8話 離れ離れに
「いよいよ明日、出発か。」
機関車に乗り街を見回り、宿へ戻った一行は、各々あてられた客室に戻り、夜を迎えた。
興奮しすぎて疲れたのか、スースーと寝息を立てる蓮の傍らで、窓から海を眺めるディンは考えていた、いよいよ始まってしまう、神々との世界存亡を掛けた戦いが。
「……。」
子供達は勝てるのだろうか?外界から干渉してきてる存在の対処は?と色々と考えが頭の中を巡るが、答えは一つも出てこない。
いつもそうだ、外界に守護者を育てに行ってはこの不安感に襲われる。
周囲はディンを万能の存在、全知全能の存在として扱うが、しかしディンも一介の存在である事に変わりはない、表に出さないだけで、不安が無い訳でも、不安を感じない訳でもない。
……それでも、私はこの世界が大好きだから……
そんな不安の中、とある世界で精霊と人間のハーフに生まれた、守護者の女の子の言葉が頭をよぎる、それは死の間際の、遺言の様なものだった。
まだディンが五十歳程度だった頃、もう千年以上前の話だ、守護者としてまだ年齢の浅かったディンは、世界を守ったのに迫害されたその女の子を酷く哀れに思った、そしてそれと同時に、酷く人間に憎しみと侮蔑を感じていた。
……だからディン…。世界を、人間を憎まないで……
最愛の人であり、ディンの依り代であった戦士、悠輔を一度失った直後の話だった、何故ここまで人間は醜いのか、何故自分達を守っていた存在にそんな仕打ちが出来るのか、そう疑問に思ったのは、言うまでもない。
それからだ、人間を守ることに疑問を持ったのは、人間を守る必要があるのか、守護者に対して悪辣な人間、守護者に対して悪意をぶつけて来る人間を、守る必要があるのか、と。
……お願い、人間を守って……
魔物を生み出し、あまつさえそれから自分達を守る存在を迫害する、そして暫くの葛藤、その後に出した答えは「自分の守りたい者だけを守る」だった。
その為に世界を守ると決めた、その為に世界群を守ると決めた。
……人間を…、人間を愛して……
何故それを今になって思い出すのか、それはきっと、蓮や俊平達聖獣の守り手にそうなって欲しくないからだろう。
迫害される様な事になって欲しくない、人間を醜く思って欲しくない、平和な日常に帰還して欲しい、そう願っているからだろう。
「寝るか……。」
その為に自分がいる、その為に守護者は存在する、そう考えを纏め、ディンは眠りについた。
「……。」
「眠れないかしら?それもそうよね。明日船に乗れば最後、神々との戦いが待っているのだから。」
窓辺に体を傾け、清華は海風にあたっていた、リリエルの言う通り、漠然とした不安と不思議な高揚感で眠れない。
怖いという感情と共に、何故かわくわくしている自分がいる、もしかしたら、これまでの鍛錬の成果を発揮出来るという、そんな感情があるのかもしれない。
もしくは、本能的に強い相手と戦う事を求めている、という根も葉もない噂の通り、自分は強い相手を求めているのかもしれない、それこそ、命のやり取り担ってしまう程、烈火の様な戦いを求めてしまっている、のかもしれない、清華はそれをうっすらと考えた。
「寝なさい、明日は早いのよ。」
「……、はい。」
暫く夜の海を眺めていた清華だったが、リリエルにそう言われベッドに入る、落ち着かないが眠気には抗えなかったのか、少しすると寝息を立て始めた。
リリエルは清華が寝た後、清華がいた窓辺に体を傾け、風に髪を靡かせた。
清華の未来、それがどうなろうと興味はない、外園が言っていた様に死んでしまったとしても、滅びの未来だったのだとしても、復讐さえ果たせればそれで良い。
自滅願望、とも違うが、リリエルは未来を視る事をしなかった、夢見る事をしなかった、ただ復讐を果たし、そして自分は当然の様に死んでいくのだろう、と考えていた。
「俊平、怖いか?」
「……、あぁ……。」
「そうだろうな、俺も怖い。」
「セレンさんも……?」
場所は変わり俊平とセレンの部屋にて、俊平は不安げな顔をしていた、自分も実力を少しずつつけて来たが、それが神に通用するのか、と。
ふと、首からぶら下げている勾玉を握りしめてみると、ほんのり暖かい。
これは、このジパングの神である朱雀の力が宿った物、そして俊平達の為に千年間受け継がれて来た物。
