4 〈フラレガエルの沼〉
――さて。
フレイたちのスキル再設定、〈ドラゴンの寝床〉でのレベル上げからのボス撃破で〈ドラゴンの笛〉を取得。それらをすべて終えた私たちは、数日かかってしまったけれど……スノウティアを出発した。
「シャロン、方角は大丈夫かー?」
ドラゴンに乗って先頭を飛んでいるケントが、声を張り上げた。私はそれに頷いて、「そのまま飛んで行ってー!」と返事をする。
「しばらくすると森の向こうに沼地が見えるから、そこを通って行くよ。〈フラレガエルの沼〉っていうダンジョンなんだけど、先に進む抜け道があるんだ」
「「「ダンジョン!?」」」
私が説明をすると、聞いていないとばかりにみんなの声が上がった。
「いやいやいや、冒険の旅だよ!? ダンジョンがあるに決まってるでしょ!」
「ええええ、でもまあ、確かにそうだよな。俺たちは冒険者だし。……ただ、いきなり知らないダンジョンが出てくるのはびっくりするんだ!! 〈フラレガエルの沼〉なんてダンジョン、初めて聞いたぞ!」
ケントの反論に、それは確かにそうだと頷く。この世界ではダンジョンがあまり攻略されていないし、勉強家のケントはきっと本で調べたり冒険者に話を聞いたりしているのだろう。そこで聞いていないのならば、驚くのも無理はない……かもしれない。
「どんなモンスターが出てくるんだ?」
「カエル!」
「ほかは!?」
「大きいカエル!」
「……そうか。カエルしか出ないのか」
「あ、カタツムリのモンスターも出るよ」
そしてこの沼地はずっと雨が降っているので、地味に厄介でもある。多少の戦闘は必要だけれど、できるだけ早めに抜けたいところだ。
そんな話をしているうちに、森を抜けて沼地が見えた。
「お師匠さま、あそこですにゃ?」
「うん。あそこのダンジョンの一層に抜け道があるから、そこを通って〈桃源郷〉に行くよ」
私たちは順番に降下していき、外套を羽織る。仕事を終えたドラゴンは巣に帰っていくので、いったんここでお別れだ。
「……ここが〈フラレガエルの沼〉か」
現実になってから初めて見た〈フラレガエルの沼〉は、儚くも美しい場所だった。
沼という名前はついているが、その景色は一面の紫陽花が広がっている。紫、青、水色、ピンク……と、色鮮やかで誰もが目を奪われてしまうだろう。紫陽花は雨に濡れていて、葉が雫をはじいている。裏側にはカタツムリがついていたりして、常に梅雨を味わうことができる場所だ。
雨はずっと降っていて止むことはないけれど、降水量は時間によってまちまちだ。今は小雨なので、比較的過ごしやすいだろう。
景色を一通り堪能し、私はみんなの方を振り返る。すでに外套を羽織っていて、すぐ出発できそうだ。
「いつもは私が先行して偵察してるんだけど、シャロンのパーティはどうしてるの?」
腕周りを動かしながら、リーナが私を見た。
「うちのパーティに斥候はいないから、前衛を先頭にして慎重に進むだけだよ。私がある程度は知ってることもあるからね」
「オーケー、シャロンだもんね。ドラゴンのときも斥候はほとんどいらなかったし……。今回もなしでいいの?」
リーナの言葉に、私は少し考えてから首を振った。
「ううん、斥候はできる限りした方がいいと思う。お願いしてもいい?」
「オーケー」
私がこの世界を知っているといっても、それはゲーム時代のことだけだし、実際に生身で体験したわけではない。どうしても差異が出る。しかし一番懸念すべきは、〈フローディアの墓標〉のように、私が死んだあとに実装された場所だ。そこの情報は一切ないので、危険だらけ。今後もそういった場所があるかもしれないことを考えると、斥候などはきちんとしておくべきだろう。
……というか、私もある程度は斥候ができるようになった方がいいかな?
