスキルのおかげで三倍になっているということだ。
攻撃が直撃した〈堕天使〉は、光の粒子になって消えた。
「攻撃力はかなり高かったけど、防御はいまいちだったみたいだね。思ってたよりすんなり倒せてよかった」
「とはいえ、一撃でケントにあれだけダメージを与えたんだ。油断できないぞ」
フレイが剣を鞘に納めながら告げると、ケントが「衝撃がえぐいな」と言いながら戻ってきた。私が回復したからダメージはないけれど、吹っ飛んだことが地味にショックだったような顔をしている。
「くっそ~、どうにかしてもっと踏ん張らねぇと。前衛が離脱なんて、洒落になんねぇ」
「俺もいるとはいえ、絶対に毎回カバーできるわけじゃねぇからな……」
ケントとルーディットが、二人そろってうーん……と悩んでいる。戦闘の立ち回りを考えるのはとても大事なことなので、ぜひ二人で最適解を出してほしいところだ。
クリスタルの回廊を進んでいくと、前方に広場のような場所が見えた。休憩するのにちょうどよさそうなスペースだ。
……でも、IDのこういう場所って何かありそうだよね。
嫌な予感がひしひしするので、私は「ストップ!」と声をかける。
「どうしたんだ? シャル」
「お兄様、あの広場……厄介かもしれないです。強いモンスターか、もしくは数が多いか……」
「なるほど」
私の言葉にルーディットが頷くと、みんなも警戒度を上げた。何体か〈堕天使〉を倒しているので、ここのモンスターが強いことは嫌でも理解している。
「じゃあ、入り口の手前で〈挑発〉を使って一体ずつモンスターを引っ張ってくるのはどうだ? それなら、確実に倒せると思う」
「うん、その作戦でいこう」
「任せとけ!」
ケントが提案してくれたので、私はそれに頷いた。これはよく使われる手法で、主に格上のモンスターを倒すときにやることが多い。複数体は厳しくとも、一体であればなんとか倒すことはできるのだ。
私は〈遠見の眼鏡〉を取り出してかける。これは眼鏡タイプの魔導具で、いわゆる望遠鏡のようなアイテムだ。
……さてと、どんなモンスターがいるかな?
広場になっているところには、複数の〈堕天使〉がいる。そしてその中心には、〈堕落した王〉という醜悪なモンスターがいた。身体はでっぷり太っていて、着ている服は布を巻きつけただけのようにも見える。
「「「…………」」」
〈遠見の望遠鏡〉はみんな購入していたので、各々広場の様子を見て絶句していた。わかるよ、あんな相手と戦いたくないよね。
「………………まあ、やるっきゃないよな。一本道だったし、あそこを通らないと駄目だし……」
「頑張って、ケント! 私も、なるべく早く倒せるように頑張るから……!!」
「ああ、わかってる」
ちょっと気がめいっていたケントをココアが応援すると、すぐにキリッとしてやる気に満ち溢れたようだ。
「〈守護の光〉〈聖女の加護〉〈月の光〉〈星の光〉……よし、オッケ!」
「いくぜ! 〈挑発〉!!」
ケントは広場の入口から一〇メートルは離れたところからスキルを使う。どの程度の近さになればモンスターが〈挑発〉にかかるかは、モンスターによって違いがある。そのため、遠くから始めて少しずつ近づいていくのだ。
「……駄目そうだ。もう少し近づいてみる」
「お願い」
ふーっと呼吸を落ち着かせてから、ケントはゆっくり一歩ずつ近づいて〈挑発〉を使っていく。
……もしかしたら、広場からは出てこない設定になってるのかもしれない。
そうだった場合、複数の〈堕天使〉と中ボスっぽい〈堕落した王〉を同時に相手にしないといけないので、結構きつい。
私がそんなことを考えていたら、広場まであと三メートルというところで〈堕天使〉が一体ケントへ向かってきた。
「っしゃ! 釣れたぞ!」
「あとは任せろ。〈勇者の一撃〉!!」
事前に私が〈必殺の光〉をかけておいたので、〈堕天使〉はフレイの一撃で光の粒子になって消える。ドロップアイテムはなかった。
フレイはマナポーションを飲みながら、「いけそうだな!」と笑顔をみせる。
「ケント、どんどん釣ってきてくれ!」
「おう! 〈挑発〉!!」
ケントがのりのりでスキルを使い、二体目の〈堕天使〉を釣ってきた。それもフレイが一撃で倒す。こちらが攻撃されることはほぼなくて、とても安全――フルボッコだ。
「私たちの出番がないわね。ね、ココア」
