3話 鈴ヶ峰清華
鈴ヶ峰清華。
その名は、全国の県道を嗜む者の中では有名だ。
可憐なれど凶悪、一度触れるや致死に至る毒の華、十七歳という若さで全国大会優勝を総なめ所か、大人に混じってプロをなぎ倒す、若き師範代。
噂によれば、父親の営む剣道場で師範代を勤めつつ、自分より強い相手を探し渇望している、とか。
ただの噂なのだが、実しやかに囁かれているのは、きっとその強さ故の事なのだろう。
鈴ヶ峰家の女性にのみ遺伝するという蒼い瞳から、こうあだ名の様な物がつけられている。
紫陽花の子、見た目は美しく可憐だが、その実毒がある、というものだ。
通っている高校でも、美しいが高嶺の花と言われている。
「はぁ……。」
「ほれ清華ちゃん、華道を志す乙女が挿し花の途中にため息などついてはいけませんわよ?花は活きている、生きていて人の心を写しているのですからね。」
「すみません、先生……。」
華道家元池坊の教室、70代の気品ある着物に身を包んだ老婆が優しく正すと、切れ長で美しいと言われている目元を、困った様に下げたままため息をついてしまう清華。
「貴女の悩みはきっと、若さ故の物でしょう?きっと年を重ねれば馬鹿馬鹿しくもなりましょう。」
「いいえ、すぐにでも捨ててしまい悩みなのですが……。どうにも私には、父の血が濃く流れているようで……。」
襟足で結んでいて、腰まで伸びいている艶のいい黒髪を左右に揺らしながら、雑念を振り払おうとするが、中々悩みは消えないと半ば諦める。
「お父様、そうねぇ……。鈴ヶ峰家は代々、男は剣道女は華道と住み分けをしていたと聞いているけれど、どうやら清華ちゃんは、両方の血を次いで生まれてきてしまったようね。」
「そんなことはないのですが、やはり母が生きていたら私は……。」
憂いを帯びた瞳で、母の事を思い出す。
美しく優しかった母、5つの時に病気で亡くなってしまった母。
当時はまだ死についてわからなかったが、どんどんと弱っていく母を見て、辛かった覚えはある。
そんな母の活ける花はとても美しく、華道の才能にあふれていた、父は剣道の天才と言われ、稀代の才能を持った戦士の生まれ変わりなのではないか、とも言われている。
そんな2人の間に生まれた清華に対する周囲の期待は大きく、負担になってしまっていると言わなければ嘘になってしまう。
「母が生きていたら、きっと私は華道を志していたのでしょうけど、如何せん父の背中ばかり見て育ちましたから……。」
だから華道は向いていない、と清華自身はずっと考えている。
「清華ちゃんの活ける花も美しいですよ、もっと自信を持ちなさい。」
「はい……。」
老婆に諭されても拭えない気持ちは、もう仕方ないと諦めている。
しかし、と考えてしまうのは母の死を憂いているから、なのだろう。
寂しさ、とも少し違う気がする、悲しさ、それとも自分を置いていってしまった事への憎しみ、それも違う気がする。
母の死が実感できていない、それが一番正しいかもしれない、そんな形容しがたい感情が、清華の中で蠢いているようだった。
「お母さま……。」
ぽつりと花を活けながら呟く清華。
その瞳は憂いに満ちていて、とても華道に集中できる精神状態ではなかった。
「きーよっかちゃん!」
「あら玲子さん、どうしました?」
「今華道の帰りなの?」
「ええ、これから道場へ向かう所です。」
華道教室からの帰り道、高校の同級生で、友達の玲子が清華を見つけ話しかける。
華道の教室へは着物で行っている清華は、見つけやすいのだろう。
「ほんっとに清華ちゃんって真面目よね!あたしだったら投げ出してるわ!」
「まあこれも、鈴ヶ峰家に生まれた宿命の様なものですから。」
「そこ!そこが真面目なのよ!清華ちゃんは!」
はて?と首をかしげる清華に、指摘をする玲子、清華にとってはそれが当たり前であり、いまいち理解出来ないといった風だ。
「たまには、気を抜かないと疲れちゃうわよ?」
「といっても、お稽古は毎日しなければなりませんし……。」
「普通の女の子は、そんな毎日真面目にできないわよ。清華ちゃんは、特別なのかもしれないけどねん。」
「そう言われましても……。」
はてさて困った、という風に顔をしかめる清華と、悪気はなさそうな玲子。
対照的な2人が友達というのは、ある種清華が玲子に憧れているから、かもしれない。
「あ!いっけないバイトの時間だ!じゃあまたね!清華ちゃん!」
「ええ、頑張ってくださいね、玲子さん。」
ばいばいと手を振り、走り出す玲子を見つめながら、清華はまたため息をつく、鈴ヶ峰家に生まれていなければ、自分もああなれたんじゃないだろうか、と。
恨んでいる訳ではないが、少し憧れてしまう、多感な17歳という年齢故の、その悩みなのだろう。
「さて、行こうかしら。」
場所は変わり数時間後。
鈴ヶ峰家という武家屋敷には似合わない、紺色のトレンチコートを羽織った女性が、館山にあるその屋敷の敷居を跨ぐ。
