49 決着
7時、12時、19時の3回更新です。
お、お、お、お、お兄様!?
窓から投げ出された私を助けたのは、〈竜騎士〉ルーディット。――私の実兄だ。赤いドラゴンに乗り、上空で私のことを受け止めてくれた。
「……っ、ケホッ」
「ん? 喉に絞めたような跡があるな……。とりあえず飲んで回復しろ」
ルーディットが回復薬をくれたので、私はそれを一気に飲み干す。すると、すぐに喉の圧迫が消えて、声も出るようになった。
……そっか、回復薬を使えばよかったんだ。
気が動転していたこともあって、咄嗟にその判断ができなかった。ゲームでこういった状況に陥ることがなかったので、今まで想定したことがなかったのだ。次があったらちゃんと回復薬を飲もう。
「ありがとうございます、お兄様」
「礼なんていいさ。それより、シャルをこんな目にあわせたやつはどこにいるんだ? あの大聖堂か?」
にっこりした顔をしているが、ルーディットの堪忍袋の緒はすでに切れかかっている。まあ、相手が〈ルルイエ〉だから別にいいんだけど……。
「あそこに飛べます?」
「ああ」
私は自分が吹っ飛んできただろうバルコニー跡地を指さし、無事に生還することができた。
ルーディットにドラゴンから降ろしてもらうと、全員の視線が私たちに集まる。驚きに目を見開いているけれど、ケントとココアは感激の色も混ざっているみたいだ。
「お師匠さま! 無事でよかったですにゃ。ルーディット様。わたしだけではなく、お師匠さまも助けていただいてありがとうございますにゃ!」
「師匠……」
「ルーディット様! また会えるなんて感激です……!!」
「お前、ケント……もう〈竜騎士〉になったのか……?」
今度はルーディットが目をぱちくりさせて驚いている。
「って、それはいい。シャルをこんな目に遭わせた相手はどこにいるんだ」
「あ……」
ルーディットの問いに、ケントが言葉を濁す。何か言いづらそうな様子に、私は首を傾げる。もし〈ルルイエ〉を倒せたのなら、別にそれを正直に言えばいいだけだからだ。
……あ、もしかして逃げられちゃったとか?
「大丈夫。私が吹っ飛んだあとのこと、教えて」
「私が説明しましょう。とはいっても、私たちもどういうことか理解できていないんですがね……」
説明役に名乗り出たリロイは、苦笑しつつ「あれを」と言って、部屋の奥にあった天蓋付きの寝台を示した。
白のレースが幾重にも重なった天蓋だけれど、今はチリチリに焦げてしまったり、寝台の一部も破壊されていて、かろうじてベッドの役割を保っているような状態だ。
しかし、そんなことは些末なことだった。なぜなら――
「え、〈ルルイエ〉……?」
壊れかけの寝台で、〈ルルイエ〉が眠っていたからだ。わずかに聞こえる寝息から、生きているのだということがわかる。
「………………え、ちょっと待って?」
どういうことかまったくわからない。
「言ったでしょう? 私たちも理解できていないと」
「な、なるほどですねぇ……」
確かにこれを理解しろと言われても無理だ。
リロイ曰く、〈ルルイエ〉は私を吹っ飛ばしてすぐ、『アアアァァアァアアアアッ!』と叫び声を上げて倒れたのだという。
「様子がおかしかったこともあって、とどめを刺さずにおきました。シャロンの意見も聞きたかったですから」
「そうですね……」
とはいえ、こんな状況はまったく想定してなかったので、なんと言ったらいいのかまったくわからない。
ただ言えるのは、ただ眠っているだけの幼女にトドメをさすのはちょっと……という心情くらいだろうか。
さてどうしようかと考えていると、「捕まえました!」と三人の〈聖堂騎士〉が部屋に飛び込んできた。さっきここまで案内してくれた騎士たちだ。
「ああ、ご苦労」
「「「ハッ!」」」
リロイがねぎらいの言葉をかけている。いったい何を捕まえたのだろうと見ると、彼らの後ろには縛られたロドニーがいた。
「え、ロドニー捕まえてきたの!?」
「「「はい!! 私たちの忠誠は、〈教皇〉ティティア様に!!」」」
驚く私を横目に、リロイがロドニーに対する処理を進めていく。ひとまず〈聖騎士〉を数人見張りにつけて、地下牢に入れるようだ。
