17 転職の話
後日、私の元にイグナシア殿下からの慰謝料が届けられた。その総額は、一億リズ。ゲーム的に言うと一〇〇mだ。
今まさに、自室の私の机の上に積まれている。
……王族とはいえ婚約段階だし、こんなものかな?
ちなみにゲーム時代であれば、一〇〇mあればかなりいい装備が一つ購入できるけれど、最上級の装備を買おうとしたら全然足りないくらいの金額だ。
ただ、今のこの世界には、そんなにいい装備はない。ゲーム時代はプレイヤーが手に入れた装備を売っていたりしたのでいい装備も多かったけれど、今は全体的にレベルが低く、いい装備をドロップするモンスターを倒せる人が少ないからだ。鍛冶をするにしても、そのための素材を得ることが難しい。
「でも、どうせならぱーっと使いたい気もするよねぇ」
イグナシア殿下にもらった慰謝料を生活費としてほそぼそ使うのもなんか嫌だと、気分的に思ってしまうわけで。
「だけど高い装備なんて売ってないし、回復アイテムはタルトに作ってもらった方がいいものができるしなぁ」
使い道といえば、食料品などを買い込んで〈簡易倉庫〉に入れておくくらいかな? とはいえ、一億リズ分の食料を買い込むとなるとかなり大変だ。
……うーん、難しいね。
私が部屋でそんなことを考えていると、玄関先から声が聞こえてきた。部屋のバルコニーに出て玄関を見ると、フレイ、ルーナ、リーナ、ミオが買い物から帰ってきたところのようだ。
すぐにフレイが私に気づき、「シャロン!」と声をかけてくれる。
「おかえり~!」
「ただいま。シャロンに相談があるんだが、時間はあるか?」
「うん、大丈夫だよ。お茶会室で話そうか」
「わかった!」
お茶会室に行き、紅茶を淹れてもらい、フレイ、ルーナ、リーナ、ミオと向かい合って座る。今日は何をしていたのかと聞けば、装飾品などのお店を見ていたのだと教えてくれた。
……あ、そうか! 別に装備やアイテムじゃなくて、ドレスや装飾品を購入してもよかったんだ。その考えに至らなかった私、もしや女子失格では……。
私は誤魔化すようにコホンと咳払いをして、フレイに「相談って?」と話を振った。
「ルーナ、リーナ、ミオの転職のことだ。三人とも、覚醒職になれるだろう?」
「その話は、私もしなきゃと思ってたんだ」
ルーナは〈ウィザード〉なので〈アークメイジ〉に。火土風水の属性魔法に特化していて、極めると天災級の威力を持つ。火力枠として、パーティに一人はほしい人材だ。
リーナは〈チェイサー〉なので〈宝発掘師〉に。斥候としての能力アップに、宝箱やアイテムなどの発見がしやすくなる。ほかにもモンスターを倒したときにドロップアイテムの確率が上がるスキルなどがあり、ある意味で夢のある職業だ。
ミオは〈巫女〉なので〈呪術師〉に。専用の札を使って攻撃するので、地味に札を補充するというルーティーンが加わる。札を使う代わりに一つ一つのスキルレベルはあまり高くないため、多くのスキルを取得することが可能だ。プレイスタイルによって、戦い方を決めるのがいいだろう。
ちなみにフレイはユニーク職業〈勇者〉なので、特にこれより上はない。
「三人とも、すぐに転職する感じですか?」
「もちろん! ブルームの観光もできたし、今のところの目標は覚醒職だもん。前から覚醒職は私の目標だったけど、まさかこんなにあっさり転職できる日がくるなんて……」
転職に燃えているリーナだけれど、最後の方は遠い目をしている。
「まあ、転職して自分の戦闘スタイルに磨きをかけていくんですから……まだまだ道のりは長いですよ! 転職したら、まずは私と一緒にダンジョンに行きましょう!」
「シャロンはそうやって簡単に言うんだから……。でも、そうだね。オーケー、ダンジョンは力になれるよう頑張るから、攻略しよう!」
「助かります!」
全員がユニーク職と覚醒職であれば、IDもどうにかクリアできるだろう。たぶん。私の胸はワクワクでいっぱいになっていく。
「それじゃあ、三人は明日くらいから転職に向かってくれ。何か手伝いは必要か?」
フレイの言葉に、ミオがおずおずと手を挙げた。
「手伝いと言いますか、なんと言いますか……」
「どうしたんだ?」
「ミオ?」
フレイはもちろん、私も首を傾げる。
「わたくし、どうやって〈呪術師〉になるか存じません……」
「え、あ……っ」
「転職方法か!」
なるほどそういうことか!
