16 清算
翌日、私は王城にやって来た。保護者として父母が、護衛として兄のルーディットが付き添ってくれているが、逆に不安なのは私だけだろうか。
「お兄様、イグナシア殿下が何か言ってきても大人しくしていてくださいね。今日のお兄様は護衛というポジションであって――」
「わかってる、わかってるって! 俺は可愛い妹を守る、それだけだ」
「……はあ」
わかってなさそうだ。
長い廊下を進み、広い応接室へ案内された。ここでイグナシア殿下たちの到着を待つとばかり思っていたのだが、応接室にはすでにイグナシア殿下、ヴィルヘルム陛下、ベルティアーナ王妃が揃っていた。
「ああ、来たかシャーロット」
「ご無沙汰しております、陛下。お元気そうで何よりです」
「くそお、俺が〈エレンツィ神聖国〉を倒し、力を見せつけ王になるはずだったというのに……!!」
わずかに聞こえてきたイグナシア殿下の言葉を、私は聞かなかったことにした。隣に座っているベルティアーナ王妃は、すでにため息を吐きたそうな表情をしている。
……というか、〈エレンツィ神聖国〉を倒すつもりだったの? 控えめに言って無理だと思う。
「イグナシア。自分のしでかしたことが、まだわかっていないのか?」
「……いえ」
ヴィルヘルム陛下の怒気を含んだ声に、イグナシア殿下の肩が揺れる。ピリピリした空気は、さすがこの国の王だなと思う。
イグナシア殿下は椅子から立ち上がって、私の前へやってきた。その表情はまったく申し訳なさそうではないうえに、ぎこちなく頭を下げた。
……別に謝罪なんていらないのに。
心のこもっていない謝罪ほどいらないものはない。だったら慰謝料でも積んでくれた方が断然いい。旅費やアイテムの購入費などにできるからだ。
「……この度は、私が先走って婚約破棄と国外追放を言い渡して申し訳なかった。心より謝罪する」
「…………」
「…………」
私が無言でいると、イグナシア殿下も無言を返してくる。もしかしたら、私が『許します』と言うとでも思っていたのだろうか。
「……シャーロット?」
「わたくしはあなたの婚約者ではないのですから、呼び捨てにしないでいただけるかしら」
「――っ、あ、ああ。すまない、シャーロット嬢」
許すどころか私が反論したので、イグナシア殿下はとてもおビビりになっていらっしゃる。
……とはいえ、このまま黙っていても平行線のままだね。
私はため息をつきたいのをぐっとこらえ、さてどうしようかと考えながらも口を開く。
「わたくしに謝罪は不要です」
「……! そ、そうか、やはりもう怒っては――」
「そもそも許そうとは思っていませんから」
「――っ!!」
どうしたら私が怒っていないという発想になるのですか、イグナシア殿下。けれど私は、イグナシア殿下の言葉を聞かなかったことにして喋り続ける。
「わたくしに謝罪をというのであれば、慰謝料を要求します。支払っていただければ、わたくしからイグナシア殿下に何かすることはありませんし、気にしていただかなくて構いません。清算してすっきりした方が、新しい婚約者を迎えられていいのではありませんか? わたくしのような不愛想ではなく、笑顔の素敵な人と一緒になればいいと思いますわ」
「あ、え……あ、ああ……」
イグナシア殿下は戸惑いながらも、私の言葉に頷く。……とはいえ、おそらく慰謝料の支払いに関しては、もともと予定していたはずだ。でなければ、わざわざ母と仲のいいベルティアーナ王妃がイグナシア殿下を私の前に連れてはこないだろうから。
……一応、私はベルティアーナ王妃のお気に入りだからね。
イグナシア殿下はぐっと拳を握りしめながら、はっきり「わかった」と口にする。
「シャーロット嬢が望む金額を支払うと約束する」
「ありがとうございます」
結局きちんとした謝罪はないまま、私たちはお金で解決することにした。きっとこれが、あと腐れがなくて一番いい方法のはずだ。
「……でも、イグナシア殿下はどうしてツィレへ? わたくしを追ってきたのですか?」
