5話 来訪者
「魔王様、何かお気に触りましたでしょうか……」
アイが気まずそうに尋ねる。
魔王は未だに体制を崩さず、膝をつき地面を見ている。
「こ、この聖剣は、敵ながらも私に膝をつかせた。仮にこれが駄剣であれば、それに負かされた私は駄剣以下ではないのか?」
「そ、そのようなことはございませぬ! わ、私目、怒りのあまり大変失礼なことを申し上げてしまいました。お許し下さい」
アイも膝をつき頭を地面につける。
薄暗い部屋の中、1人は剣に向かって膝をつき、1人はその男に向かって膝をつき謝る。
シュールな光景であるがこの世界の縮図であり、相関関係を分かりやすく示していた。
「もう良い。アイよ。頭を上げよ。そして一つだけ教えてくれ……」
目が泳ぎ切り、周りの筋肉が痙攣し始めている魔王。
アイに気づかれないよう体勢を変えず、質問するのであった。
「勇者にはどのような人間がなるのだ? ……勇者になるための条件は何なのだ?」
「魔王様、あなた様は勇者をあらかじめ始末する予定なのですね……!」
アイが都合よく解釈し、魔王はほっとしていた。
「魔王様もご存知かと思いますが……勇者はここから西の山、ニャカエラ山を越えた渓谷の街『ハンブルブレイブ』から生まれることがほとんどでございます。そして、その街の住民によって選ばれた者が勇者になるようです……ただ、多くは謎に包まれております」
「住民によって選ばれるか……?」
魔王は立ち上がる。
「左様でございます。その地は昔、伝説の竜が生き延びていた場所と呼ばれており、その竜の加護を受けた者が勇者となれるようです。実際にその地の人間の寿命や身体能力は平均を超えていることが多く、中でも勇者は特に強い者とされております」
「なるほど。強い者が生まれる地か……」
「その様です。ただ、勇者にはその地の出身者だけでなく、国外から来た者がなった例もあり、一概に強い者が生まれやすいと言う訳ではないようです。強い者が集まり、そこの住民が勇者を決める。それが勇者誕生の流れでございます」
「我が軍とその街の関係は……クールからの報告どおりか?」
「はい。左様でございます。アームの管轄地域ですが、強者が多く下手に圧力をかけると争いになる恐れがあるため、街の自治権は人間に任せてあります。我が軍は三ヶ月に一度、街を見回るのみとなっております」
魔王はその場で考え込み、自分が勇者になれる方法を模索する。
「そうか……。勇者は近々誕生しそうなのか?」
「詳しくは分かっておりませんが……噂によるとそろそろ勇者が生まれると言われております」
「良いタイミングだ。私にもチャンスは十分ある」
魔王は小さく頷いた。
「分かった。では引き続き、その街に対し積極的な介入を行うことを禁ずる。勇者との交戦を前に兵力を失う訳にはいかない。聖剣さえ押さえておけば、勇者など恐れるに足らん」
ガチャン
そう言って魔王は部屋を後にした。
勇者の街は、たしか王が統治していたな。ということは、王が勇者を選ぶのか? だめだ。情報が足りぬな……。恐らく勇者への条件は公にされていないはずだ。
魔王はそんなことを考えながら庭を抜ける。
そして自室に戻ろうとしていた時……
ズズズ、ドゴォーーン!!
城から西方向で爆発が発生し、粉塵が巻き上がった。
常人でも容易に目視できる程、すぐ近くの場所であり、明らかに魔王軍への攻撃であった。
ドーン! ……ドーン!
爆発は激しさを増しながら城に近づいてくる。
そして爆発が城の門まで迫ったところで、上空に魔法陣が浮かびあがった。
ブーン!
魔法陣からは激しい光が発せられ、雷のような塊が落下しようとしていた。
「攻撃を開始しますか?」
幹部達はすでに建物の屋上で待機し、魔王からの戦闘合図を待っていた。
「いや、私がやろう」
魔王はそう言うと、左手を上空に向ける。
「魔王様、自ら!?」
冷静沈着なクールも取り乱しているようだ。
「魔王様の情報が敵に知られてしまいます! 我々幹部達にお任せください! 我々が負けることはまずありません!」
クールの願いは魔王に届かなかった。
「魔王様が直々に攻撃じゃと? そんな相手には見えないがのぅ」
戦闘要員でないアイも驚いていた。
「私は今気分が良い。本来ならば見逃してやりたいところではあるが……。この魔王城に攻め入ったからにはそうはいかない」
魔王はそう言って、左手で上空をなでるような仕草をした。すると、
ズバッ!!
「!?」
上空の魔王陣が突如として黒い影のような物で切り裂かれた。
ヒューー!
そして、紫のローブを着た女性が姿を現し、上空から落下してくる。
「ダイヤよ、あの者をキャッチしろ」
「は!」
ダイヤは飛び上がり、落ちてくる女性を抱きかかえた。
「お、おいクール、今の魔王様の攻撃、見えたか?」
フレアが恐る恐るクールに問う。
「見える訳ないだろ。いつどんな呪文を唱えたか、まるで分からなかった。恐らく……会話の後に一瞬で発動したのだろう。いや、魔法ですらなかったもしれない。文字通り……上空を少し撫でただけなのかもしれない」
フレアとクールは、手に大量の汗をかいているのに気がつく。
ドクン、ドクン……!
2人の心音が高まり、周囲にも緊張が伝わっていた。
「ふぉふぉ。お主達、幹部達はこの世界でもトップクラスの実力の持ち主なのにのぉ。魔法において少なからず自信を持っているじゃろうが、魔王様の前ではちっぽけすぎる実力じゃの」
アイがフレアとクールの考えを見透かしたように言葉をかける。
「魔王様、この者を如何致しましょう。このローブ、手首の紋章を見る限り、レジスタンスの者かと思われます。拷問であらば、私にお任せください」
ダイヤは謎の女性を地面に下ろし、魔王の指示を仰ぐ。
「レジスタンスか。魔王軍、人間、どちらにもつかず、自らの国を建国することを目的としている連中だな。少々厄介だな」
魔王と同様にアイも「うーむ」と考え込む。
「レジスタンスとは面倒でございますな。下手にこやつを人質としますと……報復として、奴ら近隣の町などを見境なく襲撃するでしょうな。領土の秩序を滅茶苦茶にされる恐れがございます」
「うむ。分かっておる。この者の処遇は少し様子を見る。今回の襲撃の理由は後ほど尋ねるとしよう」
そして、魔王は一呼吸する。
「しばらくは、私の城で面倒をみる」
「!!」
ぼとっ
アイの入れ歯が落ちた。