01〜紅
なにもない殺風景な部屋の中、二つの人影が、ひっそりと寄り添っていた。
ただ静かな時が、流れ行く。二人の間に、言葉は必要がなかった。
ただ、共に時の流れを眺める。それだけで二人は満足していた。
二人は、自分たちの運命を受け入れていた。そっと静かに、二人だけで最期の時を過ごそうと、山奥にある廃墟に来た。
悪魔のウィルスは、全人類にほぼ平等に死の宣告を与えていた。もちろん、二人もすでに発症し命の残り時間も、後わずかしか残っていなかった。
だからこそ、二人は静かな死を望んだ。街にいれば、ウィルスの絶望による混乱に巻き込まれ、離ればなれになることもある。
それだけではなく、暴動に巻き込まれ、理不尽に殺されることすら、街では日常の光景であった。
食料を奪い合い、人々は争いあう。どうせ全て滅びるのだからと、街は過去の秩序を失っていくのに時間はかからなかった。
そして二人は、自分たちの生まれた街からでることを決めた。
本当は、死ぬならせめて自分の生まれた場所でという思いを捨てて。
二人がこの廃墟に訪れ幾日が経ち、男は最期の時を迎えつつあった。
それでも二人は、ただ一緒にいるだけであった。唇や体を重ね合わせることもせず、心を重ね合わせるだけ。
二人は今の自分たちのできる最大の表し方で、愛を確かめ合っていた。
空はまだ、薄暗い暁の空。男はそれを眺め、ゆっくりと頷いた。
女はそれを微笑みで返し、男の傍らから離れようと立った。
その時に空から、光が燃え始めた。
それは空の目覚めた証。まどろむ薄暗い空が、朝へと覚醒する一瞬、空が真っ赤に燃え上がる。
二人で見る最期の景色。
紅の空。
その紅が二人を包み込み、男はそれをつかみ取るようにゆっくり手を挙げるが、届くことはかなわず、眠るように命の火が消えていった。
女は涙も見せず、男の方を一度も振り返ることもせず、その場から消えていった。
もう空の色は、紅から蒼に変わっていた。