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月面少女と月下の魔女  作者: 吉田エン
二章 最終技術
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2.5. アリアンロッド

 彼女は私を知っている。いや、私がなくした記憶を、か? 確かにツクヨミという言葉には聞き覚えがある。身に覚えもある。だが今の自分とは、何かが直結しない。ひょっとして人違いか? 私はツクヨミという何者かと関係があり、記憶が混乱しているだけなのでは?


 無数の疑問で頭が一杯になり、アカネは声を発することが出来なかった。しかしロッドはそれを不思議がる様子もなく、薄い皮膚をしわくちゃにして楽しさを表現した。


「なんだよツクヨミ! 久々に会ったってのに、そりゃないだろ! 何か言えよ!」


 アカネはすぐ、膨大な疑問に蓋をした。今はとにかく話を合わせ、何でもいい、情報を引き出さなければ。


「まぁ、色々あってね。びっくりしただけ」


 ふぅん、とロッドは唸り、にたにたと笑いながらどこか動物的な動きでアカネの周りを歩み始める。


「色々ね。私も色々あった。<連合>のマーティン。使えるよ、あいつは」


「あいつが? どう見ても頭のおかしい馬鹿にしか見えないけど」


「そう! 馬鹿なのあいつ! びっくりするくらい馬鹿! でもね、野心家なんだよ。そういうのは使える。それでそっちは? クーを殺したの、あんた?」


 クー。あの頭を吹き飛ばされた少女が、そんな名前を口にしていた。


 これは難しい。簡単に答えられない。


 その一瞬の逡巡に、ロッドは相変わらずの怪しげな笑みをアカネに突き出した。


「あんたはずっとクーを嫌ってたからね。いつも酔っ払ってるイカれ野郎だって。一番の容疑者だ。セレネだってそう考えてるに決まってる」


「待って。私じゃない」その方向が妥当そうだ。「あいつは<魔女>にやられたんだよ」


「まさか。連中がMMWの装甲を破壊できる武器を持ってるはずがない」


「その油断が彼女を殺したんだよ」


 ロッドは表情を変えた。元の恐ろしげな、何物も見逃すまいとした瞳だ。彼女はそのまま数秒考え込むと、真剣な眼差しでアカネを見上げた。


「私たちは上手くやれてないよ。見ただろう、<連合>の装備を。連中は着実に旧世界の遺産を狩り集めてる。特に武器をね」


「らしいね」


「それで、<魔女>もヤバい? 駄目だよ。このままじゃ<母さん>に叱られる。私たちは十二人、いや、今じゃ十一人しかいないんだ。いずれ次が来るだろうけど、はやく何か手を考えないと――それでもセレネは言うんだ。全て計画通りにって。馬鹿げてるだろう、おかしいよ! あいつはいつから私たちの<母さん>になったんだ?」答えないアカネに、彼女は一層怪訝そうに見つめた。「――なんて、乗ってくるはずないか。あんたは頭いい。どうせ私がセレネに言われて来たと思ってるんだろ」


「かもね」


 答えたアカネに、ロッドは眉間に皺を寄せた。


「何か変だな。あんた、ほんとにツクヨミか?」


 そのまましばらく、ロッドはアカネの瞳を凝視する。


 ここで逸らしたら殺される。そう考えて必死に恐ろしい眼圧に耐えていたが、やがて彼女は怪訝そうにしつつも、身を離した。


「まぁいいや。じゃあ、またね」


 そして背を向け、部隊が駐屯している方向へ去って行く。彼女の姿が見えなくなると、思い切り息を吐き出して壁に手を突いた。寿命が十年くらい縮んだような気がする。頭から血の気が引いていて、疲労困憊していた。


 それでも、何とか乗り切ったらしい。よろよろと<アーカイバ>の基地に戻りつつ、彼女の言葉を思い出せる限り思い出そうとした。


 ロッドはクーと同じ、<魔女狩り>――<娘たち>の一人だ。それは間違いない。噂通り彼女たちは、最終技術が世に氾濫するのを防ごうとしている。しかしその総勢が十二人――一人減って十一人しかいないというのは意外だった。たったそれだけでは<月下>を監視するのに精一杯で、とても<連合>にまで手は回らないだろう。


 おかげで連中は、着実に強力な武器を揃えつつある。


 事態は色々と複雑になりつつある状況らしい。しかし一番厄介なのは、アカネ自身、相当に面倒な立場にあるらしい点だった。


 セレネ、クー、ロッド――施設に戻ったアカネはパソコンを叩き、ウィキペディアを検索した。予想通り、彼女たちの名前は全て月の女神の物だった。ロッドの正確な名前はアリアンロッド――ケルトの女神だ。きっと<母さん>とかいう指導者に、コードネームとして授けられたものだろう。


 そして、ツクヨミ――これは調べるまでもない。アマテラス、スサノオに続く月の神だ。


 私は<娘たち>の一人なのか?


 その可能性は考えていた。当然だ。彼女たちのスーツを身に纏い、記憶を失っている。何かの作戦で頭部にダメージを受けたのだと考えるのが一番妥当だ。戦闘でも、後から考えると自分でも信じられないほど上手く立ち回れている。それも意識下にすり込まれた膨大な訓練の結果だと考えれば頷ける。


 だが引っかかるのは、2020年の記憶だ。


 仮にあれが<娘たち>の一員になる前の物だったとして、そこがどう繋がる? 二百年もの空白の間、私は何処で何をしていたというのか?