エミリアとファーブルムでいちゃいちゃしているのが一番平和だったろうにと、私は思う。私を取り戻そうとしたのか、それともツィレを自分の手で征服しようとしたのか。ある程度の予想はできているが、きちんと聞いておきたい。
イグナシア殿下はバツが悪そうに話し始めた。
「……俺には、エミリアが必要だ。しかし、シャーロット――嬢も必要だった。シャーロット嬢がいなくなってから、何もかも上手くいかなかった。いや、エミリアが〈聖女〉になるのだと言っていたから、それには期待しているんだが……」
「えーっと、つまりわたくしの後ろ盾が必要ということかしら」
「……っ!」
どうやら図星のようで、イグナシア殿下の肩が揺れているし口元も引きつっている。もう少しポーカーフェイスができるようになった方がいいですよ。
「だが! 俺にはエミリアがいる。〈闇の魔法師〉は俺の婚約者には相応しくない。エミリアを妃に迎え入れるには、功績があればそれでもよかった。だから本当は、俺が〈教皇〉を討てれば一番よかった――」
「……そう」
イグナシア殿下の言葉に腸が煮えくり返りそうだ。〈教皇〉を討つということは、ティティアを殺してその成果で王を継ぐということ。
……でも、リロイを始め〈聖騎士〉たちがいるから、イグナシア殿下の指揮ではティティアに指一本触れることはできないだろうけどね。
本当は私を自分の手中に収めておきたかったけれど、笑いもしない、〈闇の魔法師〉の私を側に置くことは嫌だったのだろう。だけどそうすると、なんの価値もないイグナシア殿下は即位することが難しい。そのため、功績を得るために〈エレンツィ神聖国〉を征服し、その手柄で即位しようと考えたのだろう。
………………無謀すぎん?
とはいえ、もうイグナシア殿下に関わることはないだろう。私は失笑を向け、「どうぞ頑張ってくださいね」と告げる。
「ちなみにわたくしは〈エレンツィ神聖国〉と仲良くしているので、もし攻撃をしかけるようなことがあれば――容赦しませんから」
「わ、わかっている……! もう手出しはしない……」
イグナシア殿下が頷くと、ヴィルヘルム陛下が手でイグナシア殿下を制する。そして陛下自ら、今後のことを話してくれた。
「私たち〈ファーブルム王国〉と〈エレンツィ神聖国〉は長年いがみ合い争ってきたが、それを止め、手を取り合っていこうと考えている」
「――!」
今まで両国は、〈剣士〉のファーブルム、〈癒し手〉のエレンツィと呼ばれてきた。
どちらかといえば、ファーブルムが〈剣士〉ばかりだから支援をしてくれる〈癒し手〉を求めていた。しかしながら自国に〈癒し手〉はとても少なく、〈癒し手〉の数が圧倒的に多いエレンツィを目の敵のように思っていたのだ。
それゆえに、両国間の関係はよくなかった。
……でも、それが改善しようとしてる。
私がゲームをプレイしていたときは、この二国の争いがなくなることはなかった。けれど今、それを成し得ようとしている。
――これって、歴史的瞬間に立ち会ってるんじゃない!?
そう考え、胸の鼓動が加速していく。
「実は、〈エレンツィ神聖国〉のティティア教皇から申し入れがあったんだ。平和を愛する彼女は、ずっと我が国との争いが絶えないことを憂いていたんだそうだ」
「ティティアが……」
じわりと胸が熱くなる。
今はまだ自分のことだけでも大変だろうに、自国と、国外にまできちんと目を向けているなんて。ティティアの成長が逞しくて、とても頼もしい。
ヴィルヘルム陛下は「申し出がなければ動けないとは恥ずかしい」というけれど、ティティアの言葉に素直に耳を傾けただけでも十分だと私は思う。これから両国が手を取りあう――まではいかないかもしれないけれど、同じ方向を向いて歩いていけたら嬉しい。
……私はティティアの友人としても、何かあったときに間に立てるようになろう。
ここに来て初めて、ファーブルムの公爵家の生まれでよかった、なんて考えてしまった。