5話 心月大地
心月大地という名は、北海道稚内では有名だ。
彼は、幼い頃から寺の住職としての勉学を学ばされ、学校に通っていなかった、それ故に、17歳という若さで経典を読み切れる程の学力はあるものの、友達というものがいなかった。
5つ下の弟の空太は、普通に学生として中学校に通っており、それを羨んでいるというのも、周知の事実である。
そんな彼には、特別な力があると言われていて、それを目にした者はこういう。
「心月大地は動物と会話が出来る。」
と。
「ふぅ……。」
寺の勉学を嫌い、動物を友とする大地は、何故か幼少から棍術に長けていて、それでストレスを発散していた。
今日も今日とて寺で父親と大喧嘩をし、そのストレスを発散するべく六尺棒を振り回す。
「来たのだな……。」
一通り六尺棒を振り終え呼吸を整えていると、目の前には一匹の猫がいた、猫は大地の足元にすり寄ると、ゴロゴロと喉を鳴らし首を上げる。
「よしよし……。」
そんな猫を撫でていると、猫は満足げに鳴く。
「今食事を用意しよう……。」
境内をすたすたと歩く大地と、それに続く猫。
猫だけではない、野良犬や小鳥が大地の周りを歩き、飛んでいる。
「まてまて……、今持ってくる……。」
そんな動物たちを、諭すように口を開く大地。
普段は寡黙で、人間相手にはあま喋ることがない大地だが、動物相手にはよく喋る。
それを目撃した人々の立てた噂が「心月大地は動物と会話が出来る。」というものだ。
土間にある台所から、魚やお米を持ちだすと、大地は動物たちに与えていく。
動物たちはそれを甘受し、代わりにと大地の相手をしている。
そんな関係だ、と大地自身は思っている。
「たんとお食べ……。」
笑うことがない堅物、とまで呼ばれる大地が笑う。
人間に心を許すことが出来ず、動物だけに心を許しているからだろう。
「心月大地さん、今いいですか?」
そんな大地に、唐突に話しかけてくる少年の声がした。
そちらを向くと、上下黒のウィンドブレーカーに身を包んだ、坊主頭の少年がいつの間にか境内に入ってきていた。
「……。」
見てみると空太と同い年くらいだろうか、大地よりだいぶ小さい、いや大地が大きすぎるだけなのだが、少年は巨大な大地を見て、臆する事無く話しかけてくる。
「……、儂に何か用か……?」
「貴方を迎えに来ました、坂崎竜太って言います。」
「迎え……?」
眉間に皺を寄せる大地。
竜太は、そんな大地に怖がる様子も見せず歩み寄る、動物たちは食事を終え何処かへ行ってしまい、境内は二人きりになる。
「聖獣の使い、と言えば伝わりますか?」
「……。」
大地はその言葉に、聞き覚えがあった、確か幼少期から、父親が代々伝わるという、心月家の家訓や伝承だと言っていただろうか。
「あれ、伝わらなかったかな……。」
「……、伝わっておるよ……。」
「良かったぁ、伝わらなかったらどうしようかと……。」
こういうことが不慣れなのか、竜太はホッとしたような様子を見せる、その一方で、大地の眉間の皺は深くなっていく。
「……、儂に戦えと言う事か……。」
「えっと、そうなりますね。一緒に来てもらえると助かるんですけど……。」
「……。」
大地の表情を見て、言葉が尻すぼみになる竜太、それはそれは巨大な男が眉間に皺を寄せているのだから、当然と言えば当然か。
「……、お主も戦うのか……?」
「はい、僕も戦ってます。」
「……。」
「えっと、そんなに見つめられたら恥ずかしいですよ……。」
竜太の瞳をじっと見つめる大地。
こんな子供が、戦わなければならない戦場があるのか、と考える。
「……。お主、坂崎竜太と言ったな……?」
「はい、僕坂崎竜太です。」
「……、年はいくつだ……?」
「十三です、それがどうかしたんですか?」
「……、儂の弟が十二でな……、いや……。」
途中で口を閉ざしてしまう大地、これは言ってもいいのだろうか、という雰囲気だ。
「どうかしました?」
「……。いや、お主を傷つけてしまうような……、そんな言葉を吐いてしまうかと思うてな……。」
「大丈夫ですよ?」
「……、そうか……。」
決して話し上手ではない大地にとって、語るというのは難しいことだ。
しかしながら、目の前にいる少年には、何故か話してもいいように感じてしまう、それは竜太が自分と同じ、「特別」な存在だからだろうか。
「……、座ってくれ……。」
「はい。」
境内から寺の廊下へと場所を移し、大地はぽつぽつと話し始めた。
「……、戦いというのは、恐ろしいか……?」
「怖い時もありますよ、でも……。」
