13 久しぶりの実家
久しぶりの自室は、私が屋敷を出たときと何も変わってはいなかった。私のお気に入りの家具や、ドレスに装飾品。部屋は落ち着いた色合いにまとまっていて、久しぶりにゆっくりできそうだなと思う。
……冒険者生活っていうか、ティティア関連があったから宿でも多少の緊張があったもんね。
しかし屋敷に戻ってきた今、すべての肩の荷が下りたような気さえする。実家ってすごい。
ほかのみんなにはそれぞれ一部屋ずつ割り振り、専属のメイドもつけたのでゆっくりしていることだろう。休憩のあとは晩餐会と伝えたので、きっとおめかししてくれるに違いない。楽しみだ。
「さてと、私は――」
まずは家族に会いにと思ったところで、廊下からドドドドドと地響きが聞こえてきた。……私、この音がなんだか知っているよ。
「……まあ、心配かけちゃったもんね」
私は苦笑しつつ、そしてちょっとバツが悪いような顔で、ドアを開けた。すると、巨大な影がこちらに向かってきている。
「「シャル!!」」
「ただいま戻りました、お父様。お母様」
予想した通りの人物の登場に、私は頬を緩めた。
私の父、テオドール・ココリアラ。
ミルクティーに似たホワイトブロンドの短い髪は私と同じ色合い。顎の髭は整えられていて、威厳がある。この国の騎士団長で、王城勤めだ。
私のことを蝶よ花よと可愛がってくれて、イグナシア殿下から婚約破棄された際は人一倍怒ってくれたらしい。
私の母、アンジェラ・ココリアラ。
深いローズレッドのロングヘアがいつも綺麗にセットされている、自慢の母だ。もう四〇歳だというのに抜群のプロポーションを保っていて、社交界では右に出る者はいないだろう。王妃のベルティアーナ殿下とは親友だという。
いつも私のことを心配し、けれど背中を押してくれる。そんな強い人。
父に抱きつこうと思ったら、母を横抱きにしていた。どうやら母が走るより父が抱えてしまった方が速かったからそうしたようだ。
……それだけ急いできてくれたんだ。
「シャル……っ!」
「お母様……」
床に下ろしてもらった母が、私をぎゅっと抱きしめてくれる。久しぶりの温もりに、ついつい私の目頭が熱くなる。ぎゅううううっと、これでもかというほど抱きしめられた後は、じっくり全身を見られる。
「どこも怪我はない? もっとよく顔を見せて」
母に頬をむにむにされながら、どこにも怪我がないか確認される。
「大丈夫です、どこにも怪我はないですから」
私がそう言って笑うと、母は「よかった」と安堵の色を見せた。
「シャル、俺にも顔をよく見せてくれ」
「はい、お父様。おかわりなさそうで安心しました。……いえ、もしかしてまた逞しくなりましたか?」
父の腕周りの筋肉が、以前より増えているような、増えていないような……。私がそんなことを考えていると、母がふふっと笑う。
「この人ったら、シャルのことが心配で心配でたまらなくて、じっとしていられなかったのよ。だからずうっと、騎士たちをしごいてたのよ」
「う、ごほんっ」
「えええ、そんなことをしていたんですか? 騎士たちは大変でしたね」
こればかりは苦笑するしかない。しかし父の腕は確かだし、剣術を教えるのも上手い。しごかれた騎士は災難だったかもしれないが、その分実力もついたはずだ。
……終わりよければ総てよし、だね!
「しかしやっとシャルが帰ってきてくれて……これからは家族仲良く暮らせるな! ああ、嬉しい……」
「あ……」
おいおい嬉し男泣きする父に、私はどう言うべきかと頬を引きつらせる。これからも冒険は続けるつもりなので、家にいることは少なくなるだろう。
……うーん、すぐに冒険の旅に出るとは言いづらいね。
どうしようか考えていると、母が「あなた」と父の袖をくいっと引っ張った。
「シャルを困らせては駄目ですよ。帰って来たのではなく、旅の途中で寄ってくれたのですから」
「そ、そんなっ!!」
母の言葉に、父はガガガーン! ととてつもないショックを受けている。とはいえ、後でその事実が判明するよりはずっといいだろう。
「期待させちゃってごめんなさい、お父様。私は今、冒険するのがとっても楽しいの。……小さいころに読んだ絵本みたいに、そんなワクワクがあって……」
こんなことを言うのは恥ずかしくて、私は照れた笑みを浮かべる。
「しかし……、シャルは〈闇の魔法師〉だ。正直、戦闘は大変だろう?」
父の言葉は尤もだ。〈闇の魔法師〉が得意とするのは弱体化なので、ソロでの活動はベテランでもなければ難しい。そしてこの世界はスキルが自動取得なので、運よくパーティの役に立つスキルを得るのは……絶望的だったりする。
……二人には、内緒にしたくないな。
私はまっすぐ父と母を見て、「話したいことがあるの」と切り出した。
「私、ね。……〈聖女〉になったの」
そう告白すると、二人は目を見開いた。
「〈聖女〉……。お伽噺によく出てくる救世主じゃない。〈闇の魔法師〉から、〈聖女〉?」
「あ……経緯は話すと一晩じゃ足りないくらい長くなっちゃうんだけど、これでどうですか? 〈虹色の癒し〉」
私が使ったスキルは、半径一〇メートルの対象を回復するというスキルだ。キラキラと虹色の光のエフェクトが現れ、私、父、母の三人を癒す。
「すごい――」
「うおおお、すごいぞ、シャル! シャルは昔から健気で利口で優しくて……まさに〈聖女〉になるために生まれてきたと言っても過言ではない!!」
「きゃっ!」
感極まった父が、私を抱き上げた。そのままくるくる回って、「すごい! さすがだ! 鼻が高い!!」とめちゃくちゃ喜んでくれている。
……でも、〈聖女〉になるために生まれてきたうんぬんはさすがに過言だと思うよ。
「あなた、シャルの目が回ってしまいますよ」
「む? それもそうだな。大丈夫か? シャル」
「あはは、大丈夫ですよ」
床に下ろされたので笑ってみせたけれど、ちょっと足元がふらついてしまった。父のくるくるは想像以上だ。
「シャルも帰って来たばかりで疲れてるだろう? 夕食は一緒にとれると聞いたから、休んでいなさい。そのとき、一緒にいるパーティメンバーを紹介してくれ」
「もちろん!」
私が快諾すると、母が「楽しみだわ」と微笑む。
「何せ各地で活躍している〈勇者〉でしょう? いろいろお話を聞いてみたいわ」
「お母様、フレイのことを知っているんですか?」
「直接お会いしたことはないけれど、噂くらいは知っていてよ?」
「さすがお母様です……!」
母は社交界で敵なしというけれど、その一つに情報という大きな武器がある。ココリアラ家の諜報部を使い、様々な情報を手に入れている……という。
……お母様だけは敵に回してはいけないような気がする。
「それに、手紙に書いてあったシャルの弟子も気になるわ。可愛い子なんでしょう?」
「はい、とっても。タルトっていうケットシーの女の子なんですけど、努力家で、可愛くて、チャレンジ精神旺盛で、可愛くて……!!」
私が力説すると、「夕食で紹介してもらえるのが楽しみだわ」と母が微笑んだ。