7話 一か月後
「蓮君、修行は順調ですか?」
「うん!僕、強くなってるってお兄ちゃんが言ってた!」
「そうでしたか、それはそれは。」
修行を初めて一か月、聖獣の守り手達を連れてくるまで、残り五か月という所まで、時間は進んでいた。
蓮は順調に攻撃方法を覚えていき、筋力もだいぶんついてきた、現在の蓮の身体能力的には、一般的な成人男性よりも少し筋力が高い程度、だろう。
その一般的な成人男性の筋力量な外園が、試しに腕相撲をしたら、負けたレベル、と言えば、その成長度合いの速さは伺えるだろう。
現在ディンは出かけている、蓮は外園が昼食を用意していたのを食べながら、話をしていた。
「ふー……。」
「あ、竜太君!」
「蓮君、お疲れ様。」
「お疲れ様ー!」
そこに、リリエルから一通りの技を教わり、そしてトンファーの修行をしていた竜太が現れる、竜太は一人でも修行を続けていたが、中々トンファーは上達しない、とぼやいていた。
現在はセレンが鍛造したトンファーを使っているのだが、普段使っている竜神剣との違い、について考えると、だいぶん扱いづらいだろう、と竜太は捉えていた。
「竜太君はトンファー頑張ってる?」
「そうだね、使いこなせる様にならないと、駄目だと思う。」
「そうなの?」
蓮は、竜太が剣を使っている所を見た事はなかった、竜太がディンと同じ剣を使っている、という話は聞いた事があったが、それ以上の事を知らない、それが現状だ。
ディンが剣を振るっている姿も見た事がない蓮からしたら、ディン達がどこに剣を隠していて、どうやって戦っているのか、それは想像が出来ない事なのだろう。
想像出来ない、と言うのは文字通り、竜太達が剣を使っていると話を聞いただけで、それを出来ると思っていない、というレベルだ。
竜太はトンファー使いだと思っているし、そもそもトンファーを他に見た事が無い蓮にとっては、それが全てであり、認知出来る限界なのだろう。
「竜太君って、本当に剣を使うの?僕、見た事ないよ!」
「おや蓮君、それは奇遇ですね。私も、竜太君やディンさんが剣を振るわれている所を見た事がありませんね。ただ、竜太君達が剣を振るうというのは、悲しみを断ち切る為、癒す為だと聞いていますから、ある意味それをしないでいられる内は、その方が良いのかもしれませんね。」
「その方がいいって、どういう事ー?外園さん、竜太君が剣を使ってる所見た事ないのー?」
「はい、見た事がありません。ディンさんの言葉を鵜吞みにするのであれば、竜神剣や竜神王剣とは、闇を癒し還す剣、安易に振るうものでもないのでしょう。闇を癒し、還す剣、それがどんな形状をしていて、どんな効果をもってして、そう言われているのか、については私も知っておきたい所ですがね。」
昼食を持ってきた外園が会話に加わり、そう言えば外園も竜神剣を見た事が無いな、と話をする。
蓮は、闇を癒し還す剣、という所に?マークを浮かべていたが、それを理解するのは、蓮の歳では少々難しいだろう、と外園は考えた。
竜太も、剣の持っている意味自体は知っていても、それがどうやってそれを成しているのか、に関しては知らない、ディンが知らせていないのだろう、竜太自身、闇を癒し還す剣、という話自体は聞いていたが、それがどうやって、何を以てして成しているのか、についてを知らないのだ。
「闇を癒し還す剣、ってどういう事ー?」
「うーん……。僕も、それの意味については自分で考えろって言われてて、まだ答えが出てないんだよ。父ちゃんには、自分で答えを出さないと意味がない事だ、自分で答えを知らないと、後悔する事だ、って言われてるよ。」
竜太に蓮が話を振るが、竜太自身知らない事だ、剣をふるっている者として、それはいただけないとディンに言われていた、早く意味を見つけて、早く理由を探して欲しい、と言われていたが、考える事が苦手な竜太は、それを見出せずにいた。
外園も、その概要だけは知っている、内容については知らされていない、という顔をしていて、この場にはその答えを持っている存在はいない様子だ。