「……?」
竜太は少し考える素振りを見せる。
なんと伝えたらいいものか、どう言葉にすれば良いものか、と。
「でも、父ちゃんと兄ちゃんが一緒だし、守りたい弟達がいる、だから平気です!」
「父と兄が……。」
「はい、今回は父ちゃんがメインで動いてて、聖獣の守護者を集めてるんです。」
成る程と首を縦に振る大地。
「父ちゃんはすっごい強くて、僕なんてまだまだ未熟何ですけど、それでも一緒に戦える事、嬉しいし誇りに思ってます。」
「……。」
「今回は特異点的な場所だからって、僕も同行してるんですけど、ほんとに父ちゃんって凄くて、改めて未熟だって思い知らされているんですけどね。」
「……、そうなのか……。」
自分と境遇が似ているような似ていないような。
偉大な僧と言われる父を持ち、幼い頃から寺の勉学を学んできた。
そんな自分と、まだ幼いのに戦っている竜太が似ている気がする。
そういった曖昧な感想しか思いつかなかった大地は、只々首を縦に振る。
「今回デイン叔父さんもいるって聞いて、また会えると思ったんですけどまだ会えてなくて……、って僕は何言ってるんでしょうね。」
「……、構わぬよ……。」
「ありがとうございます、それで……。」
「……?」
再び悩む素振りを見せる竜太に、小首をかしげる大地。
「本当は、大地さん達に戦って欲しくなんてないんです、普通でいられるなら普通でいてほしいから。」
「……?」
何処か悲し気な表情を見せる竜太、大地はその言葉に疑問を持ったが、言葉にすることはしなかった。
「僕、普通っていうのに憧れがあるんですよ。父ちゃんも兄ちゃんも普通でいられたら、どんなに良かったかって、戦わずに済んだらどれだけ良かったかって。」
「……、儂もだ……。」
「え……?」
「……。儂も、寺の外に出られたら、どれだけ良いかと考えておる……。」
空を仰ぎみながら大地は語る。
似ているのだろう、同じ「特別」な人間で、「普通」に憧れを持っていると言う事が。
「……。幼き頃より仏門に帰依した身でな……、学校という所にも行ったことがない……。」
「そうでしたね、大地さんは学校には縁が無かった、って……。」
「……。だから、なのだろう……。弟が普通であることが、羨ましいのだ……。」
「それじゃ僕達、似た者同士ですね。」
寂しげに笑いながら答える竜太。
十三歳だというのに、それまでにどれだけ過酷な経験をしてきたのだろうか。
大地はまだ、何も知らずにいる。
「……。それに、儂には友と呼べる者もおらん……。」
「そう、なんですね……。」
肩をすくめながら話す大地。
弟の空太から聞いたことがある、友という存在、それはとても愉快で、素晴らしい物だと大地は考えている。
竜太はそれを見て何を思ったのか、こう口を開いた。
「じゃあ、僕と友達になりませんか?」
「……?良い、のか……?」
眉間のしわが、驚きで額に移る、それはとても魅力的な話で、それだけ衝撃的な言葉だっただろう。
「ええ、大地さんが良ければですけど。」
「……。人間の友、なんと良き響きだ……。」
「そんなに感動することかなぁ?」
大地がその言葉の余韻に浸っている間、なんだか照れ臭いなと竜太は頬を掻く。
「……では坂崎よ……。」
「あ、竜太でいいですよ?」
「…、わかった、竜太よ……。」
「はい、なんでしょう?」
大地は少しの沈黙ののち、口を開く。
「……。儂は、ここに戻ってくるのだろうか……?」
「……。」
その問いの答えを竜太は、いや誰も知りえない、だから、答えられない。
「……。戻ってこられぬかも、しれぬのだな……。」
「……。」
無言は肯定と受けとり、大地は一人立ち上がり何処かへ行ってしまう。
「帰れるか、かぁ……。」
竜太は一人、そうあってほしいと願った。
「……。父上、聖獣の守り手の使いが参った……。」
「ではお主が選ばれたという事じゃな?」
「……、そのようだ……。」
「ならば語るべくもないわ、行くがよい。」
「……。」
大地の父、宋憲は大地の方を向くでもなく、そう言い放った。
「今まで、世話になった……。」
大地は大地で、それ以上の言葉はなかったらしく、その場を去っていった。
「……。」
宋憲は祈る、息子が無事に生きて帰る事を。
「空太よ……、元気でな……。」
「兄ちゃん、どうしたの?」
「儂は……、旅に出ることになった……。」
「帰って、来る?」
弟の空太が丁度学校から帰ってきた所、大地は声をかけた
「きっと、な……。」