「強い気配ではあるけれど、でも、世界を守れる程とは言えないわね、相変わらずだけれど。」
目を閉じ気配を探るその女性。
鈴ケ峰家の中にいる女の子、つまり清華の気配を探知していたその女性、リリエルは、確かに清華は強い気配を持っている、とは感じていた、ただ、ディンや竜太の様に、世界を守れる程の気質の持ち主なのか、と問われると、些か疑問が残るのだろう。
「少し楽しみだわ。」
しかし、血が騒ぐ、というと少し表現が違うだろうが、戦いに身を置くものとして、本能がざわついたのは認めざるを得ないだろう。
切れ長で美しい瞳を開くと、リリエルは武家屋敷の中へと入っていった。
「はぁ!面!」
「一本!」
凛々しい声と共に、清華が面をうち勝利する、相手は成人している男性の弟子で、弟子の中では一番強く、次期師範代候補と言われていた。
「やはり師範代は強い……。」
「女性でまだ高校生だぞ?あんな強さであっていいのか……?」
「父親の才能を受け継いという事だろう、あんな可憐な見た目からは想像もつかない……。」
弟子たちが囁く声が、面防具を外している時に聞こえてくる、それは父を尊敬している清華にとって、喜ばしくもあり悲しくもあった。
母の様な可憐な女性でいたかった清華にとって、強さは誇りであると同時に汚点なのだ。
汚点だという気持ちは、父の血を強く継いでしまっているのだから仕方がない、と考えてはいるものの拭いきれない。
「はぁ……。」
「どうした清華、何か悩みか?」
「いえ……、何でもありません、お父様……。」
道場主である父玄隆が眉間にしわを寄せるが、清華は答えようとはしなかった。
スパルタ教育を受けてきた清華にとって、父玄隆は悩み事を話せる相手ではなかったのだ。
「今日の試合、気が抜けていたように感じたが?」
「いえ、少し華道の方でお叱りを受けてしまいまして……。」
「そうか、華道の事はわからんが、そちらよりも次期道場主として身を引き締めねばな。」
「はい……。」
玄隆としては清華を愛していて、だからこそのスパルタ教育なのだが。
清華にとってはそれは只々、次期道場主になるべく育てられているとしか思えなかった。
「あら、剣道をしているといっても、普通の女の子なのね。」
微妙な空気が流れている中、静かに聞こえてきた声。
「何者です!?」
「私の名はリリエル、リリエル・アステリア・コースト。鈴ヶ峰清華さん、貴女を警護する為に呼ばれた者よ。」
「警護?何のことです!?」
突然現れた女性、リリエル、今までそこにいるという気配すらなかったが、しかしそこに存在していた。
それに驚く清華と、何か思いつく様子の玄隆。
「もしや、言い伝えの……?」
「言い伝え?お父様は何かご存じで……?」
「あら、子供には伝えてなかったのね。でも話は単純よ、清華さんには私と一緒に来てもらうわよ。」
「突然に表れて、突然に何を仰られるのですか!?お父様は何か知っていらっしゃる……?」
話についていけていない清華と、何か納得する玄隆、そして興味なさげなリリエル。
三者三様の反応に、周囲の弟子達はついていけない。
「私を何処に連れていく気かは知りませんが、名前だけしか知らぬ方についていく道理はありません!」
「じゃあ、腕試ししてみる?貴女、強い人を探しているんでしょう?」
リリエルの言葉に、眉間に皺を寄せる清華、訳がわからない、というのが正しい所だ。
「……いいでしょう、誰か防具と竹刀を。」
「いらないわ、動くのに邪魔なだけだもの。」
わからないなりに挑戦を受けようと、面防具を着けながらさらに皺を寄せる清華。
ずいぶん自信家の様だが、しかし自分より華奢な体をしているだろう、と。
「……。」
「あら、武器防具なしだと戦えないのかしら?」
「……いいでしょう、ではお父様。」
「うむ、では一本勝負!はじめ!」
清華は手加減をしながら、胴に一撃を加えようと気合をいれリリエルに向かい、そして驚愕した。
「早い……!」
最低限の動きでそれを避けるリリエル、するりと避けられ、余裕の笑みを浮かべられる。
「そんなものかしら?」
「……!」
手加減をやめ、全力で竹刀を振るう清華、面、胴、籠手、突きを次々と繰り出すが、当たらない。
ひらりはらりと優雅ともいえる動作で、紙一重で躱されてしまう。
焦り、清華は攻撃が当たらないことに焦りと憤りを感じる、それと同時に、わくわくしている自分がいた。
血が、騒いでいるような感覚、強い相手を見ていると感じる、そんな感覚。
「せいっ!」
こんなにも強い相手は、父以外では初めてだ。
憤りと焦りと楽しさ、その3つが、清華の判断力を鈍らせる。
「まだまだね。」
「なに、を……!」
リリエルが嘲笑とも取れる笑みを浮かべ、すっと懐に潜り込んできた。
無防備ともいえるその行動は、清華としては絶好のチャンスだが、それよりも早く。
「はや、過ぎる……!」
「えぇ、早いでしょうね。」
リリエルの手刀が、清華の面防具と胴防具の間に吸い込まれ、止まった。