「ふぅ……。」
「まあそんなに不安がってても仕方がねぇ、今日は寝ろ。」
「わかった……。」
俊平は勾玉から手を放し、大きな不安の中ベッドに入り眠りについた、セレンもすぐにベッドに入り、眠りに落ちた。
夢の中で未来を見ながら、お互い、それぞれの夢を見ながら、まどろみの中に落ちていった。
「ウォルフさん、今までありがとうございました。」
「なんだね?藪から棒に。」
「いや、マグナってところ着いたらお別れだって聞いてたので……。。今の内にお礼を言っておこうと思って。」
修平は窓辺のテーブルに座り、正面に座っているウォルフに頭を下げる、ウォルフがいなかったら、ここまで強くなるどころか、魔物一匹倒せなかっただろう。
それがここまで強くなれた、それは紛れもなくウォルフのおかげだ。
「そういう事は終わってからいうもんだぞ、修平君よ。」
「ははは、それもそうですね。おやすみなさい。」
強くなり、より強くなり、妹を守る、それだけが修平を突き動かす感情、それだけが修平にとって生きている意味、それを果たすべく、覚悟を決め修平は眠りにつく。
「やれやれだ、修平君よ。」
そんな修平の心を知ってか知らずか、ウォルフはベランダに出て、海を眺めた。
潮騒は何処の世界に行っても変わらない、潮騒、それは何処の世界でも、海がある限りは聴ける音だ。
それを聴きながら、ウォルフは未来を憂う。
修平が勝ってセスティアに戻ったとしても、今までの生活を続けようとするだけなのだろう、力を得た以上、元の生活が出来るとはウォルフは考えていない、それはディンも一緒だろう、力を持つという事は、それ相応の責任が発生する、それを知らずにいる修平達は、どうやってそれを知っていくのか、誰かが教えなければたどり着けない答えなのだろうか。
そんな事を考えながら、潮騒に耳を傾けていた。
「……。」
「大地さん、寝なくて平気ですか?」
「うむ……、もう少し瞑想をしたら寝る……。」
大地は部屋の隅で瞑想をしていた、これからの戦いを憂いながら。
勝てるのだろうか?そもそも戦えるのだろうか?神という天上の存在に、自分達が挑まなければならない、その恐怖が、その恐れが、煩悩を騒がせる。
煩悩を消すために座禅を組み瞑想をするが、しかしその悩みは消えてくれない。
「ふぅ……。」
「寝ましょう、明日から大変ですから。」
「うむ……。」
深くため息をつき、大地はベッドに入った。
暫くは悶々と悩んでいたが、今悩んでも仕方がないと考え眠りに落ちていった。
「さて、ここからが本番だ。みんな、覚悟はいいか?」
翌日早朝、船着き場にて、船員達が朝日に照らされながらバタバタと出港準備をしていて、街を日が照らし始めている中、ディンは皆を集め、ぐるりと見回しながら問う。
誰も彼も覚悟は決まっているかわからない、本当に戦えるのかわからない、そんな顔をしていたが、しかしそれでも戦わなければならないのはわかっている、そんな表情をしている四人を見て、ディンは少し笑う。
「じゃあ、出発しようか。」
「お船乗るの楽しみ!」
「そうかそうか、行こうな蓮。」
「うん!」
そんな中、とっくのとうに覚悟が決まっている蓮は、無邪気に笑う。
事の重大さはわかっていたが、その中で八か月も絞られて来たのだ、覚悟の一つや二つ、出来るというものだ。
「よお兄ちゃんたち、乗るのかい?こいつはソーラレス行の船だが、十一人だから、十一ゴールドになるぜ。」
「はいよ、これでいいか?」
「確かに、じゃあ乗ってくんな。」
「さ、乗ろうか。」
緊張した面持ちの四人と、わくわく顔の蓮、至って普通といった表情の外園とウォルフにリリエル、楽し気なセレン、全く違う表情をした十一人が、船に乗った。
蓮が振り向き、平和な街を見ると、それは朝日に照らされ美しく映る、そして蓮の視界に一匹のカモメが映り、そして街の方へ去っていった。
「船を出すぞー!」
船頭が怒鳴り、錨が上げられ、蒸気が煙突から噴き出し、爆音が鳴り響く、鉄で出来た世界を周る船が、今出港した。
「海きれい!」
「そうだなぁ、綺麗だな。」
透き通った青い海を航海する船の上、蓮は初めて乗る船に興奮し、はしゃいでいた、ディンはそれを嬉しそうに眺め、返事をする。
「お船こんなにおっきいのもびっくりした!」
