7 〈桃源郷〉観光
「ん~、瑞々しくて美味しい!」
私は露店で売っていた桃を頬張って、幸せタイムを堪能していた。〈大きな桃〉はもちろん食べたいけれど、あれは実家へのお土産なので、帰るまで我慢だ。とはいえ、普通の桃でも十分に美味しい。
「甘いですにゃ~!」
「…………」
タルトも幸せそうに食べているが、ルルイエは無言で食べ続けている。あの小柄な体のどこに大量の桃を詰め込んでいるのだろうか。
私がそんなことを思っていると、ケントとココアが桃をたくさん購入していた。
「たまには実家に持ってってやらないとな!」
「おばさん、ケントが帰ってきたら喜ぶと思うよ」
どこか照れ隠ししながらお土産の桃を買うケントを、ココアがクスクス笑いながら見ている。二人とも、落ち着いたら実家に顔を出すみたいだ。〈転移ゲート〉を使えばすぐに帰れるので、旅先の美味しいものを届けるのはいいことだなと思う。
フレイたちはといえば、私たち食い気組とは違い、〈桃源郷〉の民族衣装を見ているようだ。ルーナがいろいろな服を手に取り、これもいい、あれもいいと選んでいる。ただ、フレイとリーナはあまり興味がないようで、視線が露店の桃に向いている。衣装に興味があるのは、ルーナとミオだけのようだ。
「でも、民族衣装も可愛くていいよね。ぜひタルトとルルに着てもらいたいっ!」
「わたしですにゃ!?」
「服より桃がいい」
私が欲望を口にすると、タルトは照れたがルルイエは全くぶれなかった。うん、桃は美味しいからね……。
「ルルのお小遣いは桃に使えばいいよ。民族衣装は私が勝手に買ってプレゼントするから!」
ということで、急いで買った桃を食べつくして私も服屋へ走る。
服屋内には、色とりどりの可愛らしい服が並んでいた。草花と桃の刺繍が多く、どちらかというと明るい色合いが多い。壁には帽子が並べられていて、服との組み合わせを考えるだけでもわくわくしてしまう。
「あら、シャロンも服を買うの?」
「どれも可愛いですよね」
ルーナとミオの言葉に頷き、私はタルトとルルイエにプレゼントすることを伝える。
「着飾ったら絶対に可愛い!」
「確かに可愛いわね。あ、なら……私はトルテにお土産で買っていこうかしら」
「あ、それいいですね!」
私の主張に賛同したルーナが、トルテの服も選び始めた。せっかくなら、タルトと同じ系統のデザインでもいいかもしれないね。
水色の花とピンクの桃が刺繍されたブラウスを手に取り、その繊細な刺繍に驚く。デザインも細かくて、〈桃源郷〉でしか取り扱いがないのがもったいないくらいだ。
「あら、タルトのはそれにするの? なら、トルテにはこれにしようかしら」
ルーナが手に取ったのは、私が手にしたブラウスと色違いのものだ。黄色の花が刺繍されているので、トルテにもよく似合うだろう。
「いいね! トルテも喜ぶと思う」
「ええ。またキャトラに遊びに行くのが楽しみだわ」
ルルイエには黒ベースの民族衣装を購入することにした。
「よし、これでいいかな?」
私が会計をしようとしたら、ルーナから「ちょっと待ちなさい」とストップが入ってしまった。
「シャロン、あなたの服がないじゃない」
「え、私!? 私は別にいいよ……」
「あら、駄目よ。せっかく〈桃源郷〉に来たんだから、楽しまなきゃ」
そう言うと、ルーナは選んだ服を私に当ててどれがいいか悩み始めてしまった。……これは時間がかかりそうだ。
二〇分ほどルーナの着せ替え人形にされた結果、私、タルト、ルルイエの服が二着ずつ決定していたでござる。なぜ二着……いや、可愛いからいいのか。
私が会計を頼むと、店員のおばさんが目を輝かせた。
「あら、こんなにたくさん。ありがとうね」
「とても可愛かったので、悩んじゃいました」
「確かに、あなたたちが着ている服に比べたらうちの服は鮮やかよね。あ、そうだわ。よかったら、着替えていかない?」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
とんとん拍子に試着室を貸してもらえることになり、会計を済ませた私たちは、全員が民族衣装に身を包んだ。ちなみにケントは違う店でココアに贈っていたので、なんともちゃっかりしていると微笑ましくなってしまった。ふふ、あれでまだ付き合ってないんですよ。
着替えた私たちは、当然〈桃源郷〉観光を続行する。
ルルイエが常に桃を食べながら移動しているけれど、のんびり散歩して街中を見ているだけなので問題はない。歴史的な像などがいくつかあり、小さな泉の側にある桃の木スポットなど、日頃の戦闘の疲れを癒すのにちょうどいい。
「いい街だなぁ」
「桃が美味しいから、ずっとここにいてもいいくらい」
「ルルは食い気以外はないのか……?」
ケントの言葉にルルイエが頷くと、みんなが笑う。
「でも、マジでここの桃は美味いよな。さっきも買ったけど、もっと買っといた方がいいかもしれないな」
「わたしはもう買いつくした」
「え、小遣い全部使ったのか……」
ルルイエは食べ終わるとすぐに〈鞄〉から桃を取り出してまた頬張る、を繰り返している。そのため、常に桃の甘い香りがして……うーん、私もお腹が空いてきたぞ。
ふいに、「あんたたち、見ない顔だね!」と声をかけられた。
「こんにちは」
私が振り向いて挨拶をすると、おばさんも挨拶を返してくれる。
「私たちは冒険者で、ファーブルムに向かう途中なんです」
「冒険者なのかい! ここに来るには、ダンジョンを越える必要があるからね。それなら納得だよ。どうだい、〈桃源郷〉はいいところだろう?」
「とっても」
頷くと、おばさんが〈桃源郷〉にきたならここへ行きなさい! というスポットを教えてくれる。
「南門から外に出たところなんだけど、枝垂桃があるんだよ。立派な桃で見ものなんだけど、なんせモンスターがいるからそう簡単にはいけなくてね」
「ああ、確かに地味に強いモンスターが出ますね」
「そうなのよ」
しかし私たちが冒険者だと知り、それなら大丈夫だろうと教えてくれたみたいだ。
「満月の夜に枝垂桃の下で一緒に桃を食べると、永遠の愛が約束される……なんてジンクスもあるのよ。ふふ、いい人がいたら夜にでも一緒に行っておいで!」
「あはは、ありがとうございます」
なんとも青春なジンクスを教えてもらったけれど、残念ながら私に好きな人はいないし、しばらく恋人を作るつもりもない。ゲームシナリオ通りとはいえ、イグナシア殿下のこともあったし、今は恋より冒険だ!
「南門というと、ファーブルムに向かう途中だったりするか?」
「あ、そういえばそうだね」
フレイの問いかけに、私は頷く。
「今日はもう夕方だし、道中で枝垂桃を見るのもいいかもしれないね」
「見てみたいですにゃ!」
「普通の桃の木も素敵でしたし、わたくしも気になります」
タルトとミオの言葉に、みんなも頷いている。ということで、ファーブルムに向かう途中で枝垂桃観光もすることにした。