清華は一瞬何が起きたかわからず、混乱する、理解したときには、リリエルは手刀を収め優雅に佇んでいた。
「みえ、なかった……。」
「そうでしょうね。」
呼吸を乱している清華と、呼吸一つ乱していないリリエル、対照的な2人は、言葉を交わす。
「私もまだまだ未熟と言う事ですね……。」
「そうね、私からすれば。」
「わかりました、お話をお聞きします。」
清華は竹刀を収め、その場に正座する。
「貴女はこの世界を守るために必要な存在なのよ、それと色々とね。」
「世界を、守る……?」
「それについては後で詳しく説明するわ、ここは人が多すぎるもの。」
「では客室に……。」
「そうじゃないの。さあディン君、飛ばして頂戴。」
リリエルがそう言い終えるとほぼ同時、道場の床に光が現れる、それは五芒星の形になり、リリエルと清華を包んだ。
「こ、これは!?」
「怯えなくてもいいわよ、ただの転送魔法だから。」
「魔法……!?」
清華がそう言い終えるか言い終えないかのタイミングで、五芒星が光り輝き、2人は消えてしまった。
「清華よ、勤めを果たしてくれ……。」
玄隆は一人呟くと、戸惑う弟子達にどう説明したものかと悩むのであった。
ディセントは外園邸、ディンが良く茶を飲んでいる、その一室にて。
「ディン君、私達はこれからどうすれば良いのかしら?」
「お帰り、リリエルさん。」
「……。」
「そうだな、これからの話なんだけど……。」
ディンは、何処からともなく現れたリリエルに驚きもせず、説明を始める。
「ルベ……、セレンにはもう伝えたんだけど、リリエルさんと清華ちゃんは島のここ、東の端からここまでを目指してほしい。」
「その道中を警護しろと?」
「それもあるんだけど、もう一つ。」
「それは?」
少し勿体ぶるディンと、それにイライラするリリエル、勿体ぶられるのは、好きではないのだろう。
「特訓だ、清華ちゃんは剣道の師範代としては全国クラスだけど、リリエルさんは知っての通りまだまだ弱い。だから、道中で特訓をしてほしいんだよ。」
「成る程、だからここに直接飛ばさずに東に飛ばした訳ね。」
「そういうことだ、まあうまくやってくれ。」
「わかっているわ、でもその暁には教えてもらうわよ、私の復讐相手の事。」
「わかってるよ、全部終わったらちゃんと教えるって。」
それでいいわ、とリリエルは姿を消し、ディンは一人ため息をつく。
「ディンさん、いくつかお聞きしても?」
「お、外園さんか、どうかしたか?」
リリエルが消えて少し経った後、外園が紅茶を二杯持って部屋に入ってくる。
「まずはそうですねぇ、デイン様とのご関係を。」
「そうか、外園さんはデインのこと知ってるのか。」
「えぇ、ここに来る前、一度だけお会いしたことがあります。」
「成る程。」
ディンは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「デインは俺の叔父さんだよ、竜神の。」
「成る程、やはり関係はあったのですね。」
「なんでまたそういう考えに至ったんだ?」
「勘、ですかねぇ?第六感と言ったところでしょうか。」
「成る程ね、んで次の質問は?」
あっけからんとしたディンの様子に対し、これは質問してもいいのだろうか?という様子の外園。
しかし、探求心の方が勝ったのか、質問を口にする。
「千年前の大戦、私も歴史としてしか知りませんが、その時にディンさんはどうして現れなかったのです?」
「千年前の大戦はこの世界の中で起きた事だからだよ。」
「と言いますと?」
いまいち理由としてわからない、という様子の外園。
千年前に、世界を滅ぼしかねなかった、と言われていた、神々の闘争、それに関してディンが関わっていなかった事、その理由として、この世界で起きた事だから、という説明だけでは、理屈として弱いと感じたのだろう。
「大いなる闇からの干渉があったわけじゃなかった、だから俺の管轄外だって話。」
「成る程……、世界内での騒動では守護者は動かない、と?」
「まあそういうこった。」
少し皮肉めいた口調の外園を気にするわけでもなく、ディンは次の質問はないのかと待つ。
「では次に……、ドラグニートの八柱の竜とのご関係は?」
「彼らも竜神、特殊な系譜の竜神で俺と召喚契約を結んでるんだよ。」
あっさりと答えるディンと、成る程と頷く外園。
「成る程……。」
「他に質問ある?」
「八柱の竜はディンさんがこちらにいらっしゃっている事をご存じで?」
「あぁ、莫竜テンペシアにはもう会ってきたから。もう皆知ってる頃じゃないか?」
「成る程成る程……。」
少し考え込む外園、どうやら次の質問を考えているようだ。
「まあ慌てなさるな外園さんや、時間はたっぷりある。」
「そうですねぇ、また思いついたときにでも教えて頂くとしましょう。」
そう言いながら、茶を飲む外園。
ディンもそれに倣い茶を飲むと、美味いと一言呟いた。




