9話 各々の密会
グツグツ
「もう食べごろだよー」
フレアがクールに声をかけた。
「いやまだだ、牡蠣は当たると恐いからな。もう少し煮るべきだな」
「相変わらず不安症なクールだなぁ」
フレアは火力を上げる。
ここは庭の東棟の中にあるフレアの自室である。赤、オレンジ、黄色の家具で統一された10畳程の部屋である。
細部まで見事に裁縫された大きな絨毯が客をもてなす。
この夜、クールはフレアの部屋にこたつを出し、フレアと海鮮鍋を食べるところであった。
「もう大丈夫だよー、鍋の中の温度は80度以上あるから、細菌は死滅してるよー」
鍋の火力はフレアが担っており、魔力を消費して料理をしている。
「よし、では食べるとしよう」
そう言ってクールは素早く牡蠣をすくい上げる。
「あー、それ一番大きい牡蠣じゃん! ずるい、俺が狙ってたのに!」
「早いもの勝ちだ」
普段の冷静なクールからは想像もできない光景である。クールもフレアといる時だけは本音で話すことができるようだ。
「フレア……俺はな、一応幹部達のまとめ役なんだぞ? 幹部から上がってくる報告書をまとめて魔王様に連絡するんだぞ……。苦労することもあるんだ。大きい牡蠣を食べるくらい構わないだろう?」
クールが鍋をかき混ぜながら愚痴をこぼす。
「なんかお疲れだねー、何かあったー?」
フレアが白菜を頬張りながら軽いトーンで問いかけた。
「……例の魔王様直々の潜入捜査だよ。あれが心配で心配でな」
「あー、あのハンブルブレイブに潜入する件だよね。魔王様の実力なら問題ないでしょうー」
「全く能天気だな。あの村には勇者候補の手練れが大勢いるのだぞ。それに私が心配しているのは魔王様の身体的なダメージよりも、もっと別のところだ」
クールは鍋の中から大きめな牡蠣を探しあて、自分の器によそった。
「あー、また大きい牡蠣をー! 一度ならず二度も……!」
フレアの不満が魔力に反映されたらしく、鍋の火力が強くなる。
しかしクールはまるで気にせず、牡蠣を頬張っていた。
「フレア……実は俺はな、魔王様には別の目的があるんじゃないかと思ってるんだ。今までこんなことなかったろう? あの娘が来てから、魔王様に何か違和感を感じるんだ。新たな決意をされたと言うか、なにか別の目標を志しているような……」
「確かにあのベアって子だっけ? あの子が来てから魔王様の表情は明るくなった気がするねー。ただ、別の目標とかは……考え過ぎじゃない?」
フレアは鍋をかき混ぜ、残された牡蠣を探る。
「そうだといいがな。何か悪い予感がするんだよ……。できればあの娘と魔王様を引き離したいが、魔王様は娘を気に入ってる様子だ。まるで2人は友達同士みたいにな。魔王様が毒されないといいが……」
「フレアはいつも深く考え過ぎなんだよー。ほら小さい頃、村の近くの池で釣りをしてた時もさ、村から煙が見えるからって村に戻ったじゃん! あれはどう考えても焚き火だったのになー。心配だって言って引き上げたじゃんー」
フレアが面白そうに幼少のころの思い出を語る。
「あれで良かったんだ。結果的におじさんから焼き芋貰えただろう? 念のための行動に過ぎることはないんだよ」
懐かしい思い出を振り返り、二人とも微笑んでいた。
そして鍋を食べ終え、フレアが気分上々でシメのうどんを鍋に投入しようとした時、クールは声になるかならないか程の小さな声で呟いた。
「命令に従ってるだけじゃダメだな……」
「……ふーん」
フレアはクールの意味深の発言に対し、問い詰めることはしなかった。
ゴドンッ!!