「このまま〈ルルイエ〉も牢に入れられたらいいんですが、私たちの目の届かないところにやるのは微妙ですね」
「それは……そうですね。もし目覚めて暴れようものなら、対処ができないですから」
レベルの低い〈聖騎士〉や〈聖堂騎士〉では、あっさり〈ルルイエ〉にやられてしまうだろう。
「ん……」
「「「――!!」」」
私たちが対応を考えていると、ベッドに寝ていた〈ルルイエ〉が身じろいだ。どうやら目覚めたようで、体を起こして……こちらに顔を向けた。けれど目隠しをしたままなので、その表情を読むのは難しい。
〈ルルイエ〉はゆっくり口を開いた。
「あなたたちが、わたしを助けてくれたのですか?」
「え!? しゃべ……って、そういえば途中から定型台詞以外の言葉を喋ってた気がする……」
今までボスモンスターの〈ルルイエ〉しか知らなかったけれど、この〈ルルイエ〉――ルルイエは少し違うようだ。
どちらかといえば、天使のように意志を持って動く存在と考える方がいいのかもしれない。
「ええと、助けた……というのは、どうしてそう思ったのでしょう?」
私が優しく問いかけると、ルルイエは自身の状況について話をしてくれた。
「いつも、ずっと暗い場所に一人でいました。昔は修道院にも人がたくさんいて、楽しかったのですが……」
綺麗だった修道院は、いつの間にか〈常世の修道院〉にその姿を変えたそうだ。その変化は、ルルイエにも訪れた。闇の女神だった彼女は堕ち、そのままボスになってしまったのだという。
そしてここにきて、ロドニーが現れた。なぜかルルイエはロドニーの命令に逆らうことができず、ここまでやってきたのだという。頭に黒い靄がかかったような状態になり、正常な判断はできないまま戦っていたと。
「けれど、その靄が晴れたのです。しかしすぐに頭が割れるほど痛くなって――そのあとのことは覚えていないです」
「……酷い頭痛で気を失ったんでしょうね」
きっと、私を吹っ飛ばしたときだろう。そして、ルルイエの力を増幅しているとばかり思っていた壁の魔法陣は……ルルイエを縛りつける呪いのようなものだったみたいだ。
「私が魔法陣を壊したので、ルルイエを縛っているものがなくなったんだと思います。今は、気分はどうですか?」
「頭はもう痛くなくて、すっきりした気分です。こんな晴れやかな気持ちは、いつぶりかわからないです……」
目元は見えないけれど、ルルイエの口元は嬉しそうに弧を描いていた。どうやらすべての元凶はロドニーで、この子は被害者みたいだ。
ひとまず――一件落着、かな?
***
クリスタル大聖堂の戦いから一〇日経った。私は戦いやもろもろの疲れから宿でのんびりしています。
「シャロン、お腹すいた」
くいくいと私のローブの裾を引っ張ってきたのは、ルルイエだ。
ルルイエは、結局あのあともずっと正気を保ったままだったので、いったん私が引き取ることになった。処罰が何もないのは、ルルイエが操られていただけだということと、そもそも闇の女神という存在なので人間の法で裁くのが憚られたからだ。
私は〈簡易倉庫〉からできたてのまま保管しておいたお弁当を出して、ルルイエに食べさせる。
今までボスモンスターだったルルイエは、すっかり食の美味しさに目覚めてしまったらしいのだ。美味しそうに、幸せそうにお弁当を食べている。
……ルルイエの件は、とりあえずこれでいいか。しばらく一緒に旅をしてみるのも楽しいかもしれない。
「お茶もどうぞですにゃ」
「タルト……ありがとう。タルトの淹れるお茶、好き」
タルトとルルイエの仲も良好だ。
そしてティティア、リロイ、ブリッツ、ミモザたちはクリスタル大聖堂改め――〈ティティア大聖堂〉に無事戻ることができた。
大聖堂の名前もティティアに変更になり、〈教皇〉に返り咲いたのだ。おめでたいね。
――という感じに終われたら、きっとハッピーエンドだったのだろう。しかし今、一番の問題が残っている。
ダダダダと廊下を走る音が聞こえてすぐ、部屋のドアが勢いよく開いた。
「シャル! 俺もついに〈黒竜〉を倒したぞ! ケントとココアと三人だったけど! いやあ、あの〈剣士〉がここまですごい成長を遂げるとは思わなかった!」
「おかえりなさい、お兄様……」