「おぉそうか、そういえば三宅島にはそこまで大きな船は着かないんだったかな?」
「うん!だから、こんなおっきいの初めてなの!」
嬉しそうにはしゃぐ蓮、海を眺めながらわくわくしている、そわそわと落ち着きがなく、本当にどこにでもいる子供の様だ。
「はぁ……、なんであんな楽しそうに出来るんかなぁ……。」
「蓮にとっては冒険の旅っていうのと、色々と初めてだから楽しいんだろ?」
そんな蓮を見て、俊平がため息をつく。これから神を討ちに行くというのに、あのはしゃぎっぷりだ。
ため息をつきたくなる気持ちも、セレンにはわかるにはわかる。
「でも俊平、おめぇも船とか初めてなんだろ?少し楽しんできたらどうだ?」
「楽しむっつっても、何しろってんだ?」
「こー、海見るとかよ。なんか、色々あんじゃねぇか?」
セレンには中々思いつかないらしいが、確かに楽しむ方法はありそうだ。
元居た世界ではあまり見ない蒸気で動く船、沖縄とも甲乙つけがたい青い海、しかし、それらを楽しむ気分には、とてもではないがなれなかった、それよりも、これから赴く戦場の方が気になって仕方がない。
俊平の頭の中は、神々とはどんな姿をしていて、どれだけの強さを持っているのかという事でいっぱいになっていた。
「……。」
「緊張しっぱなしね、そんなので大丈夫なのかしら?」
「……、すみません……。」
船室にて、清華は険しい顔をしていた、清華もまた、神々との争いに構えていて緊張している様だった。
「謝っても何も変わらないわ、少しは緊張をほぐしたらどう?」
「……。」
そう言われはするものの、しかしそれは難しい、逆にどうすれば、緊張せずにいられるのか、それを聞きたいくらいだ。
しかし、リリエルはそんな事まで教えてはくれないだろう、それは良くわかっている、もう三か月も共に過ごして来て、戦闘を教えて貰ってきているのだから。
「私達はマグナに着いたら消えるわ、後は自分達で何とかしなさい。」
「わかっています……。」
わかっている、何度も言われた事だ、しかし想像もできない、リリエル無しで戦うという事が。
それがまた、清華の緊張をより一層深いものへと変えてしまっていった。
「海、綺麗ですね!」
「hahaha! そうだな、この海は汚れていないな。」
甲板にて、海を眺めていた修平と、その傍にいたウォルフ。
二人は楽しそうに笑いあいながら、旅を楽しんでいる様だった。
「修平君よ、お前さんはこの旅が終わったらどうする?」
「どうするって…。元居た世界に戻って、元してた生活に戻るだけですよ。」
妹を守る為の生活に、その為に生き残った者として、元居た生活に戻るのが、少し楽しみではある。
今の力を見たら妹がどれだけ驚くか、それにわくわくしている自分がいる。
「本当にそれでいいのかね?」
「どういう事ですか?」
「まあ、そのうちわかる日が来るさ。」
ウォルフは何か言おうとしたが、途中でやめて誤魔化す、今の修平に言っても伝わらないだろう、とそう考えていたからだ。
いつかわかる日が来るだろう、知らなければいけない日が来るだろう。
「……。」
「大地さん、顔色悪いですけど、大丈夫です?」
「気分が、悪い……。」
「あ、もしかして船酔いしました?酔い止め……、は無いしなぁ……。」
船室の一部屋にて、何やら顔の青ざめている大地、どうやら初めて乗る船で、船酔いしてしまった様だった、船が右に左に揺れるたびに、気持ち悪そうに口を抑える。
「あちゃー、まさか船酔いするなんて……。」
「すまぬ……。」
「いえ、大地さんのせいでは無いですから。ただ、船旅長いから慣れないとちょっと辛いですね。」
気分が悪い大地を支える様に、竜太は手を添える、そして背中を摩りながら、宥めていた。
船旅に慣れていない竜太には、それくらいしかする事が出来なかった、ディンなら何か対処法を知っているかもしれないが、頼りすぎるのも何か違う気がする。
うーんと唸りながら、竜太は大地の背中を摩る。
「船旅というのも久しぶりですねぇ。」
外園は一人、甲板で風にあたっていた。
「あれから何年経った事やら。」
最後に船でジパングに渡ったのはいつ頃か、その時の事を思い出す。
「いやぁ、あの時の茶は美味しかったですねぇ。」