思えば、この弟に嫉妬していた自分がいたな、と思い出すが、しかしそれは、これから過酷な旅をすることになるであろう自分にとって、些細な事のように思えてしまう。
「きっと?」
「うむ……。」
「絶対だよ?」
空太も一族の家訓、伝承は聞かされて育ってきた、故に気づいたのだろう、兄がそれに選ばれたのだと。
「兄ちゃん、絶対帰ってきてね?」
「確約は出来んが、約束しよう……。」
思えば、この弟は自身の嫉妬も知らずに育ち、懐いてくれていた。
大地にとって、唯一心を開くことが出来る相手だったのではないか、と今更になって気づく。
「じゃあ、いってらっしゃい……。」
「うむ……。」
そう言葉を交わした兄弟は、反対の方向へと歩いて行った。
「待たせてすまなんだ、行こう……。」
「もう戻ってこれないかもしれないけど、いいんですか?」
「あぁ、良い……。」
十分と経たずに戻ってきた大地に対し、覚悟のほどを聞く竜太。
「行こう、友よ……。」
「はい、父ちゃん、お願い。」
竜太がそこにいない誰かに話しかけると、2人を魔法陣が包み込み、そして消えていった。
竜太がディセントに戻ってきて、ディンの部屋を訪ねる。
「これで四人全員、こっちに来たってわけだ。」
「ねぇ父ちゃん、本当に大地さん達は戦わなきゃならないの?」
「……。竜太、ここに来る前に伝えた事、覚えてるか?」
「うん……。」
「これはな、本当は俺達が介入すべき戦争じゃなかったんだ。それが大いなる闇の介入でおかしく成っちまった、だから俺達が守護者を育てて守らせる、そういう戦いなんだ。」
「うん……。」
わかってはいる、が感情としてどうしても納得が出来ない竜太。
「彼らは元々、戦いに赴かなきゃならない存在だったんだ、だから俺達が介入しなくても一緒だったんだよ。」
「でも……。」
顔に翳りを見せる竜太。
自分達が戦わなければならないことは、もうわかっているが、大地たちが戦う事に納得が出来ていないようだった。
「竜太はきっと、こう考えてる。俺達が片づければ彼らは戦わなくて済むって。」
「うん……。」
「でもそれはダメなんだよ、竜太。竜神の掟なんだ、先代が世界を分けてから、絶対守らなきゃならない掟だ。」
竜太は優しい。だから、こういう事を言い始める気はしていた。
だからこそ、ディンは言葉を強くして伝える、いつか自分が死んでしまったときに、役目を継がなければならないのだから。
「いいか竜太、掟を破ってしまったらどうなるか教えておく。」
「うん……。」
「守護者のいなくなった世界、存在しなかった世界、干渉が行われた世界はな、崩壊してしまうんだよ。そしたら、そこから年輪の世界全体が崩れてしまうんだ。」
「……。」
「今回の相手は大いなる闇、だからある程度の干渉は許される。でも過度に干渉してしまったら、全部がおしまいになっちまうんだ、わかるな?」
「……、うん……。」
しょげる竜太、大地の姿を見て、思う所がありすぎる程あったが、それを言われてしまったら、どうする事も出来ない。
「まあ竜太の気持ちはわかるよ、昔俺もそう思ってたから。」
「そうなの?」
「あぁ。でもそれをやっちまったら子供達を守れない、お前は弟達を守れなくなっちまう。それは一番嫌だろう?」
「うん……。」
「この世界の事は彼らに任せなきゃならない、それは仕方がないんだ。」
ディンはそれだけ言うと、竜太を大地のもとへ送り返した。
「……。」
「外園さん、入ってきていいんだぞ?」
「では失礼しまして。」
ディンが声をかけると、ドアを開けて外園が部屋に入ってくる。
「先ほどの話、いえ盗み聞きをするつもりはなかったんですがね?」
「いや、外園さんには伝えとくべきことだったから、丁度良かったよ。」
「左様で。先ほどのお話は、どこまでが本当の話なのですか?」
「全部ほんとだよ、むしろまだ話してないデメリットがあるくらいさ。」
ほほう?と鼈甲の眼鏡越しに目つきが鋭くなる外園、世界崩壊以上のデメリットがあるのか、という感じだ。
「まあ、内緒なんだけどな。」
「内緒、ですかぁ。」
あららといった感じの外園、ディンは笑いながら、外園の肩を叩く。
「まあそのうち教える日が来るさ、そん時を待っててくれ。」
「わかりました、その時には全てを語っていただくとしましょう。」
そういうと外園は部屋を出ていき、ディンは一人紅茶を嗜むのであった。
……来るべき闘争の時が来た……
ワシは全てが憎イ!
……そうだ、それでよい……
闘争の火蓋は切って落とされた。
聖獣の守護者達は神々の闘争を鎮める事が出来るのか、それはまだ見えぬ未来の話だ。




