7話 悪報来たる
「そんなの無理に決まっているだろう! てゆうか、なんで私なんだよ! お前なら部下とか沢山いるだろう!?」
女性は首を大きく横に振りながら腕を組む。
「私の立場上、部下を使うのは不可能なのだよ。絶対的支配者が、敵対する武器に興味を持っていると知ったら、部下はどう思うだろうか。さらに魔王が勇者になるなどと知れ渡れば、それこそ魔王軍内での反乱は必至!」
「まあ、そうだろうな」
女性は冷静に返事をした。
「魔王である私も、聖剣のこととなると自分を見失うことが多々あってな……。幹部達から疑いの目を向けられぬよう、聖剣を破壊するよう指示したばかりだ」
「魔王も大変なんだな」
女性は魔王に同情しているようだ。「ふーん」と言って、魔王を再度見つめる。
「お主なら魔王軍にも、そして人間達にも顔は割れていないはずだ。さらにはレジスタンスにも口利きができる。私が求めていたのは、魔王側、人間側にも立たない中立な立場の者だ。そして、勇者の街の庶民的な生活に馴染むことができる者だ!」
「庶民的ね。確かに私はレジスタンスの末端の者で、……地味ですよ。」
庶民という言葉を聞いて、女性は皮肉気味に愚痴をこぼした。
「自慢ではないが、私は組織を管理する才はあるが、下っ端として働き、そこから信用を得るということに関しては無知である。そして庶民の生活にも疎い。お主には、私がやり過ぎた場合のストップ役、そしてアドバイス役になって欲しい」
そう言うと魔王は頭を下げ、懇願する。
「言いたいことは分かったよ……」
女性は魔王をちらっと見る。
「立場を超えて、敵にすら頭を下げるんだな。まあ信用してもいいか……? しょうがない! どうせ私には選択権はなさそうだし」
大きなため息をつき、何かを決意した様子の女性。
「あんたが勇者になるまで付き合ってやるよ!」
女性は覚悟を決めたような表情で、魔王の提案を快諾する。
「お、本当か!」
「ああ、しょうがない! ……ちなみに、私の名前はベア=クラハ。まあ、ベアって呼んでくれよ。」
魔王は吹っ切れた様子のベアを見て薄っすらと微笑んだ。
「ああ、よろしく頼むぞ……ベアよ」
二人は拳と拳を合わせた。
そして魔王はベアの呪いのネックレスを取り、ベアの魔法の使用を許可した。
この日、珍しく快晴が雲から顔を覗かせており、窓からは地平線まで見えていた。
目下、二人が目指す先は勇者の誕生の街、『ハンブルブレイブ』。
ベアが魔王城に来てから早一週間が経過した。
幹部達への挨拶も済ませ、ベアは幹部達と普通に喋ることが許された。
この日、魔王とクール、そしてベアの3人は魔王城中央の庭にいた。天候は曇りで、上空は厚い雲に覆われていた。西から吹く風は湿気を多く含んでいる。
「では魔王様、よろしくお願い致します」
そう言って クールは、ベアに魔王から離れるよう指示する。ベアは着慣れないシルクの薄青のパンツと白のシャツ、カーディガンを着ているため少しぎこちなくしている。
そして魔王は両手を空に向かって上げた。
「大陸の天候よ。次に来るは……秋だ」
魔王の詠唱が始まると、庭全体に魔法陣が広がる。
「む、紫の魔法陣? お、おいこれ大丈夫なのかよ!?」
「静かに! 魔王様のお邪魔になる。黙って見てるんだ。」
取り乱しているベアをクールが一喝する。
「普通、魔法陣の色は赤、青、黄の原色が多く使われるはずだろう!? 色が混じる時は……大抵失敗するぞ!」
ベアは不安を振り払えずいた。
「レジスタンスの訓練時代、興味本位で濁った色の魔法陣をイメージして魔法を唱えたことがあるんだけど! その魔法は暴走し、訓練施設の一部を破壊しちゃったんだよ! あの人の魔力が暴走した場合、この大陸が危ないんじゃないか!?」
ベアは目を瞑り、手を天に掲げその場で跪き、ブツブツとお祈りを捧げていた。
「よし、終わったぞ」
魔王が詠唱の終了を告げ、「パチン」と指をならした。
ビューー
突如、西から乾燥した風が吹いた。
「お、終わったのか!? それにこれって、まさか……魔王が秋を呼んだのか?」
クールがメガネをくいっと上げ、ベアの質問に答える。
「その通り。この世界は……特にこの大陸は近年の異常気象によって秋と冬の到来が遅れている。そこで、魔王様が天候の進行を促し、通常の気象状態にしているのだ。一部の地域が秋になると、そこから派生し、やがて世界に影響する。この世界の気象は、魔王様によって正常にコントールされているのだ」
クールは少し自慢気に話していた。
「それから、魔王様を呼び捨てにしないとこだ。捕虜でないにしろ、君の命など魔王様のご指示でいかようにもできる。今は、レジスタンスとの交渉相手として特別扱いしているが、それも魔王様のご慈悲があってこその待遇だということを忘れるな」
「まあ良いではないか。クールよ。対等な立場ということであれば、呼び捨ての方が良いかもしれぬ」
魔王がクールを止める。
「幹部達は私に嫉妬しているのか?」
ベアが思わず呟き、優越感に満ちた笑みを浮かべる。
「それよりもクールよ。今月のデータを報告せよ」
「はい! ではフレアの管轄から報告致します。まず、人口は前月比プラス2パーセント増の30万人、穀物、野菜の収穫値は基準値を超えており、問題ございません。また畜産についも魔王様が考案した免疫力を高める薬が効き、供給は一定水準を超えております。人口増加の要因としましては、疫病の減少、魔物の減少が挙げられます。魔物の減少については、フレアが一躍買っており、この実績は評価に値するものです。続きまして……」
クールが幹部達から上がってきた報告をまとめ、魔王に伝える。
「こんなことまでしてるのかよ……。暴力によって世界を支配し牛耳るのが魔王だろう? こんな管理もしているのか……」
ベアは目を丸くしてクールの報告を聞いていた。
「以上が報告でございます」
ベアが呆気にとられている間に、クールの無駄のない報告が終わった。
「ご苦労。では今後の対応であるが……まずダイヤの管轄についてだが……」
クールの報告を受けてから、間髪入れず魔王が対応を指示する。
「レジスタンスのトップ達も魔王を見習うべきだろう……」
そうベアが思うのは自然であった。
「それから……」
魔王が次の指示を出す時であった。
ガチャ
アイの研究所の扉が勢いよく開いた。
「アイ!? 何事ですか? 今は月一回の報告会ですよ! それを遮るなんて、異常事態ですか?」
思わずクールが眉間にシワを寄せる。
「魔王様、報告の最中、誠に失礼致します。どうしても一報をいれたい情報がございます。」
そう言ってアイはベアをチラッと見る。
「しかし、内部機密ですので……ここでは……」
アイは魔王を研究室に招こうとする。
「構わん。要件はなんだ? 申してみよ」
魔王はベアを気にしていなかった。
「はい。畏まりました。では……、例の聖剣エクスカリバーのことでございます」
バチバチ
魔王の髪の毛が逆立ち、庭を覆い尽くすように魔法陣が出現した。
「許せ……。聖剣のことになるとどうしてもな……」
魔王はそう言うと、自分をいさめ、魔法陣を閉じた。
「アイよ……報告を続けてくれ」
アイは魔王に近づき、跪く。
「聖剣エクスカリバーの破壊の目処がつきました」
「 !!」
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