02〜海
○月×日
三日目の朝。車の助手席で、静かに眠っている。その顔は穏やかそのもので、僕はただそれを眺めていた。
◆
大学進学とともに、僕は地元を離れ上京した。そこで偶然、彼女と再会した。
幼い頃、一年にも満たない時期を過ごしただけだったが、僕はすぐに彼女に気づいた。
もちろんこんな冴えない僕を、彼女は覚えているはずはなかった。
それは僕にとって、別にどうでも良かった。その頃は、幼い頃の感傷に浸っている時間はなかったから。
○月×日
四日目。起きているのもやっとなのか、揺れる車の中、一日中、横になっていた。時々、苦しそうにうめき声をあげるが、僕にはなにも出来なかった。
◆
そして、僕が一人での生活に慣れた頃、世界は狂い始めていた。
たったひとつのウィルスのせいで。
そしてそれはいとも簡単に、僕の生活を破壊していった。
○月×日
五日目の夜。体調が良くなったのか、少しだけ話した。それでも顔色が悪いのは隠せていなかった。それでも無理して笑う君が、どうしようもなく愛おしく感じた。
◆
僕は生きることに必死だった。自分でも、弱い人間だと自覚しているほどに。だからこそ、ウィルスに見放されたのかもしれない。
○月×日
六日目の朝。昨日の無理がたたってか、症状が悪化しているようだった。それでも、なにも出来ない自分に無力さに、あきれ果てていた。
◆
世界が壊れ始め、混乱の中、僕は生きていた。そしてその混乱が過ぎ去った頃、僕は彼女を見つけた。
しかし、彼女はすでに発病していた。
○月×日
七日目。昨日のことが嘘のように、元気になり、一日中話した。たぶん、明日には海に着けるはずだ。
◆
それはただの感傷だったのか、それともどこかで彼女を想っていたのか、ただの憐れみなのか、彼女に聞いていた。何処で死にたいか。
静かに彼女は答えた。もう一度、海に行きたいって。
○月×日
八日目の夜。やっと海に着いた。子供みたいに波と戯れる君を眺めることが、辛かった。はしゃぎすぎて疲れたのか、先に寝るねと、車の中に消えた。僕は、ただ海を眺めていた。
◆
そして僕と彼女は、海を目指して出発した。それが彼女の死期を早めることだと気づいていながら、僕は海を目指した。
○月×日
九日目の朝。いつまでも起きてこないから、様子を見に行ったら、君は息をしていなかった。
それはとても穏やかな表情で、まるでまだ寝ているかのようだった。