「あはは……。〈堕天使〉は魔法耐性が高いから、あんまり役に立てないですね」
ルーナがやれやれと肩をすくめると、ココアも苦笑する。〈堕天使〉は物理攻撃の方が有効なので、フレイがめちゃくちゃ無双しているのだ。
それから何度か〈堕天使〉を釣り、ラスト一体を倒すことができた。
「うっしゃ! あとは本命――〈堕落した王〉だけだな」
ケントは緊張しつつも、武者震いしながら嬉しそうに告げた。それにフレイが乗り気で返事をし、広場を見る。
「よし、シャロン支援のかけなおしを――何っ!?」
「〈守護の光〉――どうしたの、フレイ。……あ」
……やっぱりそうだったか~。
私は苦笑だけに留めたが、ほかのみんなはそうはいかない。驚愕に目を見開いて、「どういうこと!?」と口にしている。
何が起こったかといえば――〈堕天使〉が復活したのだ。
「あの〈堕天使〉は、〈堕落した王〉の取り巻きモンスターだったんだろうね。ドロップもなかったし、たぶん経験値も入ってないと思うよ。本体――〈堕落した王〉を倒さない限り、無限に復活すると思う」
「そんなっ!!」
私の言葉に一番反応したのは、ココアだ。自分の魔法ではあまりダメージを与えられないのに、それが無限に復活するとあってはたまったものではない。
「えええ、あんなのどうすりゃいいんだよ……」
「俺が〈挑発〉を使ってもいいが、さすがに〈堕天使〉五体はきっついな」
困惑するケントに、ルーディットもどうしたもんかとお手上げのようだ。一応、こういうときのよくある攻略法はあるっちゃあるんだけど……。
「とりあえず、ここは安全そうだからちょっと休憩にしようか」
こういうときは、美味しいものを食べて元気を回復するのが一番いい。私がそう宣言すると、あまりにも予想外だったからか、みんなが笑った。
「それは名案。ブルーム中の美味しそうなものを買っておいた」
私の提案に一番に乗ってきたのは、もちろん食いしん坊のルルイエだ。どうやらブルームでいろいろ買い物をしたらしく、食べたいものがたくさんあるらしい。
……いったいどんな美味しいものが出てくるんだろう?
ルルイエが用意しているらしい食べ物が気になって、私はワクワクしながらその手元を見つめる。するとルルイエは、可愛らしい丸型のクッキー缶を取り出した。
「そっ、それは! 三時間は並ばないと買えないクッキー缶!!」
私が何か言う前に、リーナが声をあげた。
「そう。ここのクッキーはとても美味しい」
「うわ、うわ、うわあぁ……! 食べたかったけど、鍛錬と転職で買いに行く時間がなくて泣く泣くあきらめてたのに……!」
悔しそうなリーナに、ルルイエはドヤ顔だ。しかしその表情は一瞬で慈愛に包まれたようになり、「みんなの分もある」と一一個のクッキー缶を取り出した。
「美味しいものは、みんなで食べたらもっと美味しい」
「わあ、わああぁぁ! ありがとうルー!」
「どういたしまして」
ルルイエはみんなにクッキー缶を配っていく。私も一つもらった。
「ありがとう、ルー」
「早く食べよう」
「うん」
もらったクッキー缶は、花の絵が描かれていた。水色ベースの缶に、ピンクの花と小さな白い花が咲いている。蓋を開けると、数種類のクッキーがつまっていた。シンプルな丸型のクッキーに、中心にジャムの入ったクッキー。チョコレートを使った四角い形のクッキーと、茶葉が入ったものもある。
「わあ、いい匂い。すごく美味しそう」
せっかくならば、紅茶も用意してティータイムにするのはどうだろうか? と思いつく。私は〈鞄〉と〈簡易倉庫〉から薪を取り出し火をつけ、やかんでお湯沸かして紅茶を淹れてみた。
「さすがはシャロン、わかってる!」
ルルイエが目をキラキラさせながら、全員分のティーカップを用意し始めた。ルルイエこそよくわかっていらっしゃる。
そんな私とルルイエのことを、ミオがぽかんとした表情で見ている。
「未知のダンジョンでモンスターも強いのに、紅茶を飲みながらクッキーを食べる余裕……すごすぎる」
「緊張ばっかりだと疲れちゃうから」
驚いているミオに、私は気楽に返事をする。こういう場所では、休めるときに休むというのが、結構大事だったりするのだ。
「ほら、みんなの分も入ったからゆっくりティータイムにしよ!」
そう言って、私とルルイエは全員に紅茶を配ってティーパーティーを始めるのだった。