確かに今のこの世界では、〈呪術師〉への転職方法は伝わっていないかもしれない。というのも、〈呪術師〉になる転職クエストは、〈桃源郷〉で受けるからだ。
……実際に行くまで、みんな〈桃源郷〉のことをお伽噺みたいに思ってたもんね。
知らなくて当然だ。もし〈呪術師〉の人がいたのなら、それは自力で発見したか、師弟関係で転職方法を伝授していたとか、そんなところだろう。
私は転職方法をミオに教える。
「〈呪術師〉には、〈桃源郷〉でなれるよ。北西にある小さな塔の地下に行くと、〈呪術師〉への転職クエストをしてくれる人がいるから話しかけてみて」
「……シャロンは、本当になんでも知っているのですね」
ミオは驚きつつも、ゲート登録をしてあるので、すぐにでも行って転職すると頷いた。
私は次に、ルーナとリーナを見る。〈アークメイジ〉と〈宝発掘師〉の転職方法は把握しているのだろうか?
「二人は大丈夫そう?」
「私は大丈夫よ。〈アークメイジ〉には、スノウティアでなれると聞いたことがあるの」
「私も! 〈宝発掘師〉はトルデンテでなれるって聞いたから」
「大丈夫そうだね」
ルーナとリーナの言葉に、私は頷く。スノウティアは私も一時期拠点にしていた、〈エレンツィ神聖国〉の北東方面にある〈氷の街スノウティア〉のこと。そして南西方向に〈港町トルデンテ〉がある。それぞれここからクエストを受けて、転職することが可能だ。
トルデンテだけゲートに登録していないけれど、ドラゴンを使えばあっという間の距離だろう。
「それじゃあ、みんなが転職して、戦闘に慣れたらダンジョンだね!」
「ああ、楽しみだ!」
「頑張らなきゃね」
「オーケー、任せて!」
「しっかり転職試験の支度をしなければいけませんね!」
私がワクワク顔で告げると、フレイたちも気合を入れて頷いてくれた。
夜になり、私はIDに挑戦するパーティメンバーを考える。
私、タルト、ルルイエ、ケント、ココア、フレイ、リーナ、ルーナ、ミオ……これで九人。IDに入れるのはあと三人。覚醒職以上でメンバーを揃えるとなると、あとは……火力枠でルーディット。これで一〇人。
「あと二人は……やっぱりあの二人かな? でも、時間があるといいんだけど……」
脳裏に思い浮かべたのは、ティティアとリロイの二人だ。ティティアは〈教皇〉という文句のつけようもないユニーク職だし、IDの鍵をくれた張本人でもある。ぜひ連れていきたい。そんなティティアを連れていくとなると、リロイは絶対についてくることがわかっているので、必然的にメンバーになる。
「リロイは支援も攻撃もしてくれるから、ちょっとしたサポートもしてもらいやすいんだよね」
たとえば後衛がモンスターに攻撃されて、けれど前衛の対処が間に合わないとき。そういうときにフォローしてくれるので、かなりありがたい存在だ。基本的な支援も私ができるけれど、やはりもう一人いてくれるのは心強い。
「……うん! 二人には明日、声をかけてみよう」
そうと決まれば、IDのためのアイテムもほしくなってくる。回復アイテムはもちろんだけれど、攻撃力が上がる〈咆哮ポーション〉も作ってもらわなければ。
「よし、さっそく相談に――」
行こうと思ったところで、部屋にノックの音が響いた。誰だろうと首を傾げつつドアを見ていると、「タルトですにゃ!」と声がした。
「どうぞ。私も今、タルトに相談しようと思ってたことがあって――って、フレイ、リーナ?」
ドアを開けると、タルトだけではなく、フレイとリーナも一緒にいた。フレイたちの表情にはどこか焦りの色が浮かんでいて、何かあったらしいことがわかる。
「どうしたの?」
「……昼間の転職の話し合いの後、アイテムの買い物に行ったミオがまだ戻ってきていないみたいなんだ。シャロン、何か聞いていたりしないか?」
「え!? 私は何も聞いてないけど、この時間にまだ戻ってきてないのは心配だね」
もう周囲は暗くなっていて、開いている店といえば酒場くらいだろうか。ミオのように可愛い子が外にいたら、間違いなく酔っ払いに絡まれてしまうだろう。
「でも、〈巫女〉とはいえミオは高レベルだから……そうそうやられるようなことはないと思うんだけど……」
とはいえ心配なことには変わりない。
「その点はあまり心配はしてない。ただ、この街へは来たばかりだからな。もしかしたら迷子になってるのかもしれないだろう?」
「ああ、なるほど……」
迷子になって泣いているかもしれないという発想はなかったよ。
「それなら、すぐ捜しに行った方がいいね。必要なら、お兄様に言って騎士団で捜索してもらうこともできるから」
「ありがとう。とりあえず、外に行ってみよう」
「うん」