10 モンハウと宝箱
フレイが宝箱に手をかけるのを見て、私は思わずその手を掴んだ。
「シャロン?」
「あ……。ごめんなさい。えっと、よければ私に開けさせてもらえたりしないかなぁ……? なんて……」
だって! 初めて見る、中身がさっぱりわからない、けど隠し部屋にあった宝箱だよ! こんなの、気にならない方が絶対おかしいでしょう。隠されていたことを考えると、時間経過で再び出現するタイプではなく、最初の一人だけが手にすることのできる宝箱の可能性が高い。
私の目があまりにもランランとしていたからか、フレイがクスッと笑った。
「シャロンがこんなにはしゃぐなんて、珍しいな。〈桃源郷〉やこのダンジョンに案内してくれたのもシャロンだしな。宝箱くらい、好きに開けてくれ」
「シャロンも普通の人なんだって思えた気がするぜ」
「フレイ、ありがとう! ケントはちょっと失礼じゃない!?」
まったくと怒りつつも、私はルンルンスキップで宝箱の元へ向かう。木でできた宝箱だけれど、期待が半端ない。
「ではでは!」
「何がでるですにゃ~?」
「美味しいご飯……?」
「……それは難しいかもしれないですにゃ」
タルトとルルイエの会話にほっこりしつつ、いざオープン! 私がゆっくり宝箱を開けると、ぱあっと光があふれた。これはレアアイテムが入っているときに出る光なので、中身に期待してもよさそうだ。
開けた宝箱の中を見ると、〈流れ星のポーション〉〈月のポーション〉〈月のマナポーション〉などのポーション類がたくさんはいってて、その上に野球ボールくらいの黒い球体と、〈勇気のベルト〉という装備が入っていた。
……この黒い球体はなんだろう?
手に取って説明を見ると、ああ、昔あったイベントのアイテムだということをすぐに思い出した。〈大混乱〉というギャグみたいなアイテムで、割るとモンスターが出てくるという代物だ。出てくるモンスターは使用者のレベルによって上限や数が決まるというものだ。仲間内で玉を割って、誰が一番強いモンスターを出すか勝負で遊んだりした。
「〈勇気のベルト〉――これは防御力が上がる装備だから、ケントが装備するのがいいかもしれないね デザインも硬めだから、男の方が似合うだろうし」
「俺がか!?」
私が装備の説明をすると、ケントがうずうずし始めた。とはいえ、別に使用者の性別が固定されているわけではないので、誰が使っても問題はない。防御力アップなので、前衛か、防御が足りていない人が使うのがいいだろう。
「フレイとかリーナでもいいけど、地味に重いから身軽さを生かしてるリーナにはあまり向かないかもしれないね」
「確かに結構重たいね」
私がベルトをリーナに渡すと、自分では重たいと首を振る。
「防御力か……。私はどちらかというと、攻撃力の方がほしいからな。リーナが重いと感じるなら、ルーナとミオが装備するのも微妙だろう」
「それは確かに。それじゃあ、ひとまずケントに装備しておいてもらおうか」
「いいのか!? サンキュ!」
ケントがぱあっと表情を輝かせ、すぐさま装備した。これでケントの防御力がアップだ。装備部位としてはアクセサリーなので、このベルトはそこそこレアな部類に入る。しばらく使えるだろう。
「後もう一つの玉はなんだ?」
「それは割るとモンスターが出てくる、ちょっとした遊びアイテムみたいなものだよ」
「……モンスターが出てくるなら、大惨事じゃないか?」
「それもそうだ」
私がゲーム時代で使っていたニュアンスで説明をしたら、フレイに真剣な表情で返されてしまった。ゲーム時代であればうっかり割ってもほかのプレイヤーがいたからモンスターはすぐ討伐されたけれど、この世界ではそれも難しいだろう。
「なら、この玉は……どうしようか? 私たちが割ってもいいけど、そこそこレベルが高いからあんまりお勧めできないかも」
「シャロンが勧めないなら、絶対に割らない方がいいな」
フレイはため息をついて、さてどうするかと考えているようだ。すると、ミオが「あの!」と声を出して前に出てきた。
「わたくしに預からせてもらえませんか? 〈巫女〉として、そのような玉の存在を放置しておくわけにはいきません!」
胸元で手を組んで声を上げるミオを見て、私はさてどうしようかと悩む。フレイたちの人となりであればある程度はわかっているけれど、ミオとの付き合いはそう長くない。この玉を悪用されては困るのだ。