「おかえりなさいですにゃ、ルーディット様!」
めちゃくちゃハイテンションのルーディットが戻ってきた。その後ろには苦笑しているケントとココアもいる。
そしてタルトが予想以上にルーディットに懐いているので、もしや義姉になる未来もあるのでは……なんて考えてしまったりする。それはそれで楽しそうだけど、タルトは七歳だから普通にルーディットが犯罪者になるから却下だね。
……いや、この世界は日本じゃないからそんな法律はないのか……。
ちなみに、私が実は貴族で、本名がシャーロット・ココリアラだということもみんなに話した。ルーディットの妹だと告げたら、タルトとケントたちにものすごく驚かれた。が、妙に納得されたのが解せぬ。
ルルイエにも「ただいま」と言っているルーディットだけれど、私はそろそろ聞かなければいけない。
「ルーディットお兄様、いつ帰るんですか?」
そう、もうあれから一〇日も経っているのに、ルーディットは一向に帰ろうとする気配がないのだ。いくらなんでも、こんなに長い休暇を取れるはずがない。
私がルーディットをジト目で見ると、「アハハハハ」と乾いた笑い声をあげた。
あ、これ絶対に駄目なやつだ。
「お兄様、きちんと休暇申請をしたんですか?」
「もちろんだ!」
「きちんと日数の申告をしましたか?」
「…………」
問いに黙ってしまったルーディットを見て、私はため息を吐く。つまり、向こうではルーディットが帰ってこなくて大変なことになっているのかもしれない。
「あまりお父様とお母様に心配をかけないでくださいね」
「ああ、そうだな」
ルーディットはふっと微笑むと、「仕方ねぇ」と立ちあがった。
「近いうちに一回帰るさ。シャルが元気にしてるって、母上たちに報告しないといけないからな。……ついでに、イグナシア殿下を連れて帰る」
「ああ……。面倒だと思うけど、お願いするわ」
「兄ちゃんに任せとけ」
イグナシア殿下の一件があったこともあって、ルーディットがここまでツィレに滞在する時間を作れたのかもしれない。
「陛下が怒り心頭だったから、連れ帰ったらきっと大変なことになるぞ~ヒヒヒ」
ルーディットは悪戯が成功した子供みたいな笑い方をしてみせて、「天罰だ! いや、怒られるくらいじゃ割にあわねぇ!」などとぎゃーぎゃー騒いでいる。
……お兄様ってば、子供っぽいんだから。
思わず恥ずかしさに襲われるが、そもそもルーディットは私がイグナシア殿下に酷い扱いをされたから怒っているわけで。
……やっぱり背中を押すべき? なんて思ったりしたりしなかったり。
「ルーディット様はもう国に帰られてしまうんですにゃ?」
「仕事も残してるからなぁ。タルト、今度シャルと一緒に遊びに来い。いつでも歓迎するぜ」
「はいですにゃ!」
タルトは顔をぱあっとほころばせて、「絶対に行きますにゃ!」と返事をする。今から凄く楽しみみたいだ。
そしてルーディットはさらに数日ほど滞在し、ブルームへ帰っていった。
***
「ん~、そろそろ次の目標か何か決めようかなぁ」
私は宿屋のベッドでごろごろしながら、さてどうしようかと考える。ギルドで依頼を受けるのもいいけれど、ほかの街や国に行ってみるのも楽しいはずだ。
……あ、〈聖女〉スキルの検証も進めていかなきゃダメだね。
「思ってたよりやることがいっぱいあるかも」
ただ、調べたいこともある。
「女神フローディアと、闇の女神ルルイエ。それから、天使の存在。何か古い文献があればいいんだけど、どうだろう?」
もしかしたら大聖堂に保管されているかもしれないので、一度リロイ辺りに聞いてみるのがいいかもしれない。それでなければ、ほかの国に行ったり、それこそ〈最果ての村エデン〉に行ってみてもいいだろう。
「そうだよね、エデンはゆっくりできなかったし……。きっと、すっごい景色がいっぱいあると思うし」
今度は観光客として行ってみようそうしよう。
私はこれからやるべきことや、したいこと、たくさんのことに胸を弾ませるのだった。
ということで、本日4巻の発売日でした。
書籍版も楽しんでいただけますと嬉しいです。
書籍を出せるのも、応援あってのおかげです。
ありがとうございます~~~~!