なんてことも考えてしまう。私は支援職なので、もし離れたところ――たとえば前衛がモンスターを釣りに行った先で倒れたりしたら、それを助けにいかなければいけない。そういったシチュエーションを考えると、一人で行動する力は大切だ。
「ただいま~。モンスターはいたけど、開けてて見晴らしがいいから危険度は低いね。罠とかも見当たらないよ」
「あ、ありがとう」
考え事をしてたら、リーナが帰ってきた。
特に問題がないとわかると、ケントが人一倍気合を入れる。〈竜騎士〉として前衛をするので、緊張感は誰よりもあるはずだ。
「なら、さっそくダンジョン攻略といくか!」
「私とケントが前衛だな。上手く連携しながら進んでいこう」
「はい! よろしくお願いします!!」
フレイの言葉に、ケントが普段より高い声で頭を下げた。〈勇者〉と一緒に前衛をするというのは、やっぱりケントにとってはすごいことで、楽しみでもあるのだろう。
ケントとフレイを先頭に、ルルイエ、ルーナ、ココア、ミオ、タルト、私の順で進んでいく。リーナは斥候も兼ねているので、都度ポジションは変わる。
「うおっ、きたぞ!!」
「あれが〈フロッピィ〉か? なんだか……可愛い……な……?」
剣を構えるケントとフレイは、〈フロッピィ〉の容姿に拍子抜けしているようだ。まあ、その気持ちはとてもよくわかるよ。
〈フロッピィ〉は蛙をモチーフにしたモンスターなのだけれど、リアルよりではなく、可愛いキャラクターとして作られている。長靴を履いて、あまがっぱを着ていて、武器は手に持っている雨傘。可愛い顔をしているくせに、傘を閉じてかなり鋭い突き攻撃をしてくる。
ケントに気づいた〈フロッピィ〉が、ぐっと足に力を入れて飛び跳ねた。カエルのモンスターだけあって、跳躍力はずば抜けている。
「うわっ!」
跳んできた〈フロッピィ〉に対して、驚いたケントが剣で叩きつけるように攻撃した。〈フロッピィ〉はびしゃりと水たまりに打ち付けられて、周囲に泥が跳ねる。その様子はちょっと間抜けだけれど、これは攻撃チャンスでもある。
「〈必殺の光〉!」
「えっと、〈ポーション投げ〉にゃ!」
私が次のダメージが三倍になるスキルを使うと、タルトは戸惑いつつも、しかし躊躇なく〈火炎瓶〉を投げて攻撃した。もちろん〈フロッピィ〉は一撃で光の粒子となって消えた。
「タルトがこんなに強くなってるなんて、トルテが見たら飛び跳ねて驚いちゃうわね」
「本当にすごいです!」
「ありがとうですにゃ」
ルーナがタルトのことを褒めると、ミオも拍手して絶賛している。タルトは嬉しそうに笑いつつも、「まだまだですにゃ」なんて言っている。だけど、まんざらでもないようだ。そこが可愛い。さすが私の弟子。
「わたくしも、もっと精進しなければいけませんね。この腕輪だって、使いこなすのにまだまだかかりそうです」
「〈冒険の腕輪〉はとっても便利ですにゃ」
「ええ。わたくし、スキルの設定や、アイテムの収納には本当に驚かされました。これがあれば、世界はがらりと変わるはずです。無限の可能性を秘めています……!」
ミオは目をキラキラさせて、タルトにいかに腕輪がすごいか力説している。このまま腕輪の信者になりそうな勢いだ。
「話してるのもいいが、追加の〈フロッピィ〉の大群が来たぞ!」
「あ、はい!」
「にゃ!」
フレイの声に、ミオとタルトがハッとして構えるが、それより先にココアとルーナが〈フロッピィ〉を倒してしまった。五匹はいたと思うけれど、範囲魔法であっという間に殲滅してしまった。
「わたしの出番はなかったですにゃ」
「一瞬で倒してしまうので、わたくしの補助スキルの出番もなかったです」
二人でしょんぼりしてしまっている。
「まあまあ、〈桃源郷〉に行ったら活躍の場はあると思うから……ねっ!」
「! 〈桃源郷〉で頑張りますにゃ!」
「ええ」
私の言葉に、タルトとミオが頷きあっている。それに、IDにだって行く予定なのだ。二人にはこれからどんどん活躍してもらう予定だから、ぜひ覚悟……気合を入れておいてほしい。