私が考え込んでいると、フレイが「私は構わない。ミオは悩みがある人の懺悔なんかもよく聞いているしな」と言った。
……すごい、本当に聖職者してるんだ。
フレイの言葉に照れたミオは、私たちに提案を持ちかけてきた。
「〈勇気のベルト〉をシャロンたちのパーティに。この〈大混乱〉の玉を私たちのパーティの取り分とするのはどうですか?」
「え……」
ミオの提案に、私は思わず目を見開いた。いくらなんでも、その提案はちょっとおかしいのではないだろうか。
すると、ミオは「すみません」と焦り始めた。きっと私が訝しむような表情だったから、まずいことを言ってしまったということに気づいたのだろう。
「そうですよね。ベルトと玉と、どちらの価値もわからないですもんね。この玉にものすごい価値があることはわかりますから、シャロンたちの取り分が少ないことになってしまいますもの」
「あ――」
なるほど、そうではない。
私が微妙に思ったのは、ベルトと玉を比べたら圧倒的にベルトの方がいいので、ミオたちの利益がほとんどないことを懸念したためだ。
「価値はベルトの方が高いから、それは全然気にしなくていいよ! なんなら、一緒に入ってるポーションを全部そっちにつけてもベルトの方が高いから」
「そ、そんなにですか……」
思いのほかベルトの価値が高いこと――いや、どちらかといえば玉の価値が低すぎることに驚いているみたいだ。
……でも、これはゲーム時代のプレイヤーの評価だからね。この世界を基準に考えたら、玉の価値はもっと上がるかもしれない。そう考えたら、別にそこまで差のある取り分にはならないかな?
「うーん……。でも確かに〈大混乱〉は人によって価値が大きくかわるから、私の価値観で計ったらいけないかもだね。私はミオの提案に異議はないよ」
私がそう告げると、私のパーティ――タルト、ケント、ココア、ルルイエが問題ないとばかりに頷く。フレイ、ルーナ、リーナも問題はないようだ。
「それじゃあ、ケントがベルトで、私たちは〈大混乱〉をもらうわね」
ルーナの言葉に頷き、宝箱の取り分が決定した。
「まさか俺にアクセサリー装備が増えるとは思わなかったぜ……。ありがとう、みんな」
「前衛は防御力が大事だもんね。頑張ってね、ケント」
「おう!」
感謝を述べるケントをココアが応援すると、ぐっと拳を握って笑顔を見せた。
それからしばらく進むと、洞窟の中間地点に到着した。ここはボスの固定湧きスポットなので、誰かが倒さない限り常に〈闇色の大蛇〉が居座っている。
「……っ、すごい。姿が見えないのに、圧を感じる……!」
斥候として先に〈闇色の大蛇〉――大蛇を見に行こうとしたリーナの足が、わずかに震えている。
……確かに、ここにきたら空気もひんやりした気がする。
私は深呼吸を繰り返し、体を落ち着かせてから全員に支援をかけ直す。それを確認するとすぐ、リーナが震える足を叱咤して斥候へ向かってくれた。気丈にしている姿は、さすがとしか言いようがない。
「シャロン、〈闇色の大蛇〉のおさらいをするぞ」
「うん」
「大蛇は……色が黒く巨体で、その太さは約三メートル。鱗は硬くて剣と魔法が効きづらいから、顔を狙う……だったよな?」
ケントが全員に聞こえるよう説明してくれたので、私は頷く。
「そう。口から舌を一回だしたら、尻尾を使った全体攻撃がくるからジャンプで避けて。舌を二回出したら、鱗を飛ばしてくる。これはかなり攻撃力があるうえに、スピードもある。避けるのはあきらめて、私がかけた防御スキルで弾く感じかな。すぐにかけ直すから、安心して当たってくれていいよ」
「……わかった。俺はシャロンを信じてる」
「わたしもですにゃ」
「シャロンの腕は一級品だからな」
大蛇が使うスキルの説明をしたら、タルトだけではなく、フレイたちも私のことを信じて戦ってくれるという。
……くうう、支援冥利に尽きるね!
「私の支援が火を噴くぜ! っていうくらい頑張るから、ガンガンいっちゃって!」
「ああ、もちろんだ!」
フレイの頼もしい返事を聞いたところで、単独で様子を見に行っていたリーナが戻ってきた。
「いた、いたよ! すっごくでかい大蛇が!!」
リーナの言葉に、全員が真剣な表情でごくりと息を呑んだ。