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月面少女と月下の魔女  作者: 吉田エン
二章 最終技術
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2.2. 2220

「私、あの女と戦いながら、こう思ってたんだ。きっと修理屋組合の連中が私のガレージを監視してて、ピピを動かしている所を見た。あ、ピピってのはあの変形ロボのことね。それで連中は私が<魔女>だって噂を流して、それを<魔女狩り>が聞きつけたんだろうって。でも実際はこう。丑寅の地下には本当に<魔女>の施設があって、それを<魔女狩り>は追っていた」


 トキコは傍らのスツールに腰掛け、両手を綺麗に揃えながら応じた


「気をつけてはいるんだけど、地震のおかげで遮蔽ケージが外れちゃったことが何度かあって。きっとその時に漏れた電波を探知されちゃったのね」


 つまりピピが最初に感知した丑寅の信号自体も、この施設の物だったのだろう。


 アカネには尋ねたいことが山ほどありすぎて、何から始めていいのか迷った。この世界の事か? それともトキコ自身のことか?


 だが最初にはやはり、この事を片付けておかなければならないだろう。


「それで、<魔女>は未だに、世界を滅ぼそうとしてるの?」


「違うわ! そもそも<魔女>が世界を滅ぼしただなんて話が出鱈目よ」


「そうなの? 凄い組織があったんだなって、羨ましかったんだけど」


 それでようやく彼女はアカネの性格を思い出したらしい。呆れた表情を浮かべ、以前通りのトキコに戻っていく。


「まったくアカネったら」それでも警戒心を取り戻し、表情を曇らせる。「でもアカネのそういうのって、何処まで本気なのかしら。不安になっちゃう」


「私にもわからない。それで? <魔女>が世界を滅ぼしたんじゃないなら、誰がやったの。そもそも、世界の終わりに一体何があったの」


「それを話す前に聞いておきたい事があるわ。あなた、一体何者?」


 そりゃそうだよな、とアカネは俯く。何処の誰ともわからない相手に、ペラペラと秘密を話すはずもない。


 しかし、一体全体、どう話せばいいものやら。


 そう悩んでいたアカネに対し、トキコが続けた。


「ピピというロボットも、あなたが着ていたスーツも、彼女たちの物。でもあなたは袁山から丑寅に来て以降、<魔女狩り>の密偵らしい素振りは全然ない。それどころか、彼女たちと戦い死にかけもした。一体どういうことなのかしら」


「なるほど。最初からトキコたちは、私を監視してたんだ」


「えぇ。限られてはいるけれど、私たちにも監視網がある。袁山で何かがあったらしいという所からエスパルガロさんを偵察に出したら、古い機械に乗ったあなたを発見した」


「それで自分の宿に引き込んだ? 敵かもしれないってのに、随分大胆なんだね」


「友を近くに置け。敵はもっと近くに置け」孫子を引用してみせる。「彼女たちも完璧じゃないわ。一人くらいなら相手に出来る自信があった。それで、あなたは誰なの?」


「ぶっちゃけ、私も何がなんだかわからないんだ」


 そしてアカネは、自分がこの未来の世界で目覚めた次第を話した。しかし説明できる事なんて殆どない。ただ気がついたら<魔女狩り>のスーツらしいものを着ていて、偶然ピピを拾い、後は丑寅に流れ着いたというだけだ。


 それを一通り黙って聞いてから、トキコは慎重に尋ねた。


「つまり、あなたは記憶喪失なの? 自分が誰かもわからない?」


「いえ、そうじゃない。記憶はある。でもそれが――荒唐無稽に聞こえるかも知れないけれど、2020年なんだ。私はただの女子高生で、世界は不穏だけれど平和で、月はあんな近くにもなかったし、こんなことになるだなんて誰も予想していなかった。はず」眉間に皺を寄せて考え込むトキコに、アカネは続けた。「私でも色々と推理はしてみた。タイムスリップしちゃったとか。冷凍保存されてて、急に何かあって目覚めたとか。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけれど、それくらいしか可能性は――」


「そんなことは思わないわ。十分あり得る」


 即座に応じたトキコに、首を傾げる。


「まさか、事例があるの? タイムトラベラーの」


「いえ、後者の方。私たちのデータベースに、危機に際して冷凍保存された人々がいるという記録があるの。ひょっとしたらアカネは、その一人なのかもしれないわ」


「でも、あのスーツは?」


「<ホワイトスーツ>は、別に彼女たちの制服じゃない。昔は汎用的に使われていた保護スーツだと聞いているわ。彼女たちはそれを未だに使い続けられている、唯一の勢力だというだけ。だから冷凍保存されるような人たちならば、着ていてもおかしくない」