「ただいま帰還した。Oh!何か悩み事かね?少年達よ。」
「あ!ウォルフさん!あのね、お兄ちゃんと竜太君の剣?の、闇を癒し還す剣、ってどういう意味なのかなって!」
「ふむ、それを竜太も知らんと来たか。……。竜神王サンは、自分自身で答えを出せと言いそうだな、彼はそういう奴で、その剣にはそれだけの事をする意味がある、と見たがね。そうだな、俺から言える事もない、俺も知らんのだからな。まあ、大いに悩むと良い、少年達よ。外園君は、少年という歳でも無いと思うがね。」
ウォルフは、時折外園を子ども扱いと言うか、青年として扱う事がある。
実際には外園の方が何倍も十何倍も年上なのだが、如何せん見た目が二十代、ウォルフが人間として正しく五十代なのもあり、ウォルフからしたら、外園は若く見えてしまうのだろう。
事実、外園は若い方ではある、数千年数万年を生きる妖精の中では若輩者であり、そう言った扱いにも慣れていた。
だから、ではないが、ウォルフに少年達と加えられたとしても、違和感や忌避感を感じない、それが妖精社会にいた頃は当たり前だったのだから。
「それで、ウォルフさんの担当されている、河伯修平君でしたか、彼はどうしていらっしゃるので?」
「いつも通りの生活、いつも通りのルーティーン、と言った所だな。些か華には欠ける生活だがね、それが若者にとっては平和なのだろうな。竜太は大地君の所に行かなくても良いのかね?だいぶん顔を見ていない、と言っていたが。」
「そうですね、そろそろいかないといけないと思います。いい加減自分のことばっかり二集中してたら駄目ですね。」
ウォルフが指南をする予定の青年、河伯修平、その現在を見ているウォルフは、かつての自分を思い出していた。
まだ父がガンナーの英雄として健在だった頃、英雄譚を聞かせてもらいながら育っていた頃の話、まだ未来など知らず、今の道に至るとは考えもしなかった頃、それが、現在の修平だ、と感じていた。
些か華に欠けるが、という発言は、女っけがない事を言っているのだろう、リリエルも言っていた、清華は男の気配がしない、監視していて、男と話す様子すら見せない、と。
逆にセレンは、俊平は彼女がいるらしい、たまに男女でむつまじく歩いている姿を見かける、と言っていて、竜太に至っては、大地はそもそも寺から出ない、学校に縁がない事はディンからあらかじめ聞いていたが、ここまで外界との繋がりを断っているとは思わなかった、と言うのが感想だった。
「さ、召し上がってください。リリエルさんの分は、いつも通りお部屋に持っていきましょう。」
「外園君も世話焼きだな、リリエルちゃんが腹を空かせて降りてくるのを待っていれば良いだろう?彼女も子供じゃない、その程度のわきまえはあるはずだがね?」
「そうですね、それはそうなのでしょう。ただ同時に、リリエルさんが私達と食事を共にしたくない理由、もわかるのです。ですから、食事を持っていく程度は何の世話にもならないのですよ。」
「甲斐甲斐しいな、外園君は。」
外園は、ディン以外の食事を出してから、リリエルの分は部屋に持っていく。
リリエルはまだ戻ってきていないが、基本的には食事を取らない事はない、リリエルが自分達を仲間だと認識していない、と外園は感じていたが、しかし、食事だけは食べてくれる、それだけでも安心するのだろう。
仲間との繋がりは大切だ、と外園は認識していた為、自分達を仲間だとリリエルが認識していない事、については心を痛めていたが、食事まで取らずにいる、という事にはならなかった事、それを安心材料にしていた。
「……。」
外園が食事を持ってきて、少し経ってから。
セスティアからディセントに戻ってきたリリエルが、居室のテーブルに置かれていた食事に手を付ける。
毎度毎度、毒が入っていないか、何か仕込まれていないか、と匂いを嗅いで確かめるのだが、それも最近は頻度が減ってきた、それだけ外園の事を信用している証拠なのだろう。
