8 今日も桃が食べたい!
翌日、私たちは〈桃源郷〉を後にした。向かうは国外追放が解除されたらしい私の故郷、〈ファーブルム王国〉だ。
「南門を出てまっすぐ南下していくと、ダンジョン〈大蛇の洞窟〉があるんだ。その洞窟を通り抜けると地理的にはファーブルムだよ」
「へええ、結構簡単に行けるんだな」
感心したケントの声に、私は首を振る。
「洞窟の真ん中くらいにボスの大蛇がいるから、倒さないと駄目なの。そこそこ実力がないと、使えないルートかな」
「まじか。シャロンがそう言うくらいだから、強いんだろうな」
「私たちなら余裕だから、大丈夫!」
ということで、ドラゴンに乗って出発――ではなく、ひとまず観光予定の枝垂桃までは歩いてみることにした。おばさんがお勧めしてくれたので、おそらくそこまで距離はないだろう。
「んじゃ、俺が先頭を歩くぞ」
「お願い!」
ケントが周囲の警戒をしつつ歩き出したので、私たちもそれに続く。
……そういえば、おばさんには詳細な場所を聞かなかったね。
しかーし! 私はゲーム時代に見たことがあるので、枝垂桃の場所もバッチリ覚えているのです。ゲームでも綺麗なグラフィックで、お気に入りポイントにしているプレイヤーは多かった。それを現実で見られてしまうのだから、楽しみで仕方がない。
「モンスターだ! 〈挑発〉!!」
「っとと、〈必殺の光〉! それから支援……っと」
ケントの声で我に返り、私は支援をしていく。現れたのは〈桃泥棒〉といって、盗んだ桃を投げて攻撃してくるというモンスターだ。こいつのドロップアイテムは〈熟した桃〉と〈未熟な桃〉の二種類だけであまりおいしくはないのだけれど、その分ギルドの討伐依頼の報酬がほかのモンスターよりも高くなっている。
フレイが一撃で倒してしまい、「なんだ弱いじゃないか」なんて言う。そして光の粒子になって消えた〈桃泥棒〉のところに、ルルイエが走っていく。
「……桃!」
「あ、ルル! それは〈未熟な桃〉だから美味しくないよ! ……たぶん」
せっかくなら〈熟した桃〉が落ちてくれたらよかったのだけれど、あれは確かドロップ率が5~10%だったはずだ。
「ええ………………美味しくない」
「あー、やっぱりね」
私は苦笑して、「そのうち〈熟した桃〉が出るよ」とルルイエを慰める。それに反応したルルイエの目がキュピンと光った。
「たくさん倒す! 〈ダークアロー〉!!」
ルルイエは高く跳び上がって、周囲にいた〈桃泥棒〉に向けてスキルを放ちまくった。いつもは一歩引いたところにいるルルイエだが、食べ物が絡むと張り切ってくれるようだ。
……今度何かあれば、美味しいもので釣ろう。
一匹、二匹、三匹……と〈桃泥棒〉を倒すがまだ出ない。
「むう……ん?」
『アチョチョチョチョ!』
「桃!」
飛びだしてきた〈桃泥棒〉がルルイエ目がけ、桃を投げて攻撃した! ――が、それをルルイエが口を開けて受け止めてしまった。
「いくら桃だからって、攻撃を食べるのはどうなの?」
ルルイエがもぐもぐしているところを見ると、問題なく食べられるようだ。しかしタルトは顔を青くして、「お腹の薬が必要ですにゃ!?」とポーションの準備をしてくれている。
すると、食べ終わったルルイエがとても悲しそうな顔をした。
「…………不味い」
「あー……。どう見ても、攻撃で投げてる桃は硬そうだからね」
ピンク色にもなっていない、硬い桃だ。食べるときに変だと気づきそうなものだけれど、もしかしたら美味しいかもしれないという1%の可能性にかけたのかもしれない。ルルイエは新たに出てきた〈桃泥棒〉に、怒りの〈ダークアロー〉をかましている。ちなみに、ルルイエが無双状態なので、私たちは見物しているだけだ。
そんなことを考えていたら、「出た!」と嬉しそうなルルイエの声が耳に届いた。さすがです。桃への執念がすごい。
「わ、美味しそうですにゃ」
ルルイエが手に持っている〈熟した桃〉はキラキラ輝いていて、まさに食べごろですというのを桃が主張しているみたいだ。
「美味そうだな……」
「こんな桃、見たことないわ」
「オーケー、みんなで食べよう」
「輝いています……」
フレイ、ルーナ、リーナ、ミオもごくりと喉を鳴らしている。かくいう私も、〈熟した桃〉の芳醇な香りによだれが出そうになってしまって仕方がない。
「……ルルの持ってる一つじゃ足りないから、もっと狩って、せっかくだから枝垂桃のところで食べるのはどう?」
「「「賛成!!」」」
「賛成ですにゃ!」
「もっと狩る……!」
みんなの意思が一つになった――!
「〈魔力反応感知〉あっちにモンスターの気配あり!」
「よし、〈挑発〉!!」
「任せて! 〈ダークトルネード〉!」
ココアが〈桃泥棒〉を探し出し、ケントがおびき寄せ、ルルイエが攻撃する。なんとも効率がいい倒し方だ。
ケントはどんどん進んでいるけれど、幸い進路は枝垂桃に向かっている。特に私が場所を教えなくても到着しそうだ。
「んんん~~っ! 美味しすぎる!!」
「美味しい~!」
「幸せですにゃ~!」
「ん、これは最高の桃……!」
枝垂桃の木の下で、私たちは〈熟した桃〉を堪能しています。
ピンク色の小さな花が下に向かって咲き、その合間に小さな桃が実っている。すぐ近くには木で作られたベンチがあり、ゆっくりすることができた。観光する場所としてはもってこいだが、〈桃泥棒〉がときおりやってくるので、一般人が来るのは難しいだろう。
桃はタルトが手際よく剥いてくれて、私は食べるだけという贅沢をさせていただいております。
「それにしても、やっぱりこの桃は素敵だねぇ」
思わず寝転んで枝垂桃を眺めたいほどだ。
「圧巻ですにゃ! お師匠さまと一緒だと、いろんな景色を見ることができて楽しいですにゃ」
「ふふっ、これからもいろんな景色を見るために冒険するからね。まずはダンジョン〈大蛇の洞窟〉で洞窟探検を味わうところからかな?」
「それはいい景色なのか……?」
私の言葉に、速攻でケントがツッコミをいれてきた。確かに洞窟を探検する気分は味わえるけれど、景色がいいかどうかと問われたら……まあ、よくはない。だって暗くてジメジメした洞窟だし。
「うーん……。ファーブルムに到着するまでの間に、いい景色がないか期待するしかないね」
肩をすくめながらそう告げると、みんなが笑った。