すると建物が突然揺れ、鍋の中の汁がクールに跳ねた。
「あちち!」
「はは、牡蠣沢山食べた罰だよー」
フレアがクールを笑う。クールはムスッとしたが、構わずそのままうどんを食べ続けていた。
「くっ、くっく」
フレアは笑いを堪えながら食事を楽しんでいた。
一方その頃、ベアの部屋にて。
魔王とベアは史上最強の武器について熱い論議を交わしていた。
「ベアよ、お主は何も分かっていない。確かに覇王の弓ダビデは凄まじくかっこいい。しかし、弓を放つ際は激しく発光し、その姿を直視するこはできない! つまり弓のフォルムがかっこいいなどという感想は、弓を間近で見たことがない者が言うことである!」
「そんなの当たり前だろ! 伝説の武器なんだから見たことあるわけないだろ!? 本に載ってたデザインがカッコ良かったんだよ!」
魔王は下を向き「はー」と言い首を横に降る。
「これだからミーハーは困るんだ。見たこともない武器をどうやって評価するんだ。武器は一度使ってみないと分からないだろう……。実用的じゃなかったらどうするんだ?」
「実用的かどうかは関係ないだろう!? 周囲に認められ、崇められている武器なら、それは本物のはずだ! そう言う武器は使うまでもないね。私は口コミを信じる派でね!」
「ではお主に言っておこう。覇王の弓ダビデは間違いなく超一級品だ! あれに勝る弓は存在しない。しかしあの弓は、覇王であるダビデ専用に作られた武器だ。ダビデの体調は二メートルを超えていたと言われている! そんな弓を普通の人間が扱うことはまず不可能!」
今後はベアが大きくため息を吐く。
「はー。分かってないねー。普通の人が使える武器だったら伝説にはならないだろう? 特定の条件下でしか使えない。その付加価値が魅力的なんじゃないのか? 聖剣エクスカリバーもそうだろ。勇者しか使えないだろ?」
「確かにそうだが。しかし武器は使用して……その威力があってこそのはず! 伝説の武器の強さは異常であり、一度見ればその虜になること間違いなし! だから私はただ……」
魔王は喉にあった言葉を飲み込み、つかつかと窓に向かって歩き始める。
「私はただ、強い武器を使用してみたいだけなのだ! 悪用なんてする訳がない! あの聖剣エクスカリバーを使用したいだけなのだ!」
熱くなった魔王は拳を握る。すると突然庭にくぼみが出現し、辺りに衝撃が走る。
ドン!!
衝撃が地面から伝わり城が揺れた。
「お、おい! 熱くなるなよ! 危ないぞ!」
ベアは思わず壁にしがみ付いた。
「ふん、この城はちょっとやそっとの衝撃では壊れない。これくらい大丈夫だ」
「城は大丈夫かもしれないが、中にいる人達が迷惑だろうがー! もし鍋でもしてたら危ないだろ!?」
「ははは! 魔王の敷地で鍋だと!? そんな愚か者はここにはいない。ここの者は皆、クールが徹底的に管理した栄養満点の料理を食べている! わざわざ鍋など作る訳がなかろう!」
その頃クールは飛び跳ねた鍋の汁を布巾で拭き取っていた。
「まあ確かに、私ともあろう者が取り乱してしまったのは事実。では話題を変えて……」
「いよいよハンブルブレイブ突入への作戦会議か!?」
そう予感したベアは急ぎ足で席に着いた。
「では、世界三大防具について話し合おうか……」
「まだ続けんのかよ!」
ベアの怒号が部屋に響き渡る。
「あ、当たり前だろ! 重要な話だ! お主が来るまでこのような話を誰かとしたことはなかった。良い機会だからな。じっくり聞いてもらうぞ! お主も忌憚なく意見を言ってくれ!」
魔王の目が輝いているのを見たベアは、「はは」と苦笑を浮かべる一方、魔王と遠慮なく意見を交わし合える状況を楽しんるように見えた。
「ではまず、三大防具の一つ、『皇帝の鎧バリアハザード』についてだが……」
魔王とベアの密会は夜が明けるまで行われた。
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