その旅の内で印象的だったことを思い出す、とある女性が淹れてくれた茶、その美味しさに思わず感動したことを。
「彼女は今、何をしているのやら……。」
ジパングに着いたっきり別れてしまったその女性を思い出し、どうしているかと感慨にふける、その後ろ姿は、どことなく哀愁が漂っていた。
「そろそろだな……。」
甲板にいたディンが、呟く。
何かが近寄ってきている、そしてそれを探知していた、しかしそれもまた、乗り越えるべき試練の一つだと考えているのか、何もしようとはせず、それの襲来に備えテレパシーで全員を甲板に呼んだ。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん?まあな。蓮、俺と離れ離れになっても頑張って戦うんだぞ?」
「え?うん……。」
不意に言われ、不安げに答える蓮。
なんとなくわかった、この後そういう事が起きるのだと。
ディンが意味のない事を行った事はない、だから、之からそう言う事が起こる、離れ離れになって、自分達だけで戦わなければならない事態が起こる、と。
「父ちゃん、どうしたの?」
「お、竜太に大地君。清華ちゃんとリリエルさんももうすぐ来るかな?」
「多分来ると思うけど、どうしたの?」
「いや、そろそろ来るかなと思ってな。」
「……?」
そこにリリエルと清華もやってきて、甲板に全員が揃う。
「何かしら?」
「今にでも来るから、構えておきな。」
「何が来るのかしら?」
「……。」
ディンが口を閉ざし、来るぞと笑ったその時だ。
バシャ―!っと大きな水音が聞こえ、水しぶきが甲板に降ってくる。
「ク、クラーケンだー!」
船頭が大声を上げる、その大声とほぼ同時に、複数個所から水しぶきが上がり、船が大きく揺れ、超巨大なイカの足の様な物が目に入る。
「な、なにこれ!?」
「oh! こいつはクラーケンだな!」
修平が悲鳴の様な声を上げると、ウォルフが冷静に答えを出す、リリエルやディン、竜太も冷静で、セレンや聖獣の守り手達はパニックになっている。
「ど、どうしよう!?倒せる!?」
「いや、今のみんなの実力じゃ倒せない。脱出しよう。」
蓮が倒そうと剣を抜き構えるが、ディンが制止する、ディンにとっては丁度いい、皆に強くなってもらうにも、冒険に慣れてもらうのにも。
「竜太、そっちは頼んだぞ。」
「え!?」
「みんなを導くんだ。」
そういうとほぼ同時に、ディンは魔力を練り上げる、すると一行の足元に魔法陣が現れ、それはそれぞれの足元に二色で分けられる。
竜太以外の指南役と外園は赤、聖獣の守り手達と竜太、蓮は青色、それを見て、竜太はディンが何をするつもりなのか理解した。
「……わかった!」
『同時転移・選。』
ディンがそう唱えると、魔法陣が輝く、聖獣の守り手達が眩しさに目を瞑っていると、視界が歪む。
それに目を白黒させている内に、目の前が真っ暗になった。
一行が消えた、その直後、クラーケンの足が甲板に叩きつけられる。
砕け散る木片、沈んでいく船、船に乗っていた他の客や船頭、船員を巻き込み、クラーケンが全てを喰らいつくしてしまった。
クラーケンが深海へと戻る、静けさを取り戻した海、波がクラーケンの食い残した木片や鉄の欠片を流していった。
「……、ここは……?」
さざめく波の音と共に、視界が開ける、大地は戸惑いながら周囲を見渡すと、修平と俊平に清華、蓮と竜太だけがいた。
「僕達、転移したんですよ。父ちゃんの力で、父ちゃん達とは別の場所に。」
竜太以外は皆戸惑っていて、大地と同じく周りを見回している。
「お兄ちゃん達は……?」
「別の所に転移したんだと思うよ、僕達に修行の続きをさせるために、ね。」
「そんなぁ……。」
蓮がディン達の行方を案じると、竜太は事実を伝える、蓮はディンの言っていた事はこれかと、肩をがっくりと下げる。
「とりあえずここが何処か確認しましょう、動くにも場所がわからないと何も出来ない。」
「そ、そうだな……。」
「俺達だけ、ほっぽり出されたのかよ……。」
「きっとディンさんにも考えがあっての事でしょう、私達は私達のやるべきことを。」
「ディンさん、なんで蓮君まで……。」
それぞれが所感を述べながら、移動を始める、未知の土地、まだ見ぬ脅威へと不安を募らせながら、冒険というものが始まってしまった。