ただ、信用はすれど信頼はしない、それが現在のリリエルの感情で、信用して食事などを取ってはいるが、信頼にはまだ値しない、信頼した所で、この世界から離れたらそれまでの関係値なのだ、と考えていた。
「……。美味しいのね、彼の料理は。」
美味しい、という感情も、思えば捨て去ろうとしていた感情だった。
かつて、と言っても七か月前まで暗殺稼業をしていたリリエルは、感情という感情を捨て去ろうとしていた、感情を持っていても意味がない、自分は殺人の為の機械なのだから、そう師匠にも叩き込まれてきた、お前は殺人をする為の機械だ、そう言われ続けて、リリエルは育ってきた。
その師匠の言葉通りにする、という感情でもないのだが、殺しに感情は不要だ、とリリエルは考えていた、考えるだけ、感情を向けるだけ、自分の心というものが腐っていく、と。
心が無い、まるで心が無いみたいだ、そう言われたのも何時の話だったか、感情という感情を失いかけていたリリエル、そんなリリエルを繋ぎとめたのが、竜太の存在だった。
竜太に似ている少年、と関わりのあったリリエルは、その関係性を誰かに話すことはしなかったが、その彼が生きていたら、もしも生きていたら、殺めていなかったら、感情を捨てないでほしい、そう願っただろう、とリリエルは思い至った。
そうでなかったら、竜太とであっていなかったら、今頃リリエルは復讐心だけを残した怪物になり果てていただろう、復讐の事以外を考えない怪物、復讐しか目的のない怪物、になっていただろう。
現在それが違うのか?と問われると、わからないと答えるだろう、リリエルの中に、復讐心以外の感情があるのは事実、ただ、その感情の正体がリリエル自身にもわかっていない、リリエルは、この感情の正体を知らない。
ただ、それは大切なものだ、と認識はしていた。
それをなくしてしまったが最期、自分は怪物になり果てるのだろう、復讐の為だけに生きる怪物、になるのだろう、と感じていた。
自分で思っている以上に、リリエルは崖の淵に立っていた、竜太と蓮という存在がいて、やっと人間らしい感情を持った、取り戻した訳ではないが、ぎりぎりの所で、人間として成立している、と言うのが現状だろう。
「……。」
少なくとも、ディンはそう考えている、リリエル本人が自覚していない部分、リリエルが心に蓋をした部分、それがなくなってしまったら、リリエルは怪物になってしまうだろう、ディンはそう考えていた。
怪物になってしまったら、ディンにとっては倒さなければならない存在になりかねないリリエルを自分達と同じ側の存在としてディンは認識していたが、復讐のための機械、担ってしまった時、リリエルの心は完全に闇へと堕ちてしまうだろう、とディンは予測を立てていた。
そんな事を知ってか知らずか、リリエルは竜太と蓮に心を開いていた、外園達に比べたら、の話かもしれないが、とある少年に似ている竜太と、復讐を果たしこの世界にやってきた蓮、に関しては、リリエルは甘いと言える程優しかった。
「……?」
食器を取ってスープを飲もうとすると、その下に手紙が置いてある事に気づく。
ー時には共に食事でも取りましょうー
そう一言だけ書いてあった手紙、外園がリリエルを気遣って置いていたのだろう。
「まったく、私に構っても……。」
仕方がないでしょうに、とは言えなかった。
道中が重なっただけの相手、ただ現在進行形で同じ方向を向いているだけの存在、しかし、リリエルにとっても、外園達にとっても、良くも悪くも、その関係性は変わろうとしている、そんな予感がしていた。
ディンはそれに気づいているだろう、心を読めるのだから、それ位の事はわかっているだろう。
「……。」
次の食事、夕食は顔を出そうか、と考えるリリエル、自分も甘くなった、と認識していた、少し前のリリエルだったら、そこまではしなかっただろう。
蓮が来て、良くも悪くも変わった、復讐を果たした少年が、何処に進んでいくのか、それに興味を持ってしまった、リリエルは自身の心境の変化をそう捉えていた。
それがどの様な末路で、どの様な道で、それを知りたい、と。




