1話 魔王登場
暗黒の雲が空を覆い、雷の音が鳴り響く。沼地からは有毒なガスが絶えず発生しており周囲に生物は見当たらない。
昼か夜かも分からない程に暗い。
悪魔の墓場と呼ぶに相応しいこの地には大きな城があった。
門前では二体の羽根の生えた鬼の像が来る者を拒む。整備がいき届いた庭に街灯はなく、ただひたすらに荒野が広がっているように見える。
庭を抜けると高さ100mを超える古城が大地を見下ろす。
城のタイルは漆黒色で統一されており、明度の高い色は一切使われていなかった。
城の主はかつて最強の勇者を討ち滅ぼし、この世界を統べた魔族の王。
魔王である。
とても一人では開けることができない大きな扉を通ると、そこは大理石で覆われた玄関ホールであった。
天井からはダイヤを惜しみなく使ったシャンデリアが悠々とぶら下がっている。
城の外見とはうって変わり、城内では赤を基調としたコーディネートで統一されている。
二階の吹き抜けの廊下を5分程歩くと、玄関よりさらに大きな扉が待ち構えていた。
扉を支える左右の柱には悪魔の顔らしき彫刻がされており、禍々しい空気が扉の内側から放たれている。
百戦錬磨の強者をもってしても、その命と引き換えにやっと踏み入れることができる。
そう覚悟させるには充分な扉であった。
この扉を抜けるとそこはもう魔王の居間である。
居間の天井には悪魔達が写実的に絵描かれており、悪魔が人間を蹂躙している場面が大胆に表現されていた。
音の反響を計算されて設計されたこの居間に、魔王の低い声が響き渡る。
「おい……お主……、誰に物を言っているのか分かっているのか!?」
身長2m近くある男が黒いフードを被り、怒鳴っていた。
そのフードからは長い朱色の髪が飛び出している。
華やかな装飾品は身につけておらず、攻撃、防御に特化した黒い鎧を着用していた。
武器は身につけておらず丸腰のように見えるが、生物を絶命させるに武器など必要ないということを誇示しているようであった。
一見すると普通の成人男性のように見えるが、この男こそが魔王であり、この世界の支配者である。
魔王の鋭い赤い眼光が魔王の部下達に向けられている。
魔王の前には魔王軍の幹部4名、召使い1名が直立不動で待機していた。
いずれも百戦錬磨の者達であるが、魔王の前ではその力もちっぽけなものであった。
「私は魔王……。自身の脅威となり得ることは全て熟知している! 召使いの“アイ“よ、お前は今しがた何と申した?」
黒のローブを着た老爺。指までやせ細っているが、その指には大きな宝石の指輪がはめられている。
「わ、私はただ魔王様が当然知っていることとお見受けして、何かお役に立てればと思考を巡らせただけでございます。一介の召使いが差し出がましい真似を致しましたことをどうぞお許しください」
魔王が召使いに再度尋ねる。
「アイ……、もう一度問うぞ。貴様は先ほど何と申したのだ?」
アイは恐怖で魔王と目を合わせることができなかったのであろう。魔王の首元に目の焦点をあてて返答した。
「恐れながらも復唱させて頂きます。私めは先ほど
『勇者復活に呼応するように、聖剣エクスカリバーから度々光が放たれました。聖剣は魔王様に匹敵する力を秘めております。今のうちに破壊するのが得策かと存じます』
とお伝えいたしました」
魔王は黙ってフードを取った。
魔王の頭部からは白い光沢のある一角が生えているが、上部が折れており痛々しい傷が刻まれている。
アイと幹部達は思わず息をのむ。
「そうだ。あの忌々しい勇者からの一撃は我の角を粉砕しこの傷跡を残した。聖剣エクスカリバーの力は計り知れない。だから勇者を討ち滅ぼし、聖剣をこの城内の武器庫に封印しているのであろう!」
アイは「おっしゃるとおりです」というほかなかった。
「アイよ、何のためにお主を聖剣の研究担当者に任免したか理解しているか? 聖剣を調べ上げ、我の脅威を破壊するためにお主はいるのではないのか?その行動に私の許可がいるのか?」
アイの背中から足にかけて大粒の汗が流れ落ちていた。
「いいえ、私目の役目は聖剣を一日も早く破壊することでございます。研究担当者になり早10年、目的を失念しておりました。偉大なる魔王様、どうかこの愚かな召使いに今一度、名誉挽回のチャンスをお与え頂きたく存じます。」
魔王はアイをしかと見つめていた。
そしてそんなアイを見た魔王の声は少しばかり明るくなる。
「アイ、お主の言葉、そしてその態度からは確固たる決意を感じる。私はもう一度、お主を信用し、ここに聖剣エクスカリバー破壊の命を与えるとしよう」
支配者からの直々の命令。それは魔王軍に使える者にとって最高峰の言葉であるようだ。
アイだけでなく、この場にいる幹部達皆が拳をぎゅっと握る。
アイは震える声を抑える。
「魔王様の寛大なるご慈悲、感謝してもしきれません。必ずや、このアイ、ご命令の下、聖剣エクスカリバーを破壊すべく方法を見つけ出ししてみせます!」
アイの笑顔とは裏腹に、魔王の表情は険しくなっていた。