 さっぱりわからない。お手上げだ。


 だが一番大切なのは、<アーカイバ>だ。それだけは間違いない。彼らの活動は共感できるし、時子の子孫であり今では親友と思っているトキコの存在もある。彼女はアカネ以上に困難な状況に置かれていても、世界を少しでも改善しようと努力している。彼らを第一とするなら、<娘たち>も<連合>もまとめてぶっ潰す作戦を考えるのが私の道――


 アカネはそう自分を思い出そうとしたが、ふと、ロッドの去り際の姿を思い出し、戸惑った。彼女の背中はどこか寂しげで、孤独に満ちていたのだ。


「それであのマーティンとかいう奴、何者だ?」


 通路から足音が響いてきた。すぐパソコンを閉じるとトキコとエスパルガロが姿を現し、アカネに軽く手を上げてから話を続けた。


「キャラバンのニューズネットによれば、数ヶ月前までは<連合>の西部総督の使い走りだったらしいわ。通行料だ何だと難癖を付けて資源を巻き上げる役よ。それから何があったのやら。少なくとも<月下>監督官だなんて役職は聞いたことがないわ」


 トキコはため息を吐きつつ椅子に着く。エスパルガロは腕組みして応じた。


「<連合>にとっちゃ、<月下>を支配したところで何のメリットもないはずだ。唯一の利点は津波の恐れがないってだけで、塩の川、緑眼病、袁山の化け物。地震も凄いし、<魔女狩り>だってうろついてる。難民だって<月下>は恐れて避けてくってのに。それを何で」


「だからだよ」口を挟んだアカネに、二人は目を向けた。「見ればわかるでしょ。<やる気のある馬鹿が一番手に負えない>って格言、知らない? 上司も面倒になって、扱いあぐねていた<月下>を押しつけた。ここを上手く御せれば儲けものだし、失敗しても失う物はない。そんなとこでしょ」


 二人は揃って、深い深いため息を吐いた。


「彼らが<月下>の特殊性に気づいていないらしいというのは嬉しいけれど、あんな――」


「馬鹿」と、エスパルガロ。


「えっと、そういう人が監督だなんて。困るわ。あんな――」


「馬鹿」と、アカネ。


「その、どう動くかさっぱりわからないし、交渉も出来そうもないし」


 重い沈黙に包まれる。そこでアカネは、ふと尋ねた。


「<月下>の特殊性って言ったよね。それ何?」


 エスパルガロと目配せしあってから、トキコが答えた。


「<娘たち>の活動拠点が<月下>だということ。それに月、袁山、<ミハシラ>。この世界がこうなった理由の全てが、ここにある」


「危険だけど、それだけ<アーカイバ>の活動しがいがある、ってことか。じゃあ<アーカイバ>って、<連合>では活動してないの?」


 そこで二人は黙り込んだ。それだけで良くない出来事があったのがわかる。


「なるほど。<連合>に潰された、と」


 不承不承、トキコは頷いた。


「向こうは<連合>が<魔女狩り>の代わりをしているようなものだから。めぼしい技術は全部彼らが独占するの。公的で公然としているだけあって、<月下>より活動しづらい面もあるわ。東の支部は随分彼らの目を逃れて活動していたんだけれど――去年、急に連絡が取れなくなった。キャラバンの人に頼んで偵察してもらったんだけれど、<連合>に見つかって占拠されていたみたい」


「<連合>なんて、技術の使い道も知らないゴリラだ」エスパルガロが吐き捨てた。「軍部の存続と拡張だけしか考えてない軍事国家さ。軍事に役立たないと思われる基礎技術なんかは平気で棄てちまう。<娘たち>も<月下>なんかじゃなく、<連合>を見張るべきなんだ」


 アカネはロッドの言葉を思い出す。彼女たちもその必要性を感じてはいるが、手が回っていないらしい。


 しかしそこで、ふと疑問が過ぎった。


「じゃあ、どうして<娘たち>は<月下>に拘るの?」意味がわからない、というように目を向ける二人に、アカネは続けた。「つまり――<連合>の方が<娘たち>の脅威になるはずなのに、向こうには滅多に現れないらしいじゃん。どうして?」


 そこでトキコは、黙って天を指し示した。何だろうと思って見上げたが、そこには灰色の天井があるだけだ。


「月よ」


 言われて、ようやく意味がわかった。


「まさか<娘たち>は、月から来てるっての?」


「そう、言われてる。証拠は何一つない。ただの昔からの言い伝え。彼女たちは時折、月から降りてくる。私たちが月に行ける技術を持たないよう、抑圧するため」


 それが<魔女狩り>の理由か。


 そう考え込むアカネに、トキコは頭を振りながら言った。


「ただの言い伝えだけれど、理に適ってるわ。彼女たちの本拠地らしき物を見つけられた事は一度もないから。ただの事実だけ見れば、彼女たちは不意に現れ、不意に消える。その行動の中心は<月下>を出たことがない。だから逆説的に、彼女たちは月から来てると考えても変じゃないわ」


「だとしても、やっぱり色々と辻褄が合わない。<娘たち>は月を地球に近づけ、世界を崩壊させた。そうトキコたちは考えてるのよね。それで結果、出来上がった世界は? 地球環境の全てが不安定になり滅び欠けている人類と、その中で最後の灯火のように支配を広げている軍事国家。そんな情勢で、何故か<娘たち>は<月下>だけを監視し続けている。何のために? 自分たちの拠点に近いからってだけ? 弱いよ、それは」


「言いたいことはわかるわ。でもそれは、私たちにもよくわかっていない。今の状況が<娘たち>の望んだものなのか。これからこの世界をどうしようとしているのか」


「歴史がいるね。それが<アーカイバ>の、そして人類の生き残る道だよ」


 遮り断言したアカネに、エスパルガロはぼやいた。


「歴史じゃ腕力には勝てねぇよ」


「あら。つまり私たちが袁山に行くの、許してくれるのね?」


 トキコに笑顔で問われたエスパルガロは渋い顔で立ち上がり、頭を掻きながら逃げてしまった。

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