「でも、そんな記憶は全然ないんだよ?」


「冷凍保存技術は相当困難なものよ。当時でも完璧じゃなかったはず。だからその影響で記憶を失ってしまっている可能性は十分にあり得る」


 そこでトキコは考え込むように黙り込む。アカネも新しく仕入れた情報を消化するのに忙しく黙っていると、ようやく彼女は思いきるように息を吐いた。


「いいわ。信じるかどうかは別として、とりあえずそういう理解をしておく。少なくとも辻褄は合ってるし」


 時子らしい整然とした物言いに、苦笑いした。


「少なくとも<魔女狩り>なんかじゃないと、わかってもらえた?」


「どうかしら。でもアカネは彼女たちから私を守ろうとしてくれた。この二百年もの間、ずっと私たちを殲滅しようとしてきた連中からね」


 心の内はわからなかったが、トキコはアカネに対する警戒心を表面上は殆ど解いたようだった。<魔女>の地下設備をざっと案内してみせる。丑寅郊外の地下にあるそうで、無数の部屋があったが、殆どが紙と磁気記憶デバイスで埋もれている。


「それで何者なの、<魔女狩り>って」


 トキコ曰く、そもそも<魔女>も<魔女狩り>も自ら言い出したのではなく、周囲が勝手に呼び出した名だという。


「以前は彼女たちは、こう呼ばれていた。<娘たち>と」


 <娘たち>。その言葉が固有名詞と使われていたケースに覚えがあった。しかし何処で聞いたのか、判然としない。トキコたちもその実体は把握できていない様子だった。ただ<娘たち>は月の接近に重要な役割を果たしたらしく、ひょっとしたらそれを実施した組織なのかもしれないという。


「そして私たちは自分たちを、<アーカイバ>と呼んでる。源流は、月が落ちてくるのを防ごうとした科学者集団。でも<娘たち>の妨害を受けて、地下に潜るしかなかったと言い伝えられている。以降私たちは、『あらゆる知識を確保し、保全し、活用するため』のアーカイブ活動を続けている。決して世界を完全に滅ぼそうとする組織なんかじゃないわ」


 つまり、世界の終わりの図書館員ということか。


 しかし。


「ひょっとしてその科学者集団の中に、トキコって人がいたとか?」


 彼女は目を丸くした。


「知ってるの? 私のご先祖様はヤダ・トキコっていう、科学者集団のリーダーだったらしいわ。2020年頃に何をしていたかは知らないけど――」


「ちょっと待って」アカネは恐る恐る、一番と言えば一番の疑問を口にした。「今って、西暦何年なの?」


「知らなかったの。でも無理もないか。普通の人たちは西暦なんて気にしないものね。今は、西暦2220年」言って、トキコは気の毒そうな表情を浮かべた。「あなたの最後の記憶から、ちょうど二百年経ってるわ」


 二百年か。


 それくらいだろうかとは思ってみたが、いざわかってみると、言い様もない重苦しさがアカネの全身を包んだ。


 <娘たち>の監視の中でもある程度の技術は継承できていて、発掘された科学装置をリストアして活用するようなことは出来ている。2020年当時のIT技術はほぼ利用可能で地道に記録の整理整頓が続けられていたが、一方で製造プラントや先端研究分野はほぼ再現不能な状態だという。


「工業製品の製造装置は数が少ないし、色々と組み合わせないといけないし、<娘たち>の目を盗んでそんな工場は構築出来ないし、個々のマニュアルも見つからないし――今は完成品の保全をするのが限界」


 そもそも新しい物を作る理由が、相当薄れているような状況でもあるようにアカネは捉えていた。理由は人口だ。


「今って人類って。どれくらい生き延びてるの?」


「だれも統計なんて取れないからわからないけれど。2040年、月の接近で世界中が大混乱になった頃で、全人口の九割が亡くなったと推計されている。でもそれからも百年近く戦争や飢餓が続いたから、たぶん今は一千万人もいないんじゃないかしら」


 その相当数が失われたとはいえ、七十億人分の遺産を一千万人弱で利用できている。万全ではなかったが、丑寅の街のように、工業製品は発掘された機械類でなんとかやりくり出来るレベルなのだろう。


 最後にトキコが案内したのは、比較的綺麗な一室だった。電子関係の装置類が揃えられていて、二つの机には二体の機械が横たえられていた。


「ピピ!」


 アカネは叫んだが、ヘッドライトを弱々しく灯して応じる事しか出来ない状態らしい。右腕と左足が千切れ、あちこちの装甲が割れ、無残な有様だった。


 もう一体は<娘たち>の一人が乗っていた、ピカピカのロボットだった。アカネはこれに殆どダメージを与えることが出来なかったはずだが、何故か首から上が失せてしまっている。


「<娘たち>を殺した途端、頭部が破裂したの」トキコが解説した。「きっと情報を抹消するための自爆装置が働いたのね」


「じゃあどうしてピピを拾ったとき、頭が残ってたんだろ」


「ここを見て」と、トキコはアカネも気にしていたピピの側頭部にある穴を示した。「多分、ここに自爆装置が埋まっていたんだと思う。それがたまたま、戦闘で破壊された」


「そっか。てっきり私は、これのせいでピピはポンコツになっちゃったんだと思ってたけど」


 ポンコツとはいえ、最終的には身を挺してアカネを守ろうとしてくれた。どうにか修理出来ないだろうか。そうピピの全身を改めるアカネに、トキコは言った。


「さて。これからどうする?」


「どうって、何が?」


 千切れた腕を確かめるのに集中していて適当に答えてしまったが、トキコはさも重要そうに居住まいを正してから続けた。


「もう。アカネのことよ。あれだけの大立ち回りをしたのよ? あなたが<魔女>だったって話は広まってしまっているから、今まで通りの生活は――」


「それはそっちも同じじゃない? 天敵を殺しちゃって。今度は部隊を引き連れて丑寅を殲滅に来るんじゃ?」


「彼女を殺したのは、アカネよ。あなたは<魔女狩り>を倒したあと、何処かへ逃亡した。悪いけどみんなをそう思わせるよう、事後処理した。だから彼女たちも、当面はあなたの行方を追うので忙しくなるはず」


 へぇ、とアカネはピピを探る手を止め、トキコに振り向いた。


「そこまで都合のいい展開を考えてたってことは――ひょっとして私が帰ってきた時に<娘たち>が来るよう、わざと盛大に電磁波を漏らしたんじゃ?」表情を硬くして答えないトキコに、アカネは苦笑した。「いや、いいよ。私も秘密結社の長だったら、同じ事するもん」


「――ごめんなさい。でも彼女たちの目を私たちから逸らす、絶好の機会だったの」


「私が助けに出なきゃ、どうするつもりだったの」


「ミルを助けようとしたアカネが、私を見捨てるとは思わなかった」


「つまり最初から、得体の知れない流れ者をスケープゴートに仕立てる計画だったってことか。偉いよ。凄い偉い」そしてピピに意識を戻しつつ答えた。「しかし一点だけ解せないね。どうして私を治療したの。そのまま<娘たち>と一緒に埋めてしまえば後腐れなかったのに」


「そう考えるのも仕方がないわ。でも元々、可能な限りアカネには被害を負わせないよう、万全を期していた。これは本当よ。後のことは、あなたの話を聞いてから考えるつもりだった」


「甘いね。私なら容赦なく一緒に埋めてた」アカネの言葉を受け取りかねているらしいトキコに、苦笑を向ける。「それで? そこまで話すってことは、その先も何か考えがあるんでしょ。私にどうして欲しいの」


 少しの沈黙の後、彼女は<娘たち>のロボットに目を落としつつ言った。


「これを捕獲できたのは、私たちの長い歴史の中でも初めてのことよ。<娘たち>だけが握る、最先端――いえ、最終技術の固まり。頭部を破壊されたとはいえ、彼女たちの内情を探る貴重な手がかりが残されているかもしれない。だから、これをどうにかして解析したいの」


「それに手を貸せ?」


 トキコは生真面目に頷いた。


「あなたの素性は知れなかったけれど、高度な科学技術の知識を持っているのはすぐにわかった。都合のいい依頼だというのはわかってる。だけど私たちにも出来ることがあるわ。私たちには膨大な記録がある。きっとその何処かに、あなたの素性を探る手掛かりがあるに違いない。あなたに一体何があったのか。それを探る手助けを――」


「あぁ。悪いけど実はそれ、あんまり興味ないんだ」意外そうに目を丸くするトキコに、アカネは続けた。「だってそうでしょ。起きちゃったことはしょうがない。そりゃわかるに超したことはないけどさ。きっと私の事だし、何か無茶やって馬鹿なことになったんだろうなって気がする。きっとたいして面白くないと思うよ」


「やっぱり私には、アカネの頭の中がわからないわ。じゃあアカネの、一番の望みは何なの?」


「そりゃ、何か楽しそうなことを探すこと、かな」そして<娘たち>のロボットに手を這わせる。「悪の権化とされてた<魔女>が実は正義の味方で、<魔女狩り>は世界を滅ぼした悪党だった。悪くない。いや、結構いい感じ。どうにかして、私もそれに一枚噛ませてもらいたいね。私の過去なんかより、そっちの方が何倍も面白そう」


 真面目な告白のつもりだったが、トキコは時子と同じように、呆れたため息を吐いた。


「アカネは得体が知れないから追い出すべきだっていう仲間もいるわ。私は組織のリーダーとして、そうするべきなのかも」

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